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女子高生の一日  作者: 蓋
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4月7日(金) 入学式

4月7日(金) 入学式


 今日は待ちに待った入学式だった。中3のときの担任には、私の学力だとギリギリだとずっと言われ続けていた高校だから期待に胸ふくらませていた。

 生憎と桜は前日の大雨で全滅。

 地面に無残にも張り付いている無数のピンクの花びらを踏みながら学校に行くと、正面玄関前で人だかりができていた。

 どうやら新入生のクラスが掲示されていたらしく、なんとか人をかきわけて見に行くと、私のクラスはD組だった。名字が真田だから出席番号は16番。

 クラスはAからGまであって、1年のAからEまでは本棟の3階にあるのにGは本棟から渡り廊下をわたった先の東棟3階にあるという何ともG組にとっては鬼畜な教室分けだったので、自分がそのG組じゃなくてほっとした。

 掲示板の前で自分の名前を探していたときに隣りに立っていた人はG組だったらしく、G組かよ……という押し殺したようなうめき声が聞こえた。

 そのまま下駄箱で1年D組16番を探し、靴をはきかえて3階にあるD組へ向かう。


 教室は中学のときよりもやや広かった。

 前の黒板にピンク色で書かれた入学おめでとうという文字とともに言葉席順が書いた紙が貼られていた。

 それを見ると、私の席は横に6列ある中の窓から3列目、黒板からは4番目だった。

 席にも席順が書いた紙が置いてあった。私の席は教壇の前の列だから、寝たら目立つ気がして自分の苗字を恨む。

 どうせなら窓際の一番後ろの席がいい。ちらりとそちらを見ると既に男子生徒が座っていた。なんと、足を席の上に乗せていて赤いメッシュが入った茶髪だったため、私はすぐさまそいつをヤンキーカテゴリーにいれてあまり近づかないようにしておこうと誓った。

 他の席を見ると、ちらほら生徒が席に座っていた。近くの席の人と話している人もいれば、本を読んでたり寝ている人もいる。

 ただ、何故か教室から廊下に面している窓に人が集まって教室内を見ていた――特に女子。

 何やら色めきたった様子で友達と連れ立ってキャーキャー言っている。

 私はそんな光景を不思議に思いながら、席に着いた。教壇がよく見える。ああ、これは寝れないな、と絶望的に思っていると、既に前の席に座っていた女の子が振り返った。

 サラサラした黒髪にきめ細やかな肌、ぱっちりした目以外、どの顔のパーツも小ぶりで小動物のような見た目の彼女は、その白い小さな歯を覗かせて人好きのする笑みを見せながら佐藤真希だと名乗った。私も自己紹介をし、互いにどこ中だったやら、入学式緊張する、といった他愛もない話をする。

 どうやら真希ちゃん(呼び捨てでいいと言われたが、一応初対面なので)は4中らしく、私は5中出身なので隣りの区だということで色々と話が弾んだ。

 5中ならあいついる?あの――と真希ちゃんが言いかけたとき、教室の外がにわかに騒がしくなった。それに2人して会話をやめて教室の外に視線を向ける。

 窓のそばでキャーキャー言っている女子の視線の先を辿ると、人外がいた。

 いや、人外というと語弊があるかもしれない。ただ、彫刻かと思うくらいの美形がいたのである。4中には彫刻のような美形はいなかったため、そんな美形をはじめて見る私は釘づけになった。そして心の中でミケランジェロのダビデ並の傑作――省略してダビデ様というあだ名をつけてしげしげと観察していた。

 そんな私に、真希ちゃんがげんなりした顔をしながら、「アレ、同中(おなちゅう)なんだよね」と告げてきた。え、そうなんだ、と反応した私に、真希ちゃんが頷きながら「金魚の糞には気を付けたほうがいい」と忠告してくれた。

