魔術師ムクロと死者の国
基本的に一話完結しておりますので、気になったタイトルからお読み下さい。
『魔術師ムクロと死者の国』
それは崖だった。誰が見ても崖。あるいは壁。あるいは断崖。あるいはーー
紺色のローブを着た魔術師、サーフィス・ユトランドは、どこまでも続くその骨色の崖と、それが伸びていく天空を見上げた。それから、つぶやく。
「英雄の死とはあっけないもの」
答えは、ない。それもそのはず。彼の傍らにあるその物体は、すでに息をしていなかったーーというか、肺という器官が無事であるかどうかも疑わしい。
「生とは奇跡、あるいは責め苦。去らぬ別れの・・・」
意味のあるやらないやら。魔術師は、ぶつぶつとつぶやきながら、辺りをうろうろと歩き回る。
さて。どうしたものか。
彼の頭の中にあるのはその思い。
首を振ったりひねったり、目を閉じたり見開いたりしつつ、陽の落とす影の長さが変わるほどまでもそうしていたが、やがて彼は、静かに立ち止まり、すい、と手で目の前の空気をなでた。ーー魔術語が、ぼんやりと光を放ち、浮かんで見えるーー少なくとも、彼の目には。魔術師は目を閉じ、彼の意識は膨大なその文字列を辿り始めた・・・
「死は、終わり」
魔術で組まれた、暗黒に白い格子だけが浮かぶ空間で、小さな人影が言う。
サーフィスはそちらを振り返る。ーー誰かが、今、同じ物体に対して魔術を編んでいるのだ。
人影はフードを被っていて、顔はよく見えない。
「そうだね? サーフィス・ユトランド」
サーフィスは軽く頷きを返す。
「死などなければと思ったことは?」
「・・・・」
サーフィスの沈黙に、苛立つように、人影は叫ぶ。
「死は、人を腐らせる。恐れさせ、恐怖に立ち竦み、人は歩みを止める。死などなければいい」
サーフィスは黙っている。
「そうだろう!? きみだって、その生き物を再構築しようとしている」
紺のローブの魔術師は、淡々と返した。
「これは、僕の興味のためだよ。ーー僕のひとつの試みであって、君の壮大な哲学的命題とは関わりがない」
「嘘だ!」
サーフィスはうんざりしたように、魔術語の記述・改変作業を中断し、言う。
「・・・・ほんとうだよ」
魔術師の目に、小さな人影が、よりはっきりと見えてきた。
白いローブ。--まだほんの子どもだ。魔術語どころか、通常の文字の読み書きすらも覚束ないのではないか。
サーフィスは警戒に目を細くした。何か不穏な予感が、脳裏の原始的な部分を駆けていく。
全存在を賭けて、世界法則そのものを書き換えようとする魔術師は、決して珍しくはない。手の届くところにリンゴが生っているから、手を伸ばして取ってみようーーそんな感覚だ。
「--君は何を」
サーフィスの問いに、人影は小さく笑い声を立てた。
「良い事さ」
「君にとっての『いいこと』が、他人にとってまでいいことだとは限らない」
人影はサウルと名乗り、口を尖らせた。
「知らないよ、そんなの」
「とにかく、さあ」
彼は両腕を広げ、その景色の中に溶け込んだ。
「ここまでおいで?」
「! --待・・・・・」
魂? そう呼べるもの。魔術的な核。
「それはーー」
サーフィスの焦りを見て、人影は笑った。
「おいでよ。死のない世界さ。きみもーー」
「冗談じゃない!」
サーフィスは叫ぶ。
「きみは分かってない! ヒトがどれほど愚かなのか。僕等はーー死ななきゃ分からないんだよ!」
「ほう」
「まあ」
「へーえ?」
フロウが顔をしかめ、フィーナが目を丸くし、オーリスが面白そうだ、という顔をする。
一方で、サーフィスがなにやらぶつぶつと、小声で文句を言っている。
(一般人を巻き込むべきじゃない。学院長も学院長だ。何を考えてるんだ。転写の一文字でも間違えたら人格が変わるっているのに。まして、命がなくなったりしたら誰に謝ればいいんだ? セップクしたって責任の取りようがないぞ・・・。)
