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習作:Tea Time for Wizards  作者: 青空まで
1/22

魔術師ムクロと死者の国

基本的に一話完結しておりますので、気になったタイトルからお読み下さい。

『魔術師ムクロと死者の国』


 それは崖だった。誰が見ても崖。あるいは壁。あるいは断崖。あるいはーー

 紺色のローブを着た魔術師、サーフィス・ユトランドは、どこまでも続くその骨色の崖と、それが伸びていく天空を見上げた。それから、つぶやく。

「英雄の死とはあっけないもの」

 答えは、ない。それもそのはず。彼の傍らにあるその物体は、すでに息をしていなかったーーというか、肺という器官が無事であるかどうかも疑わしい。

「生とは奇跡、あるいは責め苦。去らぬ別れの・・・」

 意味のあるやらないやら。魔術師は、ぶつぶつとつぶやきながら、辺りをうろうろと歩き回る。

 さて。どうしたものか。

 彼の頭の中にあるのはその思い。


 首を振ったりひねったり、目を閉じたり見開いたりしつつ、陽の落とす影の長さが変わるほどまでもそうしていたが、やがて彼は、静かに立ち止まり、すい、と手で目の前の空気をなでた。ーー魔術語が、ぼんやりと光を放ち、浮かんで見えるーー少なくとも、彼の目には。魔術師は目を閉じ、彼の意識は膨大なその文字列を辿り始めた・・・



「死は、終わり」

魔術で組まれた、暗黒に白い格子だけが浮かぶ空間で、小さな人影が言う。

サーフィスはそちらを振り返る。ーー誰かが、今、同じ物体に対して魔術を編んでいるのだ。

人影はフードを被っていて、顔はよく見えない。

「そうだね? サーフィス・ユトランド」

サーフィスは軽く頷きを返す。

「死などなければと思ったことは?」

「・・・・」

サーフィスの沈黙に、苛立つように、人影は叫ぶ。

「死は、人を腐らせる。恐れさせ、恐怖に立ち竦み、人は歩みを止める。死などなければいい」

サーフィスは黙っている。

「そうだろう!? きみだって、その生き物を再構築しようとしている」

紺のローブの魔術師は、淡々と返した。

「これは、僕の興味のためだよ。ーー僕のひとつの試みであって、君の壮大な哲学的命題とは関わりがない」

「嘘だ!」

サーフィスはうんざりしたように、魔術語の記述・改変作業を中断し、言う。

「・・・・ほんとうだよ」

魔術師の目に、小さな人影が、よりはっきりと見えてきた。

白いローブ。--まだほんの子どもだ。魔術語どころか、通常の文字の読み書きすらも覚束ないのではないか。

サーフィスは警戒に目を細くした。何か不穏な予感が、脳裏の原始的な部分を駆けていく。

全存在を賭けて、世界法則そのものを書き換えようとする魔術師は、決して珍しくはない。手の届くところにリンゴが生っているから、手を伸ばして取ってみようーーそんな感覚だ。

「--君は何を」

サーフィスの問いに、人影は小さく笑い声を立てた。

「良い事さ」

「君にとっての『いいこと』が、他人にとってまでいいことだとは限らない」

人影はサウルと名乗り、口を尖らせた。

「知らないよ、そんなの」



「とにかく、さあ」

彼は両腕を広げ、その景色の中に溶け込んだ。

「ここまでおいで?」

「! --待・・・・・」


魂? そう呼べるもの。魔術的な核。


「それはーー」

サーフィスの焦りを見て、人影は笑った。

「おいでよ。死のない世界さ。きみもーー」

「冗談じゃない!」

サーフィスは叫ぶ。

「きみは分かってない! ヒトがどれほど愚かなのか。僕等はーー死ななきゃ分からないんだよ!」



「ほう」

「まあ」

「へーえ?」

フロウが顔をしかめ、フィーナが目を丸くし、オーリスが面白そうだ、という顔をする。

一方で、サーフィスがなにやらぶつぶつと、小声で文句を言っている。

(一般人を巻き込むべきじゃない。学院長も学院長だ。何を考えてるんだ。転写の一文字でも間違えたら人格が変わるっているのに。まして、命がなくなったりしたら誰に謝ればいいんだ? セップクしたって責任の取りようがないぞ・・・。)

