魔物になった騎士 前編
『君が望んだ世界の前に、もう悪夢など見ないから』
”主なき城を守るか・・・、虚ろの騎士よ”
00◆プロローグ
苦しみに、何か意味はあるだろうか。
夜の裏側に昼があるように、苦しみの裏側に喜びがあるのだろうか。
それとも。
幾分かのひとたちは過剰なほどに不幸と不運にさいなまれていて、残るいくらかの人たちは、ありあまる幸運と幸福に恵まれている、と言うだろうか。
わたしは。
信じたいのだ。いかなる不運の渦中にも幸福はありそしてまた、いかなる幸福の中にも、災渦の種は常にひそんでいるのだ、と。
願わくば。
誰もが人生を演じる役者であるなら、--
願うものは手に入るのだ。少なくとも私はそう信じている。
わたしたちは、遠いあの空に手を伸ばす。夜の裏側に。
赤道の向こうにある春に。
望みの麓にある楽園に。
01◆ 騎士たちの雑談 a Talk
街路を歩いているふたりの騎士がいる。くつろいだ様子から非番のようにも見えたが、見回りの最中である可能性も否定できない。基本的にのんきな連中が多いのだ、--中央政府が崩壊し、中央から派遣されてきていた巡視官がいなくなったせいもあるだろう。その組織の残骸を再編・再利用している現・”騎士団長”の異様なまでの長気さにも責任の一端がないとも思えない。・・・という人がいないとも言えない。
ま、それはさておこう。
「誰かがあたしを見捨てたとする。あたしが、それで、その誰かを助ける必要って、ある?」
コルク色の髪をした剣士が、少し高めの声で言い、言葉の最後で首を少しばかり左に傾けた。
「ないね、・・・ないと思うよ」
隣を行く夕日色の髪と空色の目の剣士がおだかな口調で返す。
「だよね」
はぁ、とコルク色の髪の剣士ーーカシウス・ワイヴァートは小さく息を吐いた。
「どうかしたの?」
「うん・・・・」
カシウスはその愛嬌のある形の目に、険呑な色を見せた。
「人類というものに、見捨てられたと、少なくともそう感じる状況にあったと、仮定する」
「なんかサーフィスみたいなしゃべり方」
「うん。それでね、あたしはどうするべきだと思う?」
夕日色の髪ーーアルカネットは笑った。
「ジンルイに対して?」
カシウスはあくまでも真面目に応じる。
「そう、人類について」
「知らないよ、そんなの」
「ルカならどうするか、って訊いてるのよ。それでもヒトを信頼できるの? それとも、人類を敵に回しちゃう?」
コルク色の髪の騎士は、アイス・クリームをすくって口に放り込んだ同じスプーンの先を、得物のように、アルカネットへと向ける。ーーその先で、アルカネットは困ったふうにわらう。降参、というみたいに、両手を挙げて。
「大げさな表現だなぁ」
ふん、とカシウスは鼻を鳴らした。
「哲学ってそういうものなのよ」
テツガク、ねぇ。
内心でアルカネットは苦笑する。『テツガクって食べれる?』そう問わなかったのは単に、それが食えないものであることをとっくに了承していたからだ。
野菜の本質とは? ベジタリアンとして生きることの意味。肉を食べるに当たっての・・・・・
食えやしない。
アルカネットはシンプルに生きている。
「先に殴っても、後に殴っても、人を殴るのは同じ・・・・、じゃない?」
「そうだね」
夕日色の髪の騎士の言葉に、カシウスは頷いた。そして、さらに続ける。
「でもムカつく」
「そうだね。気づいちゃうんだよ。そのひとが自分にとってよくないものだって」
「・・・・やっぱあんたすごいわ」
やけに驚いたようなまなざしが向けられていることに照れ、アルカネットは自分の髪を手でもてあそぶ。
「むずかしいよね、そういうのって」
02◆ トンビはクリーム・パフェをいかにして平らげたかに関する、ひとつの考察。
「だからさぁ」
アルカネットとカシウスの話は相変わらず続いているようだった。
緋色の髪のほうーーアルカネットがしゃべっている。
「やめなって、フクシュウとか」
「・・・・なんか、アンタが言うと予習とセットに聞こえる・・・・」
まじまじと同僚の顔を眺めつつ、カシウス。
隠す気もないらしく憮然の表情を浮かべるアルカネット。
やがてまじめな顔に戻り、カシウスが言葉を口にする。
「アンタならガマンできるわけ? 食べようとしたクリーム・パフェがトンビに攫われるのを!」
「む・・・。」
微妙な顔になり、次に眉根にしわを立て、--アルカネットは撃墜されたらしい。
「ムリだね」
でしょ? と同意するわけでもなく、隣のカシウスは、思い切り脱力したふうで、頭を前のめりに下げていた。
「・・・・カシウス?」
「やっぱあんた、すごいわ」
「いやそれほどでも」
別に得意そうにでもなく、アルカネットは平坦に応えた。照れたときの癖で、自分の髪をもてあそびながら。
03◆手を離す
「あたしはね」
ある冬の夜。よく晴れた満月の晩に。
カシウス・ワイヴァートは誰にともなく風にのせる。
「気づいちゃったわけだよ」
手には鉄槍。魔法工の鍛造したそれは、不思議な蒼い輝きをまとっている。
「アンタたちとはトモダチになれない」
夜はどこまでも蒼い。
「友情? 信頼? 愛とか希望とか? --笑わせないで」
風が冷たい。
「誰がアタシを助けてくれたの?」
暗い闇から、答えはない。
さいごに、小さく、付け加える。それは、思い出の微かな欠片。
「ゴメンね、アルカネット」
誰が、たすけてくれたの?
誰も。
アタシは、今もその暗い夜の中にいるんだ。
04◆
夜の中から迎えに来るものは、魔物の群れ。
人への害意と、拒絶、不信に満ちている。
ーー同じ形の生き物が、この地上にいるとでも?
バリュモアと名乗った魔物がカシウスにささやく。
騎士はーー今日までの騎士は、平坦に返した。
「アタシはただ、取り返したいだけ」
「おろかな。時間のかなたに置いてきた幸福を、いかにして取り返せるかなど、思い悩む価値もない」
「わかってる」
苦く、カシウスは思い出を噛む。言葉が口を衝く。
「何一つ取り返せはしないさ」
魔物が、怪訝そうな”顔”をする。
カシウスは自嘲して微笑む。
「何もかも壊したら、はじめから何もなかったって気になるでしょ」
モノに生まれたかった。
心などなく。
悲しみなどなく。
ただ、在れたら。
それは、きっと無上の幸福。
魔物の群れが移動を始め、それにひととき遅れたまま、カシウスは風に向けてつぶやいた。
「だけどね、アルカネット。楽しかったよ、偽りの日々は」
未来へ向けたまなざしは、黒い宝石みたいに澄んでいた。
05◆
魔物たちが吠える。暗い闇の中、満月の光を唯一の理性として。