その背中を、オーリスが叩く。サーフィスよりは頭ふたつ分ほど背の高い、鉄槍を持った戦士だ。
「なーにぶつぶつ言ってんだい」
「げほっ! ・・・いえ、その」
フロウが一歩進み出た。
「・・・・よく分からんが。つまり、この中から、そのタマシイとやらを見つけてくればいいんだな?」
「手短に言うと、そういうこと」
「何なんだい? これは」
トビラのように、石壁に開いた戸口の向こうに広がる草原の風景を、女戦士は指差す。
サーフィスは襟を正して説明する。
「死の世界、というのかな。正確に言うと、違う。ある魔術師が先日作った”迷宮”さ」
「亡くなった方たちは皆、このような寂しいところに赴きますの?」
フィーナーーある商家の跡取り娘だーーが、重い灰色の空と、一面の枯れ草の風景を、寂しげに見つめる。
「違うって。世界観は人それぞれでいいと思うけど、少なくとも僕は、もっと楽しいところに行くつもり」
フィーナが少し、表情を緩める。
「よかった。おばあさまは、美しいものを愛してらっしゃいましたもの。こんなところじゃ、浮かばれませんわ」
「うんーー」
「おい。行くぞ」
言い残し、フロウが戸口をくぐる。
それを見、フィーナが少し眉をしかめた。
「まあーー。趣というものを知らない方ですわね」
絵の中に入ったフロウは、周囲を見回しているーー音は、聞こえないらしい。
「へーえ。こりゃ面白え」
オーリスが、鉄槍を背負ったまま、くぐる。がつっ、と音がして槍は戸口にひっかかり、そして絵の中からオーリスの手だけが伸びてきて、槍をしまいこんだ。
彼女は、二、三歩、確かめるようにして絵の中を歩く。
目を瞬いて、フィーナがそれを見ている。
室内はふたりになった。立ちすくみ、息を整えているフィーナに、横から魔術師が言う。
「・・・・・フィーナ嬢、怖いなら行かなくても」
「いいえ」
毅然として妖精遣いはドアをくぐった。絵の中に入ったフィーナが、口の動きだけで言う。
「商機を逃してはなりませんわ」
サーフィスは首をひねった。
(地獄にどんな商機があるって・・・・?)
言うではないか。「地獄の沙汰(裁き)も金次第」、と。
辺りは、腐った有機物の匂いがしていて、足元は、水を含んだ泥だ。枯れ草がどこまでも続いているーー。時折、白く風化した木が、天に向かって伸びている。
その中を三人は歩いていた。フロウが先頭を行き、次に、その倍ほども背丈のあるオーリスが歩いている。その隣を、フィーナ。陽光ふりそそぐ庭園を散歩するかのような足取りである。
「いいお天気ですわね、フロウさん」
「どの辺がだ」
「まあ! ここは、『いい天気ですわね』と返すのがルールですわ」
大仰にフィーナがとがめ、隣でオーリスが笑っている。
「嬢ちゃん、それは酷ってもんだろうよ」
「そんなことありません」
「・・・・何だ、あれは」
ふと、フロウが立ち止まり、空を見上げた。遠くの方に、何かが飛んでいる。
「ホネ、だね」
「骨が飛んでいるのか?」
オーリスに、準騎士が問い返す。
「あたしにはそう見えるけど。骨の鳥がさ、飛んでいるんだ」
「はあ??」
フロウはさらに目を凝らす。たしかに、白いものが見え、そしてそれは。
「こっちに来ます!」
フィーナが叫ぶと同時、ごうっと風が押し寄せ、遠くにあった、骨の鳥は、巨大なワイヴァーンとして、三人の脇を飛び、過ぎた。蛇にコウモリの羽をくっつけたような姿をしている。
「斥侯??」「わお」
フロウが言い、オーリスが感嘆にも似た声をもらす。
「歓迎に来てくれたのではありません?」
フィーナの楽観論は、先に来た一羽が、彼女に突進してくることで、楽観的すぎたのだと証明された。
「フィーナっ」
『守りなさいッ』
妖精たちの言葉でフィーナが命じる。見えないブラウニーの壁にワイヴァーンが阻まれたのと同時、それはフロウの拳に砕かれた。