その背中を、オーリスが叩く。サーフィスよりは頭ふたつ分ほど背の高い、鉄槍を持った戦士だ。

「なーにぶつぶつ言ってんだい」

「げほっ! ・・・いえ、その」

フロウが一歩進み出た。

「・・・・よく分からんが。つまり、この中から、そのタマシイとやらを見つけてくればいいんだな?」

「手短に言うと、そういうこと」

「何なんだい? これは」

トビラのように、石壁に開いた戸口の向こうに広がる草原の風景を、女戦士は指差す。

サーフィスは襟を正して説明する。

「死の世界、というのかな。正確に言うと、違う。ある魔術師が先日作った”迷宮”さ」

「亡くなった方たちは皆、このような寂しいところに赴きますの?」

フィーナーーある商家の跡取り娘だーーが、重い灰色の空と、一面の枯れ草の風景を、寂しげに見つめる。

「違うって。世界観は人それぞれでいいと思うけど、少なくとも僕は、もっと楽しいところに行くつもり」

フィーナが少し、表情を緩める。

「よかった。おばあさまは、美しいものを愛してらっしゃいましたもの。こんなところじゃ、浮かばれませんわ」

「うんーー」


「おい。行くぞ」

言い残し、フロウが戸口をくぐる。

それを見、フィーナが少し眉をしかめた。

「まあーー。趣というものを知らない方ですわね」

絵の中に入ったフロウは、周囲を見回しているーー音は、聞こえないらしい。

「へーえ。こりゃ面白え」

オーリスが、鉄槍を背負ったまま、くぐる。がつっ、と音がして槍は戸口にひっかかり、そして絵の中からオーリスの手だけが伸びてきて、槍をしまいこんだ。

彼女は、二、三歩、確かめるようにして絵の中を歩く。

目を瞬いて、フィーナがそれを見ている。


室内はふたりになった。立ちすくみ、息を整えているフィーナに、横から魔術師が言う。

「・・・・・フィーナ嬢、怖いなら行かなくても」

「いいえ」

毅然として妖精遣いはドアをくぐった。絵の中に入ったフィーナが、口の動きだけで言う。

「商機を逃してはなりませんわ」

サーフィスは首をひねった。

(地獄にどんな商機があるって・・・・?)

言うではないか。「地獄の沙汰(裁き)も金次第」、と。


辺りは、腐った有機物の匂いがしていて、足元は、水を含んだ泥だ。枯れ草がどこまでも続いているーー。時折、白く風化した木が、天に向かって伸びている。

その中を三人は歩いていた。フロウが先頭を行き、次に、その倍ほども背丈のあるオーリスが歩いている。その隣を、フィーナ。陽光ふりそそぐ庭園を散歩するかのような足取りである。

「いいお天気ですわね、フロウさん」

「どの辺がだ」

「まあ! ここは、『いい天気ですわね』と返すのがルールですわ」

大仰にフィーナがとがめ、隣でオーリスが笑っている。

「嬢ちゃん、それは酷ってもんだろうよ」

「そんなことありません」


「・・・・何だ、あれは」

ふと、フロウが立ち止まり、空を見上げた。遠くの方に、何かが飛んでいる。

「ホネ、だね」

「骨が飛んでいるのか?」

オーリスに、準騎士が問い返す。

「あたしにはそう見えるけど。骨の鳥がさ、飛んでいるんだ」

「はあ??」

フロウはさらに目を凝らす。たしかに、白いものが見え、そしてそれは。

「こっちに来ます!」

フィーナが叫ぶと同時、ごうっと風が押し寄せ、遠くにあった、骨の鳥は、巨大なワイヴァーンとして、三人の脇を飛び、過ぎた。蛇にコウモリの羽をくっつけたような姿をしている。

