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習作:Tea Time for Wizards  作者: 青空まで
13/22

魔術師たちの雑談

◆魔術師たちによる ちょっとした日常会話


 その街には、そこの住人たちに”魔術学院”と呼ばれている灰色の建物があった。

 ふだんは施療院などの役を果たし、あるいは学術研究のほうとして一部からはそれなりの尊敬を受けてもいなくもないが、--大方のひとの意見によれば


「、変人の巣窟」

 切って捨てるような口調で言ったのは、凛とした雰囲気をまとう、銀髪の背の高い女性だ。夕暮れに東の空に浮かぶ底知れぬ紺色を移したような、濃い色の法衣を着ていた。

「はは。手痛い意見ですな」

 さして手痛そうでもなく、鷹色の長衣をまとった魔術師が言う。鷹のような金色じみた色の目をしているが、それは人を睨むというよりも、普段はもっと深遠な(?)問題に向けられているようだった。


 床を掃き掃除する箒のような、がらも素っ気もないしゃべり方で、ミュール・ラーナは言葉を次いだ。

「まあ、かまわない。ある種の生物が鏡位神経細胞を備えるようになって以来、むやみやたらと他人の人生を覗きたがるやからは後を絶たんからな」

指をひとつ、そしてもうひとつ、順に折る。

「物語然り、絵画とて、例外ではない。人間というものは基本的に、誰かに乗り移りたい願望でもあるのだろうか、おそろしい」

さしておそろしげにもなくそう掃いて、箒は塵取りにしまわれた。だけど寒気でもするように両腕を互いに押さえている身振りを見ると、やはり戦慄しているというように見えなくもない。


話の流れからすれば続いているとも見えないが、彼女の中では明確な流れの上にあるらしい、別の言葉が口にのぼる。

「果たして、心というものはあるだろうか」

 ミュール ーー魔術学院の主は、感情のこもらない平坦な声で言う。

 無感動に、鷹色の魔術師が答える。

「心は進化上、もうその役を果たしたのでしょう。敵を殴らなければ、食料は手に入らない」

「すばらしい進化上の発見だな」

 平坦な、声で。

 鷹色のーー、短刀を意味する、ダークという名の魔術師は、そのいかめしい顔をいっとき、しかめた。

「神に心がありますれば、誰も不幸になどならないでしょう」

「人が神の似姿なのではなく、神が人の投影なのだ」

 一般的な文脈から言えば答えとも思えないが、--彼女にすれば明確な”返答”である。

 それを心得ている魔術師は、鷹揚に頷いてみせた。

「どうもそのようですな」

 神学上の見解になど興味はない。--ふたりの表情が、そう語っていた。



◆その2


 魔術学院の塔。街でひときわ目立つその灰色の構造物は今日もそこにあるわけで。


 白く塗られた壁と床と天井。ガラスの填まった窓からは、柔らかい日差しが斜めに差していた。

 なんとものどかな空と、風に乗って遊ぶ何かの鳥が、窓の向こうには見える。--遊んでいる? そう、遊んでいるのだろう、あれは。翼もて風に舞う愉しみを味わっているのだろう。--己の心からの類推に過ぎないが。

 ともかくもマリア・クルスは、--かつて生きていた人間の声質だったものと同じ声で喋るーー音を、空間に放つ。

 サーフィスはそれを聞いていた。


「人には心があるなんて、ウソよ。

もし心があるのなら、どうして他人の苦しみを放っておけるの?

 社会的な生き物になった人間は、心と引き換えに、隣人を殺す能力を手に入れたのよ。

 二手に分かれて争い合い、『敵』を、他の部族の人間を殺すことができるようになった。


ーー少し考えれば判るわよね。

自然界から食べ物を手に入れるより、王様の蔵を襲ったほうが早いもの」

「--マリア」

 なだめるように諌めるように、宵色の髪と目の魔術師が対話者の名を呼ぶーーもっともそれは実在のヒトではなく、『空間に書き残された”クセのある”情報処理形態』ではあるが。

 サーフィスは、気持ちの整理ができないままでいた。

 『これ』が、実在のヒトでないことは理解しているつもりだ。

 けれど、どうしても気になる。

 存在。


(心とは何だ?)


 誰かを規定するもの?

 ーーいや、人間に『心』なんかない。

  サーフィスは頭の中で否定する。

(『意識』『周囲の環境を把握し、それを過去の体験に照らし合わせて行動のプログラムを起動する主体』は存在するーーはずだ。しかし、『心』という物体は、存在しない)

(ぼくはーー)


(踊らされているのか? マリアの幻影に?)


 サーフィスはその一室に張り巡らされた無数の魔術文に視線をめぐらす。

 これは存在している。


(そうかーーぼくは、このプログラムを”読んでいる”だけなんだ)

 小さくかぶりを振る。


(ならば、マリアに会う意味って?)