 金魚の糞ってなんだろ?と思っていると、たしかにダビデ様の後ろには大名行列よろしく女子が5、6人ほどついてきていた。

 全員新入生にも関わらずミニスカである。太ももが眩しい。ダビデ様がなにやら困ったような顔で教室の入り口でそのミニスカ軍団を説得していた。教室が嫌に静まり返ってるから聞こえる。

 いわく、「皆も早く自分の教室行った方がいいよ」とか、なおも食い下がるミニスカ軍団に「また入学式でも顔を合わせるしね」だとか、なんだかまるで保父さんみたいである。

 そして、なんと声も穏やかな美声である。

 ミニスカ軍団もはじめはブーブー言っていたが、保父さんの言葉が功を奏したのか各自の教室に散っていった。

 どうやら教室中がその様子を見ていたらしい。ダビデ様がくるりと振り返って教室を眺め、困った笑みを浮かべた。

 勝手に騒動を見ていたのでちょっと気まずくなり、他の人と同じように私も視線をそらした――前の席の真希ちゃんに。

 目を逸らした私に反して、真希ちゃんはさっきよりも1.5倍比くらいうんざりした顔で未だダビデ様を見ていた。

 そして、何やらおもむろに席順が書かれた紙を片手に、席を数えはじめた。

 どうしたのかと尋ねると、真希ちゃんは「身の安全の確保のため」と言いながら、何かを発見したのか、うめき声をあげた。

「斜め後ろの後ろの席かよ……」

 その言葉に私は真希ちゃんの斜め後ろの後ろの席、つまり、私の斜め後ろの席を眺めると、そこは空席である。

 「どうしたの」と真希ちゃんに聞きながら眺めていると、あろうことか黒板で席順を確認したダビデ様がそこに座った。

 つまり、図で書くとこうなった↓

 真希ちゃん □

 私 □

 □    ダビデ様


 近い!

 ダビデ様は自分を見ている私に気づいたのか、ふわりと柔らかな笑みで「よろしく」と言ってきた。

 なかなか腰にくる美声だったので、私は顎を落としそうになったが、その得体のしれないエロスにやや怖気づきながらなんとか「よ、よろしく」と返した。

 そして、そのまま真希ちゃんの方にぐるんと顔を戻し、ぐいっと近寄って出来るだけ小声で告げる。「真希ちゃん、なんなのあの人!」

 真希ちゃんは顔を窓の外に向けながら「一年の我慢一年の我慢」とブツブツ言っていたが、私の言葉にうんざりした顔をしながらも返してくれた。

「あれ、中川優一っていうGホイホイ」

 Gは放送禁止用語なので伏せることにする。しかし、真希ちゃんがいった単語Gは、いわずもがな、黒光りの夏に出るアレである。しかし、真希ちゃんが言うGはゴから始まるカサカサのことではなく、女子の隠語であることはわかった。

 そして、つづく「中川に近寄った女子は沼の底に沈められるという都市伝説――いや、事実が」という言葉に私も顔面蒼白状態になった。

 え、斜め後ろの席とか不可抗力なんだけど!