ヒュウ、と口笛を吹き、オーリスはさらに飛んでくる三羽に視線を向ける。
「・・・・逃げるか?」
フロウの提案。
「ばッか。どこに・・・」
オーリスは言いかけたが、三羽の後ろに、さらに白雲を見つけた。
「ロースト・チキンにされた恨みなのでしょうか・・・・」
フィーナが不安そうに言った。
「ふぃー・・・・」
安堵の嘆息。
にわか雨から逃れたように、オーリスは息をつき、戸口から外をうかがった。
骨の鳥、竜たちが押し寄せ、何かを探すように、首をめぐらす。
「目がないのに見えているのでしょうか・・・」
「何事も気合が大事だからな」
フィーナのもっともな疑問に、フロウが的外れの返答をしている。
「お」
「!!?」「!?」
オーリスの唐突の声に、ふたりが驚いて振り返る。
そこにはかまどがあり、--さきほどまで誰かいたようにーーぐつぐつとスープが煮えていた。
ハーブの香りが鼻を衝き、なんとも食欲をそそる。
「・・・・・・」「・・・・・」
毒薬のびんでも見つけたように、フロウとフィーナは顔を見合わせる。
オーリスは今にも、柄杓ですくったその液体を口に運ぼうとしている。
「オ、オーリスさん、ダイエット中ではありませんでした・・・・?」
「そ、そうだ。うん。昔から、地獄では何も口にするなって言うし」
恐る恐る言う二人を、オーリスは振り返る。
「死が怖いのか?」
まっすぐに見つめられたフィーナは、まっすぐに言い返す。
「あたりまえです」
その問いに、喉の奥でくつくつと楽しそうに笑い、女戦士は、その赤いスープを飲み下す。
「えっーー」「あぁっ!!?」
「ちょいと煮込みが足りないね」
何事もないように、オーリスは、口の端を舐め、さらに指で拭くと、柄杓を置いた。
「な・・・、何ともありませんの?」
怯えた風に、フィーナが尋ねる。
それに片目でウィンクを返した。
「あんたらはやめときな」
◆
ぼくらは初め、万物を永遠なるものとして認識する。でもやがて気づくんだ。
ものは壊れる。ひとは死ぬ。
世界は絶えず生まれ変わっていて、何であれ、ぼくらの手を離れて落ちていくんだって。
何ひとつ留めてはおけない。
◆
一羽の鴉が、上空を飛んでいく。
それを、白い鷺が追う。
「死のイタミのない世界ーー楽園」
鴉ーームクロが言う。サーフィスは尋ねた。
「きみは、他のあらゆる痛みは引き受け、死だけは、なくそうっていうのか」
「死はひとをくるわせる」
ムクロは、サーフィスの問いには答えない。
鋼鉄の柵と門の前に三人は立っていた。町の周囲を円く囲む鉄柵の列は、大木ほどの見上げる高さがある。門は閉ざされており、門番もいない。
鍵掛けられた南京錠を、フィーナが軽く指でつまむ。
「--とれそうもないですわね」
フロウはその柵を見上げた。
「へし折ればいいんじゃないか?」
オーリスが豪快な案を出す。
フロウは、目の前の柵に触れた。--頑丈そうに思える。
オーリスは一歩下がると、鉄槍を思い切り振りぬいた。
がつっ、と音がして、--果たして。
「猛獣・・・・」
フロウのつぶやきに、オーリスが声を立てて笑う。
「さ、行こう」
フロウ、オーリスと柵の隙間を通り抜け、最後にフィーナが続いた。
町の中は静かではあるものの、人ーーというか、奇妙な形をした骨ばかりの生き物ーーと呼んでよいのかーーが、例えば、鎚を打っており、何かの鉄を鋳融かしていたりーー。
「鍛冶屋ばかりか」
フロウがぽつりと言う。
鉄と石炭のかすかな匂い。
ふと、顔を上げると、建物の向こうに、大きな白い船が見えた。五階建ての建物よりも高いのだから、かなりのものである。
「あれはーー?」
それを目印に、街路を曲がり、進んでいくと、開けた場所に出た。
「死者の爪で作った船だ」
三人の後ろに、墨のように黒いローブをまとった子どもがいた。