「本を読むのと同じよ」

 即座に、マリアの声が答える。

 サーフィスは魔術語の核へと視線をさまよわせる。

「・・・・”読んだ”な?」

 マリアは珍しくーー鈴を鳴らすような声で笑った。

「そんな判りやすい考えしてるからよ」

 サーフィスは嘆息する。プログラムに遊ばれてれば世話ない。


◆その3


「暇さえあれば他者の顔面を盗み見て、鏡位神経細胞を活性化したがるあの連中は」

 相変わらず、ミュール・ラーナの言い方は回りくどい。

「なんなのだろう」

 歩いていたわけでもないのに転びそうな気分になり、ダークはあわてて足元の地面を確かめた。--平らだ。さっきまでと変わっていない。

「・・・・」(何・・・と言われても)

 高らかにーー透明な声でミュールは笑った。

「まるで群れたがる鳥のようだな」

「はあ・・・・」

「常に仲間の顔をうかがっているのだ。仲間はずれにされてはたまらない、と」

 ダークは沈黙する。

 果たして、自分にそれを哂う資格があるものかどうか考えていた。

 ミュール・ラーナは言葉を続ける。

「愚かなものだな。仲間がすべて猟師に取り尽くされたとて、己の世界が変わるわけではあるまい」

 痛いほどの孤独を。

 いつも抱えて生きている種類の人間がいる。

 はじめからひとりなのだから、あらためて一人になることを恐れることもない。


 それは強さか、弱さか。


 群れになれないほど弱いのか。それとも?


 ダークは肩をすくめた。

「変わりますよ。自分の生存の確率が、ね」

 再び、高い声でミュールが笑った。

「愉しい仮説だ」

 銀髪の魔術師が片手を、ゆっくりと動かす。空気をかき混ぜるように。

 浮かび出たのは、--雀の群れだ。五、六十羽ほどもいるだろうか。

 空気から溶け出したように、その集団は賑やかに、さえずりながら、ばたばたと辺りを飛び回った。

 白に金細工のある丸天井の手前で飛び回るそれらを、しばらくミュールは眺めていたが、やがて飽きたように、同じ手をもう一度振る。

 すると今度は、雀たちが空間の一点に吸い込まれ、最後の一羽に至るまでが、きれいに掻き消えていく。

 なぜだろう、目を丸くして見ていたダークを振り向くわけでもなく、ミュールは言い捨てた。

「つまらん」


◆ 誰がひとりで生きられるだろう


 その少年は暗闇の中で泣いていたーーいや、泣いてはいなかった。涙はとうに乾いて、ただ、目のふちにかすかな冷たさを残しただけだ。涙には己を救う力はないのだと。

 とっくに気づいていた。


 同情を引こうとして泣ける者は幸福だ。その成長の過程において、同情を与えうる他者が身近に存在していたということだから。

 一方で、泣くことは、いっとき、己の苦痛を減ずるものでしかないと知っている者もいる。

 どちらが真に幸福かは分からない。

 何事にも両面があるものだから。


ーー”夢を見るのはやめろ。”


 闇がささやいていた。

 穏やかに灯る町の明かり。あの中に自分の居場所はないのだ、と。


「--わかってる」

 少年は、闇にむかって答えた。月のない夜。自分の手のひらさえも、薄闇の中に沈んでいる。

「僕はすべてを手に入れる」

ーーすべて、とは?

 闇が尋ねる。

 臆面も衒いもなく、少年は返す。

「僕の望むもの、すべてだ」

 闇がわらう。

「--何がおかしい」

ーー自らの望みを知らぬ者が、何かを手に入れたいなどと、笑わせる。

 少年は沈黙する。

 望み? --を、知らない?

「・・・・」

 彼は闇を睨む。

 答えを、探そうとして。


 後に残ったのは、小さな足跡と、闇。

 そして、町の灯。



「過去になど何の重みもないぞ」

 いっとき、記憶の淵を見ていたダークを、鈴の声が現在へと引き戻す。

 鷹色の長衣を着た魔術師は腕組みを解いて、顔を声のほうへと向けた。

「ふふ。あなたには判るまい。”人間にとって”過去の体験というものがどれほどの重みを持つのか」

 返答は素っ気無い。

「知りたくもないな」

 ダークは声を立ててわらう。

「然り。さて、私は用事があるので失礼させてもらいます」

 相手の返答も待たずに向けられたその背を、ミュール・ラーナの金色の目は、少しの間、眺めていた。


 その背が通路を曲がり、見えなくなると、ミュールは、相変わらずの静かな声で、何の感情も込めずにつぶやいた。

「さよなら」


 とても、静かな声で。鈴の鳴るような声で。

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