 私の顔色が変わったことに気づいたのか、真希ちゃんがポンポンと肩を叩いてきた。

「大丈夫、話さなければ。ヤツ、どんな女子も落とすテクもってやがるから気を付けて」

 とアドバイスをくれた。え、ダビデ様ってそんな女タラシだったのか。

 人は見かけによらないと思いながら感謝を述べた私に真希ちゃんが「くれぐれも気を付けて」と念を押したと同時に、

「みんなおはよー!!!」

 という馬鹿デカい声が聞こえた。

 声がした教室の入り口を見ると、担任と思われる中年男性が大股で教壇に近寄っている姿が目に入った。

 どうやら真希ちゃんと話している間に、クラスメイトは続々席についていたらしい。

 いつのまに座っていたのか、右隣の席のイケメンと目が合ってにこりと「よろしく」と挨拶された時は心を射ぬかれたかと思った。

 いや、しかし現在の私にとって右側は鬼門なのである。特に斜め後ろのダビデ様。

 ということで、極力体を左に寄せながら壇上を見る。

 中年男性は自己紹介した後、黒板に田中誠、と縦書きで書いた。最近はまっていることは筋トレらしい。

 体育教師かと思ったら、国語教師だと言っていた。人は見かけによらない。その後、簡単に入学式の説明をした後、トイレ行って5分後に廊下並べよー、と教室を出ていった。


 前を向いていた真希ちゃんが振り返った。

「田中って絶対脳筋だよね」

 その言葉に噴いたのは私ではなく、隣りの席のイケメンだった。真希ちゃんはその時に気づいたかのようにイケメンに目をやった。

「殿、中3ぶりじゃん。相変わらずイケメンだねーまさか同じクラスとは」

「それはこっちの台詞だよ。てか、一昨日コンビニでばったり会っただろーが」

 どうやらイケメンと真希ちゃんは同じ中学だったらしい。親しげに会話していた真希ちゃんがふいに私を見た。

「真田ちゃん、こいつ、殿」

 親指でくいっとイケメンを指し示す。

「おい、全然紹介になってねーんだけど」

「殿でいいじゃん殿で」

 眉根を寄せるイケメンに真希ちゃんがうんざりした顔で言う。

 どうやらこの2人、かなり仲がいいらしい。

 しげしげと2人を眺め、「あーっとはじめまして?」と言うとイケメンがにこりと微笑んだ。

「はじめまして、真田さん。こいつのこと気にしなくていいから。俺、殿村達巳とのむらたつみ。佐藤と同じ4中出身」

「真田ちゃん、ぜひ殿って呼んであげて。無駄に偉そうなところが殿っぽいっしょ」

「どこがだよ」

 ゆるいツッコミが入るが、どうやら殿とは苗字をもじったあだ名らしい。私も自己紹介しなおす。

「はじめまして、真田千花さなだちかです。えーっと、出身は5中なんだけど」

「おー隣の区じゃん」

「でしょ、あたしが運命感じたのもわかるでしょ? 真田ちゃん可愛いし」

「なにが運命だよ。真田さん佐藤にドン引きしてんじゃん」

「殿にはわからんのよね、庶民の感情は」

 ふざけて真希ちゃんが言ったところで、廊下からまたしてもお前ら集合ー!!というデカい声がした。

 廊下には筋肉モリモリの田中先生が立っていた。

「あいつ絶対体育教師でしょ」

「たしかに」

「それには同意見」

 軽口をたたきながら廊下に出ると、出席番号順に並ばされる。

 前は真希ちゃん、後ろも女の子だった。ポニーテールでつり目がちの元気そうな雰囲気だった。互いに挨拶を交わすと、列が動き出す。


 入学式はホールで行われた。薄暗い中、いやにフカフカした固定椅子に座って壇上の校長を見る。頭がほどよく薄く、メタボ気味である。

 答辞が終わると、今度は新入生代表、との声がした。

 今まで静かだったホールがやけにざわついて、私は代表に目をやってその理由を知った。

 壇上に立っていたのはダビデ様こと中川優一だったからである。

 よどみない声で答辞を読み上げる姿をしげしげと見る。

 明らかに顔が小さい。ダビデ様の後ろのパイプいすに座って満足げに頷いている校長と同じサイズである。

 よもやダビデ様のほうが小さいかと感じる方である。いかに校長の顔がデカいからといって、この顔の小ささはないだろう。