「斥侯??」「わお」

フロウが言い、オーリスが感嘆にも似た声をもらす。

「歓迎に来てくれたのではありません?」

フィーナの楽観論は、先に来た一羽が、彼女に突進してくることで、楽観的すぎたのだと証明された。

「フィーナっ」

『守りなさいッ』

妖精たちの言葉でフィーナが命じる。見えないブラウニーの壁にワイヴァーンが阻まれたのと同時、それはフロウの拳に砕かれた。

ヒュウ、と口笛を吹き、オーリスはさらに飛んでくる三羽に視線を向ける。

「・・・・逃げるか?」

フロウの提案。

「ばッか。どこに・・・」

オーリスは言いかけたが、三羽の後ろに、さらに白雲を見つけた。

「ロースト・チキンにされた恨みなのでしょうか・・・・」

フィーナが不安そうに言った。



「ふぃー・・・・」

安堵の嘆息。

にわか雨から逃れたように、オーリスは息をつき、戸口から外をうかがった。

骨の鳥、竜たちが押し寄せ、何かを探すように、首をめぐらす。

「目がないのに見えているのでしょうか・・・」

「何事も気合が大事だからな」

フィーナのもっともな疑問に、フロウが的外れの返答をしている。

「お」

「!!?」「!?」

オーリスの唐突の声に、ふたりが驚いて振り返る。

そこにはかまどがあり、--さきほどまで誰かいたようにーーぐつぐつとスープが煮えていた。

ハーブの香りが鼻を衝き、なんとも食欲をそそる。

「・・・・・・」「・・・・・」

毒薬のびんでも見つけたように、フロウとフィーナは顔を見合わせる。

オーリスは今にも、柄杓ですくったその液体を口に運ぼうとしている。

「オ、オーリスさん、ダイエット中ではありませんでした・・・・?」

「そ、そうだ。うん。昔から、地獄では何も口にするなって言うし」

恐る恐る言う二人を、オーリスは振り返る。

「死が怖いのか?」

まっすぐに見つめられたフィーナは、まっすぐに言い返す。

「あたりまえです」

その問いに、喉の奥でくつくつと楽しそうに笑い、女戦士は、その赤いスープを飲み下す。

「えっーー」「あぁっ!!?」


「ちょいと煮込みが足りないね」

何事もないように、オーリスは、口の端を舐め、さらに指で拭くと、柄杓を置いた。

「な・・・、何ともありませんの?」

怯えた風に、フィーナが尋ねる。

それに片目でウィンクを返した。

「あんたらはやめときな」


 ◆


ぼくらは初め、万物を永遠なるものとして認識する。でもやがて気づくんだ。

ものは壊れる。ひとは死ぬ。

世界は絶えず生まれ変わっていて、何であれ、ぼくらの手を離れて落ちていくんだって。

何ひとつ留めてはおけない。


 ◆


一羽の鴉が、上空を飛んでいく。

それを、白い鷺が追う。

「死のイタミのない世界ーー楽園」

鴉ーームクロが言う。サーフィスは尋ねた。

「きみは、他のあらゆる痛みは引き受け、死だけは、なくそうっていうのか」

「死はひとをくるわせる」

ムクロは、サーフィスの問いには答えない。



鋼鉄の柵と門の前に三人は立っていた。町の周囲を円く囲む鉄柵の列は、大木ほどの見上げる高さがある。門は閉ざされており、門番もいない。

鍵掛けられた南京錠を、フィーナが軽く指でつまむ。

「--とれそうもないですわね」

フロウはその柵を見上げた。

「へし折ればいいんじゃないか?」

オーリスが豪快な案を出す。

フロウは、目の前の柵に触れた。--頑丈そうに思える。

オーリスは一歩下がると、鉄槍を思い切り振りぬいた。

がつっ、と音がして、--果たして。

「猛獣・・・・」

フロウのつぶやきに、オーリスが声を立てて笑う。

「さ、行こう」

フロウ、オーリスと柵の隙間を通り抜け、最後にフィーナが続いた。


町の中は静かではあるものの、人ーーというか、奇妙な形をした骨ばかりの生き物ーーと呼んでよいのかーーが、例えば、鎚を打っており、何かの鉄を鋳融かしていたりーー。

「鍛冶屋ばかりか」

フロウがぽつりと言う。

鉄と石炭のかすかな匂い。

ふと、顔を上げると、建物の向こうに、大きな白い船が見えた。五階建ての建物よりも高いのだから、かなりのものである。

「あれはーー?」


それを目印に、街路を曲がり、進んでいくと、開けた場所に出た。

「死者の爪で作った船だ」

三人の後ろに、墨のように黒いローブをまとった子どもがいた。

