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平凡なご令嬢が婚約者とワタワタする話

作者: まる

どうしよう、と寝台の上で芋虫のようにうずくまる。お嬢様、どうかされましたか、と侍女が声をかけてくれるのも無視して寝台に額をくっつける。


どうかされたもどうかされただ。今日は私の婚約者との月一回の面会の日だ。月一回の面会、と考えてお腹が痛いような気がしてくる。


そもそも、私の婚約者ロヴェル・スルーヴェント様は元々はお姉様の婚約者になる予定だった。美しく、聡明で賢いお姉様。幼い頃から私の憧れで、お姉様もそれはそれは私のことを可愛がってくださった。


お姉様と比べて身長も低く不器量で、学問も普通程度、何の取り柄もないと言ってもおかしくない私をお父様もお母様もお姉様も本当に大切に育ててくださった。だからお姉様は私に婚約者まで譲ってしまったのだ。


私は自分の力で何とかするから、スルーヴェント様との婚約はルリアに、と。お父様もお母様も何の取り柄もない私を可愛がっていたから、ユナがそう言うのなら、とスルーヴェント様の婚約者は私になった。


そうあの、見目麗しく、学問は天才的で、剣を持たせれば負けなしのスルーヴェント様の婚約者が私になった。


初めて会った時に舌打ちをされたことを覚えている。本当はあちらから断ってくれないかな、と思っていたけれどなぜか断ってはもらえず、二人で会うのをやれ体調が悪い、やれ日取りが悪い、やれお姉様が具合が悪い、と断っていたら最低でも月に一度は二人で会うことを約束させられてしまった。


それから二人で月に一回は会っているけれど、会っても会話らしい会話はない。スルーヴェント様はお土産にと色々な国の色々なお菓子を持ってきてくれる。それを食べる私をスルーヴェント様は嫌そうに見つめるだけだ。そんなに嫌なら来なければいいのに、と思うのにスルーヴェント様は毎月必ず来る。


「お嬢様、お時間です」


侍女が私に声をかけてくれる。行きたくない。お腹痛い。ううう、と唸りながら芋虫になっているとお待ちください!という声が部屋の外から聞こえてきた。


お待ちください?と思っていると部屋の扉が乱暴に開かれる。芋虫のまま顔だけを上げると、そこにはスルーヴェント様が立っていた。芋虫になったままの私と今日も完璧なスルーヴェント様。その対比がおかしい。


驚いてスルーヴェント様を見ていると、その顔が心配そうな表情になった。


「本当に具合が悪いのか?」


スルーヴェント様がそっと近づいてきて寝台に腰掛けた。手を伸ばして私の頬に手を当てる。視界の隅で侍女同士が目を合わせて部屋から出ていくのが見えた。二人にしないで!と思っても口に出すわけにはいかない。彼は私の婚約者様だ。


「頬が冷たいな。その態勢が楽なのか?横になった方がいいんじゃないか」


心配そうにそう言うスルーヴェント様に促されるまま寝台に横になる。スルーヴェント様が毛布をかけてくれて額を撫でてくれた。その優しさに驚いているとスルーヴェントさまの顔が気まずそうな顔になる。


「疑って悪かった。会いたくないのかと思ってな。でも、そうだな、幼い頃から体調を崩しやすかったな」


幼い頃から?と不思議に思っているとスルーヴェントさまの顔が私に近づいてくる。ひっ、と声が出そうになるのを我慢しているとそのまま額に口付けられた。


私が驚いたことに気づいたのかスルーヴェント様が笑う。見たことのない笑顔だった。





こないだのスルーヴェント様はなんだったんだろう、夢?と思いながら廊下を歩いていると背中に何かが当たった気がした。何だろうと思って振り返るとくしゃくしゃに丸められた紙が床に落ちていた。なんだろう、と思ってしゃがんで拾うと近くにいた男女の集団が笑い出す。


「おい、ブス!ユナ様の婚約者とってんじゃねーよ!」

「ロヴェル様が可哀想。ユナ様とお似合いだったのに!」


ため息をついてそのまま歩き出す。もう慣れっこだ。スルーヴェント様との婚約が決まってからずっと私は悪者だ。あまりにも完璧な二人だっだから、私を面白く思わない人もいる。それは仕方のないことだ。


それでも心は普通に傷つく。今日はゴミまでぶつけられてしまった。できればゴミはぶつけられたくない。俯いて歩いていると、前から来た靴が私の前でぴたりと止まる。


「どうした、なんでゴミを持っている」


視線を上げるとスルーヴェント様が立っていた。私の手にあるゴミを見て、嫌そうな顔をする。やっぱり私のこと嫌いなんだな、と思ってちょっと後ずさるとスルーヴェント様が余計に嫌そうな顔になった。それでも気にかけてくれるだけありがたい。


