春風と不可解な失踪
春の風が、校舎の窓からひんやりとした空気を運ぶ。桜の花びらが舞い、校庭を淡いピンク色に染めていた。
「……また、だな」
黒崎奏は教室の片隅で、無表情のまま机に置かれた小さな紙片を眺めた。灰色の瞳に映るのは、放課後のざわめきだけ。紙片にはただ一行、こう書かれていた。
「今日、消える——」
「奏くん、それって……もしかして」
隣に座る天野紗夜が、興奮気味に机を叩いた。
「うん、また“事件”の匂いがする!」
紗夜の声に反応して、奏は軽く眉を上げる。
「うん。しかし、これだけでは何もわからない。誰が、何のために——」
放課後の校内はいつもと違う静けさが漂っていた。人々の足音、扉の軋む音、微かに聞こえる空調の唸りまで、奏にはすべて手がかりに思えた。
「まずは現場だね!」紗夜は言うと、校庭の桜の木の下へ走り出す。奏も重い足を引きずるようにして後を追った。
桜の木の下には、誰もいない。しかし、微かに踏み込まれた跡、散らばる花びらの中に、不自然な隙間があった。奏はしゃがみ込み、紙片を拾い、地面に落ちている小さな破片を手に取る。
「……誰かが、意図的に何かを隠した形跡だ」
紗夜は手を口元にあて、目を丸くする。
「え、これって事件じゃん! 学園のミステリー部顔負けだよ!」
奏は無言で紙片を観察する。小さな鉛筆の跡、紙の折り目、インクのにじみ。すべてが証拠になる。
「消えたのは、もしかすると——このクラスメイトだけじゃないかもしれない」
その瞬間、遠くから微かな物音が聞こえた。
「……誰かいる」
紗夜が振り返るが、校庭には誰もいない。だが、桜の花びらが風に舞うたび、どこか人影のように揺れて見えた。
「……第一歩は、観察。次に情報収集。そして——推理」
奏の口調は冷静だが、紗夜には確信に満ちた目が輝いて見えた。
「よーし、私、全力でサポートするから!」
桜の花びらが二人の頭上に舞い落ちる中、春風は新たな謎を運んできた。これから始まるのは、学園に潜む“不可解な失踪”の連鎖。そして、奏と紗夜のコンビが、静かに、しかし確実に事件の核心に迫っていく物語だった。
奏は紙片と地面の痕跡を見比べ、低く呟いた。
「紙片の折り目……誰かが手で揉んだようだ。インクも乾ききっていない。つまり、犯人はまだ近くにいる可能性が高い」
紗夜は目を輝かせて質問した。
「じゃあ、犯人はクラスの中にいるってこと?」
「可能性は高い。ただし、これだけでは特定できない」
奏は紙片をポケットにしまい、桜の木を見上げる。
「……風が強くなる前に、この痕跡が消える。急がなければ」
そのとき、校舎の二階から小さな笑い声が聞こえた。女性の、それもどこか高慢な響きの声。
「ふふふ……さて、あなたたちはどこまで真実に近づけるかしら?」
紗夜は驚きと好奇心で目を輝かせ、奏に問いかける。
「え、誰!? 今の声って……」
奏は一瞬眉をひそめ、静かに答えた。
「……本格的な事件の始まりだ。春風が運んできたのは、ただの失踪じゃない」
そして二人の背後で、桜の枝がかすかに揺れる。誰かが、見ている――。