 しかも、そんな小さい頭をしているのに中に詰まっている脳みそは新入生代表――つまり入試1位通過ということは、よほどよい作りをしているのだろう。

 私は合格ギリギリとか言われてたのに、神様は大変不公平である。

 隣りのポニーテール女子が何やら胸の前で両手を組んで「中川くん素敵……」と呟いていたことに対してはスルーしておいた。

 恋する乙女を刺激すると怖いのだ。


 その後、教室に戻ってホームルームを終える。まだホームルーム中だというのに、恐らくホームルームが終わったと思われる他のクラスの人が窓に張り付いていた。特に女子。

 その後ろを通りかかる男子も、興味深げに教室を覗き込みながら通り過ぎる。「あれだろ、あれ」「あー4中の」という言葉がかすかに聞こえた。

 窓に張り付いている女子たちははじめこそ騒いでいたのだが、田中先生ことタナセンに一喝されて少し煩いくらいの騒音レベルになった。

 しかし、なにせその黄色い視線は全て私の斜め後ろに向けられている。タナセンが深いため息をついていたのは、やはり窓の外が原因なのだろうか。

 ホームルームが終わると、机の上に置いていた鞄に頬杖をついていた真希ちゃんが振り返った。

「部活なに入るか決めた?」

「部活? うーん、まだあんまり……」

 中学の時は強制的に部活に入らされていたが、高校は自由だ。

 今日配られた部活のパンフレットを鞄から出してパラパラめくる。カラー印刷とは中々リッチである。 真希ちゃんは身体を横に向けながら私の手元のパンフレットを覗き込んでくる。

「私も。ま、入らない部活は決めてんだけどね」

「んー? 入らない部活?」

「そうそう」

「佐藤、真田さん、じゃーな」

 不思議に思って真希ちゃんに目をやると、隣りから声がかかった。

 声がした方を見ると、殿がにこやかに言いながら鞄を手にしていた。「またね」と挨拶しながら私は、殿の隣にいた人物を視界に入れて、ぴしりと固まった。

 何故なら、ダビデ様がいたからである。

 ダビデ様はそんな私を目にしながら微笑んだまま、真希ちゃんと私に「また来週」と告げて、殿と連れ立って教室を出ていった。

 なにやら話している2人の背を見つめていた私から、真希ちゃんが「ちょっと失礼」と言ってパンフレットを取り上げる。

「んで、さっきの続きなんだけど、あたしは中川と一緒の部活には入らない」

「なんで?」

 若干理由が分かる気もするが、一応聞いてみた。

 真希ちゃんは何やら嫌なことを思い出したのか、ふるふると頭を振った。

「あー思い出すと腹立ってきた。あたしさ、中学入った時テニス部だったんだよね。女子テ」

「へーテニスかーかっこいい」

「そう? ありがとう。でもさ、在学中に女子テ廃部になったんだよね」

「え、なんで?」

「当時男子テニス部にいた中川をめぐって骨肉の争いが起きてさー結果あたし含めて2人残して後は退部。いやーあれはおぞましかった。リアルバトロワ」

 それは今でも4中の伝説となっているらしい。

 真希ちゃんは「あいつテニス部にはいんのかな」とブツブツ言いながらパンフレットを捲っていたが、「お、イケメン」と途中で手をとめた。

「どれどれ」

「この人」

 指し示した人は吹奏楽部の中々にぽっちゃりした人だった。横に部長と書かれている。お世辞にもイケメンと言えるかというと――

「う、うーん」

「やっぱりか」

 真希ちゃんはこともなげにそうつぶやくと、またパンフレットを捲り始めた。

「真希ちゃんさっきの人みたいなのがタイプなの?」

「そうそう。よくB専って言われんだよねー」

 もしやそれはダビデ様の影響では。

 そう言いかけたが、なんか知らぬ地雷を踏みそうだったので、ぐっと堪えて壁にかかっている時計を見た。

 午前いっぱいだったため、13時とまだ早い。

「真希ちゃんこの後用事ある?」

「ないよー」

「じゃあお昼どっかで食べない?」

 もうクラスには人がまばらにしか残っていなかった。私の言葉に真希ちゃんは腕時計で時間を確認すると、オッケーと頷いた。

 仲のいい友達ができてよかった。





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