「拾いました」

「...捨てておいてやる」

「いえ」


そんなことはできない。スルーヴェント様にゴミを渡して捨てさせる女だと吹聴されてしまう。ただでさえ学園に居場所がないのに余計に居場所がなくなる。ゴミを握りしめて歩き出そうとすると向いからお姉様が歩いてくるのが見えた。


友達に囲まれていて今朝会ったばかりなのに輝いて見える。身長も高く見目も麗しく友達も多い。お姉様は素敵だ。同じ血が通っているのか不思議になる。


「あら、ルリア。どうしてゴミを持ってるの?」

「拾って」

「そうなの?ルリアはやっぱりいいこね」


そう言ってお姉様が私の頭を撫でる。それが嬉しくて笑うと、私の隣に誰か立った気配がした。


「ロヴェル。偶然ね」

「ああ、ユナ」


二人は一つ上の同級生だ。お似合いだと思って少し離れる。お姉様の友達が二人に見惚れていることがわかった。その気持ちがよくわかる。本当に美男美女なのだ。二人が並ぶと絵になる。


「ルリア?」


離れた私をお姉様が不思議そうに見る。誤魔化すように笑って手を振って歩き出す。スルーヴェント様、私との婚約を早く解消してくれないかな、そうでないと建国祭が来てしまう。


建国を祝して毎年行われる催しで婚約者がいる場合は必ずその相手と出ることが決められている。昨年の建国祭はまだ婚約前だったから良かった。今年、スルーヴェント様と一緒に出ることを考えると憂鬱だ。


早く婚約を解消してくれないかな、と思いながらゴミをゴミ箱に捨てる。ため息をついて教室の席に座ると机の中にもゴミが入れられていることに気づく。再度ため息をついて中身をゴミ箱に捨てにいく。


「ルリア、またなの?」


そういって私がゴミを捨てるのを手伝ってくれるのは幼馴染のアルトしかいない。


「まったく!こんなのおかしいわよ!ロヴェル様に言いつけたらいいのに!」


そう言ってくれるアルトに曖昧な微笑みを返して席に戻る。ロヴェル様に言ってもどうにもならないかもしれないし、それにお姉様に知られたくない。


「お姉様に知られたくないの」

「そうね」


そう言ってアルトが私の手を握ってくれる。それが本当にありがたかった。









芋虫になって寝台に額をつける。行きたくない。建国祭のドレスをスルーヴェント様と選びにいくことになってしまった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。婚約の破棄を申し出ようとスルーヴェント様の屋敷に伺ったら建国祭のお話ですね!と執事に言われてしまった。


そうじゃないんです、婚約を破棄していただきたくて、とは言えずに目を白黒させている間にスルーヴェント様が出てきた。スルーヴェント様は私の来訪を驚いていたけれど、いつもの嫌そうな顔をしていた。


建国祭のドレスを買ってやろうと言われて一緒に選びにいくことになって、それが今日だ。迎えにいく、と言われて頷いてしまった私に責任がある。でも建国祭のドレスなんて買ってもらわなくていい。私が上等なドレスを着たって似合わない。


お姉様は誰と建国祭に参加するんだろう。昨年も参加していなかったら今年も参加しないのかもしれない。その事実に震えてしまう。そしたら守ってくれる人が誰もいない。笑い物にされる未来が見えて泣きそうになる。


「お嬢様、迎えが来ましたよ」

「今行く」


いつまでも寝台で芋虫になってはいられない。丸まっていたのをやめて寝台から降りる。玄関から外に出ると立派な馬車が家の前につけられていた。御者が頭を下げてくれる。スルーヴェント様が私の姿を見て嫌そうな顔をする。それにため息をつきそうになるのを堪えた。


「手を」


そう言われてスルーヴェント様の手を取って馬車に乗り込む。あとからスルーヴェント様も乗ってきた。どこにいくのだろう、と思っていると馬車が出発し、大通りの方面へ向かっていく。窓から外を覗いていると、スルーヴェント様がこちらを見ていることに気がついた。


「スルーヴェント様?」

「ロヴェルと」


そう言われて、名前を呼べと言われているのだと気づく。名前、呼びづらいな、と思っているとじっとスルーヴェント様が私のことを見る。それに曖昧な笑顔を作った。


「ロヴェル様」


名前を呼ぶとロヴェル様の手が伸びてきて頭を軽く撫でられた。ロヴェル様はこないだから様子がおかしい。馬車がゆっくりと止まる。ついた場所は国一番の仕立て屋だった。王家のドレスも担当しているというそこに私は入ったことがない。