「いつか、生者の国へ行くための」
オーリスが肩をすくめる。
「本当さ。ぼくには、その魔術を完成させられる」
ばかばかしい。オーリスが小声で吐き捨てた。
黒ローブは向きになる。
「本当だ! 何なら、見せてやってもいい」
「へえ」
オーリスはその金色の目を細めた。
「信じてないな!?」
「違うね」
オーリスは、槍の柄を黒ローブへ突きつける。
「どうでもいい、んだよ。アンタの妄想なんて」
「根拠のない考えじゃない。--いいさ、なら、見せてやる」
「ち、ちょっと、オーリスさん・・・・!?」
フィーナがようやくーーというべきか、諌める。
船体が、一瞬、虹色に輝き、浮かび上がる。
町のあちらこちらから、骸骨たちが走り出てきて、その船に乗り込み始めた。
長いはしごを、列になって上っていく。
オーリスが口笛を吹き、感心したように眺める。フィーナはその腕を引いた。
「ど、どうするんですか、こんなーー」
オーリスは、ウィンクを返したのみだ。
「生者と死者の境界がなくなるーー?」
フロウのつぶやきに、黒ローブが反駁する。
「違うね。”死”が、この世からなくなるのさ」
フィーナが驚いて見つめる。
「そんなことがーー?」
「何ひとつなくならない。壊れない。--楽園だ」
黒ローブは言う。
「悲しみも、悼みもない」
ふと、白鷺が舞い降り、人の形になる。
「そこまでだ、ムクロ」
「--っ、邪魔を!」
黒ローブは慌てたように身を引き、路地の”影”に逃げこむ。
「サーフィス?」
フロウがその名を呼んだ。半透明のその姿を、いぶかしく思いながら。
半透明のまま、サーフィスは振り返る。
「--早く、いそいで。ムクロの術が完成しようとしている」
フロウが疑わしげに目を細め、魔術師に尋ねる。
「”死”がなくなるとは、いい事ではないのか」
サーフィスは瞑目し、俯く。
「--」
「魔術師殿、心配しなくていい。フロウにもそのうち分かるさ」
オーリスが言うが、サーフィスは沈痛な顔のままだ。
「そのうち、じゃ遅いかもしれない」
現実はおとぎ話より残酷だ。
(ここで魔術語を描けるのは僕とムクロだけ。だけどーー)
迷いを払うように、サーフィスは二人に向く。
「フィーナ、フロウ。信じたくないなら信じなくていい。協力もしなくて構わない」
二人が顔を見合わせる。
「でも、僕はムクロを止める。--僕が信じるもののために。
ーー思うように行動すればいい。この世は檻のない原野で、ヒトは自ら檻を作るのだから」
半透明だったサーフィスが、白鷺へと姿を変える。言葉は続いた。
「その檻の境界をどこに置くのかは、個人の自由だ。--僕はそう信じている。
無数の意見があっていい。--だけど、僕はムクロを止めるよ。
ーーいつか、君たちが見つけたセカイの話を、僕にも聞かせてくれ」
ふわりと白鷺は飛び立ち、オーリスがそれを追う。
フロウは空を見上げる。
そこに映るものは、何か。
「フロウさん・・・・」
ふいに、フィーナが言った。
「なんだ」
「あの人の言うことはいつも、難しくてよく分かりません」
「同感だ」
「何かが無くなるのは悲しいです」
「ああ」
そうして二人、空を見ていた。
オーリスが、船の通路を駆けていく。無数の骸骨がひしめき合っているが、攻撃してくるわけではなかった。
「おい、魔術師!」
「なんだろう」
白鷺が、オーリスの頭の脇をかすめて飛ぶ。
「ムクロとやらを倒せばいいんだな!?」
「・・・・」
魔術師の沈黙に、オーリスが叫ぶ。
「おいっ!?」
「見つけてくれればいい。この船の中のどこかにいるはずだ」
「ねえ、戦士殿」
サーフィスがふと尋ねた。オーリスの金色の瞳が、白鷺に向けられる。
「何だい」
「君は死を否定しないのか。なぜ?」
「アンタが言ったんだろ、理由は何でもいいって」
その答えに、サーフィスは苦笑する。彼女は、抽象的な話をあまりしない。だから、訊いてみる。
