謎の女性登場
「で、一体どうしたいの?」
目の前に座った女性はそう言った。
ここ数週間、いや、ここ数年間自宅と会社の往復だけの俺に、一体何が起こったのか。
「何を? ってか君誰?」
徐ろにそう答えてみる。
「それは、これから決まる予定。勿論基本的な流れは貴方にお任せすることになるのだけれど」
一体何を言っているんだ?
「いやいや、よく意味がわからない。前にお会いしたことがありましたっけ?」
正直見覚えがない。もし過去に彼女に出逢っているのであれば、俺が忘れることは絶対にない。
なぜなら、この女性、激しく俺好みだからだ。
整った顔立ち、透き通るような声、亜麻色の滑らかな長い髪。
ファンキーな外国人であれば、口笛を吹きながらウインクを投げかけるくらいの美人。
事実今だって店中から注目を浴びている。
更に彼女の髪が揺れるたび、優しいフローラルの香りが。
こんな美人、ごく自然な出会い方をしていたら、俺だってエンジン空吹かしくらいはして興味を引こうとするかもしれない。
しかし、会話の内容がさっきの通り。
一旦アクセルペダルから足を離して万が一の為にもブレーキペダルに足を置いておく方が懸命と言うものだろう。
「いいえ、貴方が実際に私の姿を見るのは今日が初めかと。でも、こうやってここで出会うことについては、予め決まっていたことであるのだけれど」
そんな話、聞いていませんが。
どう考えても怪しい。ここは、ちょっと残念だけどスルーが正解だと俺のチキンハートが叫んでいる。
一呼吸。十分に動揺を心の奥底へしまい込んだ自分を確認した後、女性に告げた。
「人生は一期一会。俺は、人との出会いは大切にすることを心がけている。ただ、君との出会いを迎え入れることについては、少々躊躇している、いや、警戒していると行った方が近いかもしれない」
なるべく丁寧に、"さよなら"を表現したつもり。
しかし、彼女は特に表情を変えることもなく、淡々と話し始めた。
「躊躇も警戒も必要もないわ。私は物語のヒロイン、これは貴方が決めたこと。これからがどんな物語になるかはあなた次第なのだけれど」
物凄く口説かれているのか? それとも、単純にちょっと変わった性格なのか?
「ようやくお約束の日が来ました、早速執筆の続きを始めましょう」
? ? ?
もはやツッコミどころと、疑問点が多すぎて、言葉も出てこない。
「とりあえず、ジャンルね。それだけでも決定をして頂けるかしら。此方にも多少準備等がありますから」
俺、無理かもしれない……、この子。
どうやら俺に何やら物語を書かせようとしているようだが。
ただ、俺の文才のなさを知らないようだな。
その昔、一日だけ執筆家を目指したこともあったさ。
当時流行っていたラノベを数冊読んで、「この程度なら、書けそうだな」って。
早速道具揃えて臨んだものの、キャラ設定の段階で行き詰まり、早々に断念してしたんだったな。
ってつまんねぇこと思い出させてんじゃないよ!
「書けねぇし、書かねぇってば!」
つい言葉を荒げてしまってからはっと気がついた。
店の客の数名がこちらを見ている。
彼女の表情は一気に曇った。
慌ててフォロー。
「うわ、何か……ゴメン……。八つ当りしたりして……。実は俺、文章を書くことについてはトラウマがあってさ……」
今更遅いか?
「一応、私のことを気にはしていてくれたようね。正直嬉しいわ。今日は再会のご挨拶までにしておきます。次お会いするまでに先述の通り、ジャンル決定の件、よろしくお願いします」
そう言うと、彼女は軽く会釈して、テーブルから離れ、店を後にした。