「スルー、あ、ロヴェル様、ここって」

「行くぞ」


馬車の扉が開けられて先にロヴェル様が降りる。私も戸惑いながら降りようとすると手を差し出される。その手を取って降りるとやっぱり国一番の仕立て屋だった。こんなところでドレスを買うお金はない。


ロヴェル様はそんな私を気にせず店の中に入っていく。すると店の主人であろう方が笑顔で出迎えてくれた。


「ロヴェル様!お待ちしておりました!」

「よろしく頼む」

「さあ、さあ」


背中を押されて通されたのは奥の試着室だった。着替える場所の前には長椅子が置かれていて、そこにロヴェル様は座る。


「どんな布を使ってもいいと伺っております。建国祭、楽しみですなあ!」


そういって試着室に押し込まれる。そこに入るとたくさんの使用人の女性たちがいた。


「さあ、お着替えをしましょう!」


その言葉と共に私のドレスがひん剥かれる。まずはこれから!と着せられるドレスが豪華で驚いてしまう。いくらするんだろう。


「こちらに合わせて宝石もつけましょう」


そういって首飾りや腕輪、耳飾りをつけられる。明らかに値段が高そうなそれに怖くなった。


「さあできました!どうぞ!」


そう言われて仕切りが開かれる。長椅子に座っていたロヴェル様が飲み物を飲みながら私のことを見ていた。目があって誤魔化すように笑う。試着していつもの嫌そうな顔をされると傷つくからやめてほしいな、と思った。


「買おう」

「ロヴェル様?」

「その飾りたちももらおう」

「ロヴェル様?」

「では次のご試着を!」


そういってまた仕切りが締められる。ドレスをひん剥かれて次のドレスを着させられる。それをその後五回は繰り返した。




「ありがとうございました!」


店主に見送られて店の外に停めてあった馬車に乗り込む。つかれた、と思って顔を俯けてからハッとして顔を上げる。


「ロヴェル様、私、お代が」

「買ってやると言っただろう」

「でも」

「どうせこれからも共に色々なところへ出向くことになる」


そう言われて余計に心苦しくなった。婚約を破棄してもらおうと思っていたとは言えなくなってしまった。また俯いた私に何を思ったのかロヴェル様が手を伸ばしてきて顎をもたれた。顔を上げさせられて、ロヴェル様と目が合う。


「建国祭を楽しみにしている」


そう言われて頷くことしかできなかった。





大きく息を吸って吐く。隣のロヴェル様にも聞こえているだろう。建国祭が開かれる学校のホールに入るのは緊張する。今日身につけているものは全てロヴェル様が買ってくれたものだ。普段とはまるで違っていて、首飾りが重たい。


「緊張しているのか」

「少し」

「大丈夫だ」


そう言ってロヴェル様が私の背中をぽんと叩いた。それに背中を押されて、ロヴェル様の腕をとる。ホールの中は煌びやかで、まぶしく感じるくらいだった。


「ロヴェル様」


入ってすぐにご令嬢が話しかけてくる。邪魔にならないように飲み物でも取りに行こうかと、腕を離そうとすると、その手を掴まれた。


「どこにいく」

「飲み物を」


ロヴェル様が手を挙げると飲み物を持った給仕係が近寄ってきてくれる。ロヴェル様が飲み物を取って私に手渡すのを見て、ご令嬢が驚いたような顔をするのがわかった。きっとロヴェル様が私のことを婚約者として扱うとは思っていなかったのだろう。あまりにも不釣り合いすぎて。


「ルリア、ダンスを」


話しかけてきたご令嬢に何かを返すわけでもなく、ロヴェル様がそう言った。こういった公の場に二人で出るのは初めてのことだ。つまり踊るのも初めてだ。


「私、ダンスは」


そう言ったけれど、ロヴェル様は許してくれないらしい。飲み物をテーブルに置いて、ホールの中央に歩いていく。向かい合って両手を絡めると、ロヴェル様の手が冷たい。


体温が低いのかもしれない、と思って顔を上げると目が合ってしまう。慌ててそらして肩の辺りを見る。踊ることになるとは思っていなかった。腰を引き寄せられて、落ち着かなければ、と自分に言い聞かせた。


「大丈夫」


そう言ってロヴェル様が笑った気配がした。音楽が始まって必死で足を動かす。できるだけ優雅に見えなければならないけれど、ダンスは苦手だ。でもいつもよりずっと踊りやすい。ロヴェル様が上手だからだろう。