「いつか、生者の国へ行くための」

オーリスが肩をすくめる。

「本当さ。ぼくには、その魔術を完成させられる」

ばかばかしい。オーリスが小声で吐き捨てた。

黒ローブは向きになる。

「本当だ! 何なら、見せてやってもいい」

「へえ」

オーリスはその金色の目を細めた。

「信じてないな!?」

「違うね」

オーリスは、槍の柄を黒ローブへ突きつける。

「どうでもいい、んだよ。アンタの妄想なんて」

「根拠のない考えじゃない。--いいさ、なら、見せてやる」

「ち、ちょっと、オーリスさん・・・・!?」

フィーナがようやくーーというべきか、諌める。


船体が、一瞬、虹色に輝き、浮かび上がる。

町のあちらこちらから、骸骨たちが走り出てきて、その船に乗り込み始めた。

長いはしごを、列になって上っていく。

オーリスが口笛を吹き、感心したように眺める。フィーナはその腕を引いた。

「ど、どうするんですか、こんなーー」

オーリスは、ウィンクを返したのみだ。

「生者と死者の境界がなくなるーー?」

フロウのつぶやきに、黒ローブが反駁する。

「違うね。”死”が、この世からなくなるのさ」

フィーナが驚いて見つめる。

「そんなことがーー?」


「何ひとつなくならない。壊れない。--楽園だ」

黒ローブは言う。

「悲しみも、悼みもない」


ふと、白鷺が舞い降り、人の形になる。

「そこまでだ、ムクロ」

「--っ、邪魔を!」

黒ローブは慌てたように身を引き、路地の”影”に逃げこむ。

「サーフィス?」

フロウがその名を呼んだ。半透明のその姿を、いぶかしく思いながら。


半透明のまま、サーフィスは振り返る。

「--早く、いそいで。ムクロの術が完成しようとしている」

フロウが疑わしげに目を細め、魔術師に尋ねる。

「”死”がなくなるとは、いい事ではないのか」

サーフィスは瞑目し、俯く。

「--」

「魔術師殿、心配しなくていい。フロウにもそのうち分かるさ」

オーリスが言うが、サーフィスは沈痛な顔のままだ。

「そのうち、じゃ遅いかもしれない」

現実はおとぎ話より残酷だ。

(ここで魔術語を描けるのは僕とムクロだけ。だけどーー)


迷いを払うように、サーフィスは二人に向く。

「フィーナ、フロウ。信じたくないなら信じなくていい。協力もしなくて構わない」

二人が顔を見合わせる。

「でも、僕はムクロを止める。--僕が信じるもののために。

ーー思うように行動すればいい。この世は檻のない原野で、ヒトは自ら檻を作るのだから」

半透明だったサーフィスが、白鷺へと姿を変える。言葉は続いた。

「その檻の境界をどこに置くのかは、個人の自由だ。--僕はそう信じている。

無数の意見があっていい。--だけど、僕はムクロを止めるよ。

ーーいつか、君たちが見つけたセカイの話を、僕にも聞かせてくれ」


ふわりと白鷺は飛び立ち、オーリスがそれを追う。

フロウは空を見上げる。

そこに映るものは、何か。

「フロウさん・・・・」

ふいに、フィーナが言った。

「なんだ」

「あの人の言うことはいつも、難しくてよく分かりません」

「同感だ」

「何かが無くなるのは悲しいです」

「ああ」

そうして二人、空を見ていた。



オーリスが、船の通路を駆けていく。無数の骸骨がひしめき合っているが、攻撃してくるわけではなかった。

「おい、魔術師!」

「なんだろう」

白鷺が、オーリスの頭の脇をかすめて飛ぶ。

「ムクロとやらを倒せばいいんだな!?」

「・・・・」

魔術師の沈黙に、オーリスが叫ぶ。

「おいっ!?」

「見つけてくれればいい。この船の中のどこかにいるはずだ」


「ねえ、戦士殿」

サーフィスがふと尋ねた。オーリスの金色の瞳が、白鷺に向けられる。

「何だい」

「君は死を否定しないのか。なぜ?」

「アンタが言ったんだろ、理由は何でもいいって」

その答えに、サーフィスは苦笑する。彼女は、抽象的な話をあまりしない。だから、訊いてみる。

「ルールのないゲームはつまらない、ってこと? ボールを投げて遊ぶゲームがあるよね。

あれだって、地面に線を引いて、枠を作る。そして、『内側イン』と、『外側アウト』を分ける」

「--そんなもんだよ」

面倒くさそうに、オーリスは口の中でつぶやいた。

(世界観の固定ーー。)