「ルールのないゲームはつまらない、ってこと? ボールを投げて遊ぶゲームがあるよね。
あれだって、地面に線を引いて、枠を作る。そして、『内側』と、『外側』を分ける」
「--そんなもんだよ」
面倒くさそうに、オーリスは口の中でつぶやいた。
(世界観の固定ーー。)
サーフィスが笑うのが分かったらしい。オーリスがむずがゆそうな顔をする。
「・・・・なんだい」
「いやいや。・・・・強いね」
「ほめ言葉じゃないよ、そいつぁ」
じゃあ、とサーフィスは言い直す。
「中毒だ」
今度は、オーリスが口の端を曲げた。ーー愉快そうに。
ふいに、通路いっぱいにひしめき合う骸骨たちの只中に、サーフィスは見慣れた姿を見つけた。
ーーまさか。
でもそれは、別人には見えない。ーー呼ぶ。
「アルカネットさん?」
暁色の髪と、空色の瞳をした順騎士が、サーフィスのほうを向いた。
ーーそれは、次の動作で剣を抜き放ちーー
「オーリス! 危ないッ」
サーフィスが叫んだ。
「・・・・・おい」
相手の剣を腕ごと押さえつけ、女戦士が問うように、順騎士を見つめる。
ーー答えは、なく。
「うわッ!?」
再び銀の軌跡が空をきった。
「--ッおい、こりゃ、どうなってんだい」
剣の間合いから、安全な距離まで離れた白鷺に、オーリスが噛み付くような声音で問う。
サーフィスは、半透明の魔術師の姿に戻り、赤い髪の少女に言う。
「アルカネットさんーー君は生き返れるよ」
小さくーー順騎士の表情が動き、サーフィスを見る。
「一緒に帰ろう」
「違うーーぼくはーー。"コトワリに反すること"だよ」
サーフィスの、夜空の色の瞳が、珍しくーー真剣な眼差しに変わる。
「僕の頼みをきいてくれる気はない?」
アルカネットは首を横に振る。
「だってーー」
会いたい人もいる。まだ、--
終わってなんかいないのだと。
そう、信じたいけれど。
「ダメだよ・・・・」
背後には幾千幾万の死者。
周囲の骨たちが、いっせいにサーフィスに手を伸ばし、つかもうとする。
『例外はない。唯一絶対の”平等”ーーそれがわたしだ』
アルカネットの傍らで、”死に神”が言う。
冷たいーーけれどどこか微笑んだような顔。
「僕は、物語の結末をーー!!」
サーフィスがこれほど何かに真剣になるのを見た人間は、魔術学院内にも、親しい友人にも、そうはいないだろう。
《ずるい》 《不公平だ》 《俺も》
死者を数えた者はいない。--有史以来。もし魂というものがあるのなら。
そのすべてを。
「見たいんだ」
サーフィスが魔術語を繰る。
骨の群れに、サーフィスは動じない。
それは、地面に横たわる身体を、再構成させる文字列でもあった。虚界と現界。両方の空間に、魔術語が作用していく。六十兆。気の遠くなるような数の、単語を。
骨でできた白い船の、中央。広い部屋があった。
ーーまるで、王の間のように。
黒い絨毯が、道を作っている。--玉座へ。
そこへ飛び込むと、オーリスは扉を閉めた。アルカネットも転がり込む。白鷺の姿のサーフィスも、間一髪ですり抜けた。とたんに、無数の骨がかたかたと鳴る音が遠ざかる。
オーリスたちが近づくと、玉座にいた黒いローブの子どもが顔を上げた。
ひどく疲れきった顔。
「・・・・」
「・・・・よく、ここまで来たね」
見下ろす女戦士の眼差しに、ムクロがかすかに顔を上げる。
「--仕事は順調かい?」
「まあまあだよーー悪くない」
ムクロは微笑み、椅子を立つ。
少し歩くと、窓辺にたどり着いた。
眼下では、一面の白骨が、押し合いへし合い、まるで波か雪崩のようである。
「死のない世界。誰も悲しまない。何も壊れない・・・・」
呪文のように、うわごとのように、ムクロが言う。
サーフィスが静かに言う。
「僕は死を引き受ける。滅びることが、消え去ることが、世界を変えていくんだ。