ターンもいつもより綺麗にできた。恥を晒すことにならなくてよかった、と思いながらダンスを終えると、ロヴェル様がいつもよりも近い気がした。それでもダンスの時にもっと近かったので、こんなものかな、と思ってしまう。


隣のロヴェル様を見上げると、ロヴェル様と目が合った。思わず微笑むと目を逸らされる。ダンスが上手く行ったからといって、気が大きくなってしまった。反省してロヴェル様から腕を外し、自分で飲み物を取りに行く。ロヴェル様は何も言わなかった。


「調子に乗るなよ」


どこかから聞こえた声に顔を上げると、同じ学年の男子が立っていた。ゴミを投げてきた集団にいた顔だった。それに困ったような顔をしておく。本当に言うとおりだ。調子に乗ってはいけない。


首飾りをそっと触る。やっぱりロヴェル様に婚約を破棄してほしいことを伝えよう。ロヴェル様が私のことを好きになることはないだろうし、私ではとてもロヴェル様に釣り合わない。そう決めてロヴェル様の元に戻った。



建国祭をどうにか終えて馬車に乗り込むと、ため息が出た。疲れたけれど、今日中に婚約破棄の話も終わらせておきたい。息を吸ってロヴェル様を見ると、ロヴェル様は嫌そうな顔で私を見た。


「ロヴェル様、お話があるのです。お屋敷に立ち寄らせていただいてもよろしいですか」


私の申し出にロヴェル様は驚いたような顔をした。それもそうだろう。今までお屋敷に伺ってもいいかなんて尋ねたことがない。


「ああ」

「ありがとうございます」


頷いてくれたことにホッとして、自分の手を見る。手までお姉さまと違っていて嫌になってしまう。お姉さまの手はほっそりとしていて白くて、女性らしい。私の手はというと太くて、色も白くない。思わず笑ってしまうくらい、お姉さまと私は違う。


「どうした」

「すみません、指が太いな、と思って」


そう言ってロヴェル様に手を広げて見せる。


「そんなことはないだろう。…もし太くてもそんなことは大した問題ではない」


ロヴェル様に気を使わせてしまったらしい。申し訳ないなと思いながら手を下ろす。ロヴェル様の手は大きかったな。そんなことを考えているうちにお屋敷に着いたらしく、馬車が停まった。


ロヴェル様が先に降りて手を差し出してくれる。そういえば私のことが嫌いなのに、一回もこう言うことは欠かしたことがない。ロヴェル様は本当に紳士だ。


お屋敷に入ると、思っていたよりも歓待された。お飲み物をお持ちします、軽食を、t言ってくれる執事や侍女に大丈夫よ、と言いながらロヴェル様の私室に通された。初めて入ったな、と思いながら椅子に座らせてもらう。


すぐに侍女や執事が入ってきて、テーブルに飲み物や軽食を並べてくれた。ゆっくりお過ごしください、と言われて困ってしまう。帰りの馬車をどうしよう、と思ってしまった。


「あの」

「どうした」


向かいに座っているロヴェル様が私のことを見る。その視線に怯みながら、どうにか言葉を紡いだ。


「婚約を破棄していただきたいのです。ドレスも宝石もお代はお支払いします」


私が一息でそう言い切ると、ロヴェル様の眉毛がぴくりと動いた。しん、と沈黙が部屋の中を満たして痛いくらいだ。どうしよう、何か言ってくれないかな、と思いながら飲み物に手を伸ばす。


「理由は」


飲み物に手を伸ばした瞬間にそう言われて、びくりと体が揺れてしまう。慌てて姿勢を正して、ロヴェル様のことを見る。


「私ではロヴェル様のお相手は務まらないと思います」


正直にそう言うと、ロヴェル様がため息をついて立ち上がる。そして私の横に座った。近いな、と思いながら距離を取ろうとすると、ロヴェル様が私のことを見た。その視線の鋭さに驚いてしまう。


「婚約は絶対に破棄しない。事実があれば困ることはない」

「ロヴェル様?」


顔をぐっと寄せられて、思わず顎を引いてしまう。噛み付くように唇にキスをされて驚きすぎて何もできない。そのまま角度を変えてキスを続けられる。呆然としていると、ようやく顔が離れた。


「ロヴェル様」

「ルリア」


名前を呼ばれてぼんやりしていると体が浮き上がった。ロヴェル様の顔が近くにあって、どこかに運ばれている。どこに、と思って首を動かすと明らかに寝台に向かっていて青ざめる。