サーフィスが笑うのが分かったらしい。オーリスがむずがゆそうな顔をする。

「・・・・なんだい」

「いやいや。・・・・強いね」

「ほめ言葉じゃないよ、そいつぁ」

じゃあ、とサーフィスは言い直す。

「中毒だ」

今度は、オーリスが口の端を曲げた。ーー愉快そうに。


ふいに、通路いっぱいにひしめき合う骸骨たちの只中に、サーフィスは見慣れた姿を見つけた。

ーーまさか。

でもそれは、別人には見えない。ーー呼ぶ。

「アルカネットさん?」

暁色の髪と、空色の瞳をした順騎士が、サーフィスのほうを向いた。


ーーそれは、次の動作で剣を抜き放ちーー


「オーリス! 危ないッ」

サーフィスが叫んだ。

「・・・・・おい」

相手の剣を腕ごと押さえつけ、女戦士が問うように、順騎士を見つめる。

ーー答えは、なく。


「うわッ!?」

再び銀の軌跡が空をきった。


「--ッおい、こりゃ、どうなってんだい」

剣の間合いから、安全な距離まで離れた白鷺に、オーリスが噛み付くような声音で問う。

サーフィスは、半透明の魔術師の姿に戻り、赤い髪の少女に言う。

「アルカネットさんーー君は生き返れるよ」

小さくーー順騎士の表情が動き、サーフィスを見る。

「一緒に帰ろう」

「違うーーぼくはーー。"コトワリに反すること"だよ」

サーフィスの、夜空の色の瞳が、珍しくーー真剣な眼差しに変わる。

「僕の頼みをきいてくれる気はない?」

アルカネットは首を横に振る。

「だってーー」

会いたい人もいる。まだ、--

終わってなんかいないのだと。

そう、信じたいけれど。

「ダメだよ・・・・」

背後には幾千幾万の死者。

周囲の骨たちが、いっせいにサーフィスに手を伸ばし、つかもうとする。

『例外はない。唯一絶対の”平等”ーーそれがわたしだ』

アルカネットの傍らで、”死に神”が言う。

冷たいーーけれどどこか微笑んだような顔。

「僕は、物語の結末をーー!!」

サーフィスがこれほど何かに真剣になるのを見た人間は、魔術学院内にも、親しい友人にも、そうはいないだろう。

《ずるい》 《不公平だ》 《俺も》

死者を数えた者はいない。--有史以来。もし魂というものがあるのなら。

そのすべてを。

「見たいんだ」

サーフィスが魔術語をる。

骨の群れに、サーフィスは動じない。

それは、地面に横たわる身体を、再構成させる文字列でもあった。虚界と現界。両方の空間に、魔術語が作用していく。六十兆。気の遠くなるような数の、単語を。


骨でできた白い船の、中央。広い部屋があった。

ーーまるで、王の間のように。

黒い絨毯が、道を作っている。--玉座へ。

そこへ飛び込むと、オーリスは扉を閉めた。アルカネットも転がり込む。白鷺の姿のサーフィスも、間一髪ですり抜けた。とたんに、無数の骨がかたかたと鳴る音が遠ざかる。

オーリスたちが近づくと、玉座にいた黒いローブの子どもが顔を上げた。

ひどく疲れきった顔。

「・・・・」

「・・・・よく、ここまで来たね」

見下ろす女戦士の眼差しに、ムクロがかすかに顔を上げる。

「--仕事は順調かい?」

「まあまあだよーー悪くない」

ムクロは微笑み、椅子を立つ。

少し歩くと、窓辺にたどり着いた。

眼下では、一面の白骨が、押し合いへし合い、まるで波か雪崩のようである。

「死のない世界。誰も悲しまない。何も壊れない・・・・」

呪文のように、うわごとのように、ムクロが言う。


サーフィスが静かに言う。

「僕は死を引き受ける。滅びることが、消え去ることが、世界を変えていくんだ。

変化のなくなった世界とは、--いや

それはそれでいいのかもしれない。

だけどさ、ムクロ」

「折り合わない、現実」

昏い目が、サーフィスを見る。

「・・・・・そういうことだね。ジャンケンでもしようか? 勝ったほうが、残りの魔術語を描く」