変化のなくなった世界とは、--否。
それはそれでいいのかもしれない。
だけどさ、ムクロ」
「折り合わない、現実」
昏い目が、サーフィスを見る。
「・・・・・そういうことだね。ジャンケンでもしようか? 勝ったほうが、残りの魔術語を描く」
「ぼくは不要な存在か」
ムクロが言う。サーフィスは、慌てたように答えた。
「それは違う」
「その人間は、生き返るのか。死に神にすら好かれている」
サーフィスは悪気なく肩をすくめた。
「ごめんね。ーー人生って、いつでも不公平なものだよ」
「・・・・」
ムクロは、昏い眼差しをさらに暗くする。サーフィスが言った。
「恵まれた者は恵まれ続け、得られなかった者は失い続ける」
「ずるい」
「そうさ。不公平だ」
ほとんど傲慢といっていい風情で、魔術師は告げた。
「それがヨノナカの法則だよ。--くやしければ、変えてみせろッ!」
サーフィスは残る魔術語を編む。
ふいに、アルカネットが手を伸ばす。
「ムクロ!」
戸惑うように、少年がフードの奥から視線を返す。
「一緒に行こう!」
傍らで死に神が微笑む。
次の瞬間、魔術語が作り上げていた幻影はすべてーー爆ぜ飛んだ。
魔術学院の一室。
雪色の髪の順騎士がいて、目を丸くした商人の娘がおり、金の髪と瞳の女戦士がいて、紺色のローブの魔術師がいた。
女戦士が目をしばたたく。
「--ネッドは?」
サーフィスが床を叩いた。拳で、つよく。--泣いているのだとオーリスが気が付いたのは、そのすぐ後。
「--」
何かを言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。代わりに、別の言葉を吐く。
「唯一の、チャンスだったのにーー」
「えーー?」
事情を飲み込めないフィーナが、怪訝そうな顔をする。
「ちがう、チャンスは。だけど、もうーー」
「???」
フィーナとフロウが、互いに顔を見合わせる。言葉が断片的すぎて、他者には意味がとれない。
「帰ってくれ。もう”おしまい”だ」
いつになく愛想なく言うサーフィスの言葉に、残る三人は部屋を出た。
「--どういう、ことですの?」
サーフィスの耳には、廊下からのフィーナの声が聞こえる。ーー閉じたドアの向こうから。
そこから退いてくれ。--もう何も聞きたくない。
彼らは廊下を歩き始めた。
「アルカネットに会ったんだ」
オーリスが説明する。フィーナが口に手を当てた。
「まあ・・・・。」
「・・・・死の国に?」
フロウの問いかけに、女戦士は頷く。
「ああ・・・」
けれど、その先を言うのはやめておいた。
フロウまでがどこか遠い目をする。
ムクロの声が、フロウの脳裏でよみがえる。
《違うね。”死”が、この世からなくなるのさ》
人はいつか、なくすことに慣れてしまう。
痛みに、慣れてしまう。
当たり前のことだと、思い込むーー
「・・・・・・叫んでも、いいのかな。返せとか、不条理だとか」
ぽつりと、フロウ。
聞かなかったことにしたように、オーリスがその隣をすぎてゆく。
屋外の陽光が、床に白く反射していた。
◆後日譚◆
「やあ」
数週間もすぎただろうか。フロウを迎えたサーフィスは、かつてと変わらなく見えた。
「よくわからんが、”大失敗”とやらからは立ち直ったのか」
「それがさぁ」
サーフィスは椅子から立ち上がり、本棚から一冊の本を抜き出す。
「こないだ、施療院で人死にが出たんだよね」
「・・・・」
フロウの無言の相槌に、魔術師は言葉を継ぐ。
「ちょっと生き返らせてみたら、大騒ぎーー」
「おい・・・・?」
この男は正気かと、フロウはまじまじ見つめる。
その視線に、サーフィスは、苦笑とも微笑ともつかない笑みを返す。
「変えていけるさ」
意味が分からず、フロウは首をひねる。
おしまい。
あとがき
読んでくださった方、ありがとうございます。