「お待ち、お待ちください」

「嫌だ。婚約を破棄されるのもごめんだな」


ドサリと寝台に寝転ばされて、ロヴェル様がその上に乗ってくる。太ももの上に股がられて動けない。下から見上げるロヴェル様は傷ついたような顔をしていた。


ドレスを下からまくりあげられて慌てて足をバタバタと動かす。


「おやめください!」

「やめない」


手でロヴェル様を押してみてもどうにもならない。このまま身体をつなげてしまうのはいやだ。そう思うと涙が溢れてきて手に力が入らなくなる。


「ロヴェル様、私」

「どうした」


泣きながらなんとかわかってもらいたいと思って話そうとすると意外にもロヴェル様の手が止まった。話は聞いてくれるのかもしれない。


「私、ロヴェル様に相応しくありません」


そう言って目元を覆う。やっぱりお姉様のほうが似合っている。私とロヴェル様が並んでもなんだかおかしい。


「そんなこと」

「そんなことではありません。それに、ロヴェル様は」


そこで勇気が出なくて言葉を区切ってしまう。でも言わなければいけない。


「ロヴェル様は私といると嫌そうです。不快な相手と結婚するのはお互いのためによくありません」


そう言うと沈黙が落ちた。そして大きなため息が聞こえてくる。ロヴェル様が私の上から退いて、私は慌てて起き上がってドレスの裾を直した。


「悪かった」


謝罪の言葉に頷くとロヴェル様の手が伸びてきてほおを挟まれる。そのまま上を向かされて、目を合わされた。


「ルリア、君を」


そこまで言ってロヴェル様が言いにくそうに口を閉じた。なんだろう、と思っていると手を離されてその代わりに手を繋がれる。その手を握り返すことはできなかった。


「以前、精悍な顔つきが素敵だと言ってくれただろう」


そう言われて昔のことを思い出す。そういえば、婚約するとなった時、お姉様に連れられてロヴェル様に会った。その時確かに思った。素敵な方だと。そして言ったのだ。精悍なお顔つきですね、素敵です、と。


「君に会うと嬉しくて笑ってしまう。でも素敵だと思われたくて、顔に力を入れていた」


意外な事実に驚いているとロヴェル様がふわりと笑う。


「婚約が成った時、嬉しくて、たくさん会えると思った。そしたら君にいろんな理由をつけて断られるようになった」

「それは」

「焦って大変だったんだ。これでもな」


そう言われて手を思わず握り返してしまう。そしたらその手を強く握りしめられた。


「君が小さい頃から知ってる。話しかけることはできなかったけど、ユナの後をついて花のように笑う君がずっとすきだった。ルリア、婚約を破棄するなんて言わないでくれ」


表情が切実で嘘をついているようには見えなかった。繋いでいる手とは逆の手で涙を拭う。


「釣り合うように努力します」

「しなくていい。そばにいてくれ」


その言葉は優しく響いた。




いつも入っているゴミが入れられていない時点でおかしいなとは思っていた。


「ロヴェル様」

「どうした?」


そしてロヴェル様が休み時間ごとに私の教室に来る。わざわざ移動教室も付き添ってくれる。アルトが嬉しそうな顔をしていて、ロヴェル様はおそらく私の机にゴミをいれていた人たちを睨みつけていた。


「トラリアス嬢からきいた。次に何かあれば必ず言ってくれ」

「ロヴェル様、でも」

「いいから」


ロヴェル様がそう言って笑ってくれる。その優しさに甘えることにした。来年からお姉様もロヴェル様もいないのだから、今のうちに甘えておこう。そう思って手をそっと握ると、ロヴェル様が強く握り返してくれた。


その日の放課後、私にゴミをぶつけたり机にゴミをいれたりしていた人たちがひとまとめに謝罪にきた。並んで申し訳なかった、と謝る姿は壮観だった。


いいの、と笑うと感謝されたけれど、結局、学園から停学、もしくは退学の処分を言い渡されていた。この件に関してはロヴェル様とお姉様が証拠を取ったり、証言を取ったりと私の知らないところでかなり頑張ってくれたみたいだった。


ロヴェル様は婚約破棄を私が言い出した一件から頻繁にお屋敷に来てくれるようになった。私もそれを受け入れている。


「ルリア」


名前を呼ばれて振り返るとロヴェル様に抱きしめられる。触れ合いも以前よりもずっと増えた。ロヴェル様はいつでもいい匂いがする。その腕の中でそっと目を閉じると、ロヴェル様が頭にキスをしてくれた。それに安心して体をロヴェル様に預けた。



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