「ぼくは不要な存在か」

ムクロが言う。サーフィスは、慌てたように答えた。

「それは違う」

「その人間は、生き返るのか。死に神にすら好かれている」

サーフィスは悪気なく肩をすくめた。

「ごめんね。ーー人生って、いつでも不公平なものだよ」

「・・・・」

ムクロは、昏い眼差しをさらに暗くする。サーフィスが言った。

「恵まれた者は恵まれ続け、得られなかった者は失い続ける」

「ずるい」

「そうさ。不公平だ」

ほとんど傲慢といっていい風情で、魔術師は告げた。

「それがヨノナカの法則だよ。--くやしければ、変えてみせろッ!」

サーフィスは残る魔術語を編む。


ふいに、アルカネットが手を伸ばす。

「ムクロ!」

戸惑うように、少年がフードの奥から視線を返す。

「一緒に行こう!」

傍らで死に神が微笑む。


次の瞬間、魔術語が作り上げていた幻影はすべてーー爆ぜ飛んだ。



魔術学院の一室。

雪色の髪の順騎士がいて、目を丸くした商人の娘がおり、金の髪と瞳の女戦士がいて、紺色のローブの魔術師がいた。

女戦士が目をしばたたく。

「--ネッドは?」

サーフィスが床を叩いた。拳で、つよく。--泣いているのだとオーリスが気が付いたのは、そのすぐ後。

「--」

何かを言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。代わりに、別の言葉を吐く。

「唯一の、チャンスだったのにーー」

「えーー?」

事情を飲み込めないフィーナが、怪訝そうな顔をする。

「ちがう、チャンスは。だけど、もうーー」

「???」

フィーナとフロウが、互いに顔を見合わせる。言葉が断片的すぎて、他者には意味がとれない。

「帰ってくれ。もう”おしまい”だ」

いつになく愛想なく言うサーフィスの言葉に、残る三人は部屋を出た。


「--どういう、ことですの?」

サーフィスの耳には、廊下からのフィーナの声が聞こえる。ーー閉じたドアの向こうから。

そこから退いてくれ。--もう何も聞きたくない。


彼らは廊下を歩き始めた。

「アルカネットに会ったんだ」

オーリスが説明する。フィーナが口に手を当てた。

「まあ・・・・。」

「・・・・死の国に?」

フロウの問いかけに、女戦士は頷く。

「ああ・・・」

けれど、その先を言うのはやめておいた。

フロウまでがどこか遠い目をする。


ムクロの声が、フロウの脳裏でよみがえる。

《違うね。”死”が、この世からなくなるのさ》


人はいつか、なくすことに慣れてしまう。

痛みに、慣れてしまう。

当たり前のことだと、思い込むーー


「・・・・・・叫んでも、いいのかな。返せとか、不条理だとか」

ぽつりと、フロウ。

聞かなかったことにしたように、オーリスがその隣をすぎてゆく。

屋外の陽光が、床に白く反射していた。



◆後日譚◆


「やあ」

数週間もすぎただろうか。フロウを迎えたサーフィスは、かつてと変わらなく見えた。

「よくわからんが、”大失敗”とやらからは立ち直ったのか」

「それがさぁ」

サーフィスは椅子から立ち上がり、本棚から一冊の本を抜き出す。

「こないだ、施療院で人死にが出たんだよね」

「・・・・」

フロウの無言の相槌に、魔術師は言葉を継ぐ。

「ちょっと生き返らせてみたら、大騒ぎーー」

「おい・・・・?」

この男は正気かと、フロウはまじまじ見つめる。

その視線に、サーフィスは、苦笑とも微笑ともつかない笑みを返す。

「変えていけるさ」


意味が分からず、フロウは首をひねる。


おしまい。

あとがき


読んでくださった方、ありがとうございます。

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