氷川巡査の報告
「…………終わった」
婦警が改めて辺りを見まわす。ジェネラルも含めて、誰もが惨たらしい最期を迎えていた。埠頭は、血の匂いに満ち満ちている。
「あ、あの……!」
婦警は、黒い魔法少女の背中にそう呼びかけた。ただ一言、お礼が言いたかったのだ。彼女にはこの時、暗闇姉妹が救いのヒーローに見えていた。
だが、婦警は口を閉ざした。
(この人……震えている…………)
黒い魔法少女はうつむき、体を震わせていた。まるで、押し殺していた恐怖や、悲しみや罪悪の感情が一気に噴出したようにも、婦警には見えた。
(強くても、心だけは普通の少女と変わらないんだな)
しかし、それも一面的な見方に過ぎないと婦警はすぐに悟る。
「あああああああああああああああああ!!」
「ひぇ!?」
暗闇姉妹が突然、獣のような咆哮をあげた。婦警には、彼女の心がどうなっているのか、全く読めなかった。
(わからない。まるで怪物みたいな…………)
やがて遠くからサイレンの音が聞こえて、婦警の顔がパッと明るくなった。どうにかして、カイシンジェネラルがここに逃げた事を警察が把握したのだろう。
「ああ、よかった!警察が来てくれましたね!」
婦警がサイレンの音が聞こえてくる方へ顔を向けながら暗闇姉妹に話しかける。
「あなたがした事は正当防衛であったと私が証言しますから安心してください!それに、お腹空いてませんか?一緒に仕出しのカツ丼でも……」
しかし婦警が振り向いた時には暗闇姉妹は姿を消していた。
「ああ……やっぱり行っちゃいましたか……」
その後、婦警は同僚たちに無事に保護された。手錠を外され、すぐに救急車で病院へと搬送される。
(天罰代行、暗闇姉妹……)
婦警の脳裏には、まだ黒い魔法少女の幻影が残っている。
(いったい、どこの、誰なのでしょうねぇ。また会える時があるでしょうか……?)
救急車に揺られる婦警は、緊張から解放された事で急に体の疲れをドッと感じた。まぶたをゆっくりと閉じると、そのまま深い眠りに堕ちていった。
翌日の朝。
婦警は病院で目覚めた。身体に一切の異常無し。健康そのものとのことだった。早速病室を出た婦警は、病院の自販機コーナーで、同僚の巡査から信じられない報告を耳にする。
「犯人グループが全員、心臓麻痺で死亡!?」
「ええ、はい」
「そんなわけないじゃないですか!」
「え、どういう事です?」
「暗闇姉妹ですよ!魔法少女の処刑人の!」
婦警は自分があの時、埠頭で何を目にしたのかを詳細に語った。軍服の魔法少女。その親衛隊を名乗る男たち。そして、彼らを誅殺した魔法少女の処刑人、暗闇姉妹。
「氷川さん」
それが婦警の名前だ。
「夢でも見ていたんじゃないですか?だって、犯行グループの誰一人、外傷は何もなかったんですよ」
「外傷が無い?嘘でしょ」
だが、現場からの報告によればそれが事実らしい。トラックの周囲。そして、埠頭の近辺に漂っていた大型クルーザーからも犯行グループおよび仲間と思しき複数の遺体を発見したが、誰もが眠るように死んでいたという。
「一応、ガスや毒物の線で検死する予定ですが、おそらくそれは無いそうです。そもそも、氷川さんが無事じゃないですか。だとしたら消去法で、全員が心臓麻痺で死んだと結論するしかないわけです」
氷川には、むしろそっちの方が現実離れしている気がする。
「きっと天罰ですよ、天罰。神様とか仏様とか、なんだかんだ我々の世界を見守ってくれているんじゃないですかね」
「あ、わかった!」
氷川はポンと手を叩いて言った。
「きっと回復魔法を使ったんですよ!」
「回復魔法?」
「そうですよ!犯人たちを殺した後に、回復魔法をかけた……これなら殺害の証拠が何一つ残らないから!」
「はあ……氷川さん」
同僚の巡査はため息をつく。
「それ、絶対に警部の前で言わないでくださいね。きっと頭の方の病院へ連れて行かれちゃいますから」
しかし、そんな言葉は氷川の耳には届いていないようだ。
(はあ〜ん、やっぱりすごいですねえ、暗闇姉妹!もう一度会えたらいいのに〜)
「ひゃっ!?」
「あ、ごめんなさい!」
心ここに在らずの氷川は、廊下の曲がり角で患者とぶつかってしまった。
「本当に、ごめんなさい!君、大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさい」
氷川は尻餅をついた少女に、手を差し伸べる。
小柄な少女であった。立たせてみると、身長は145cmほどしかなさそうだ。黒々とした艶やかな髪が腰にかかるほど長く伸び、それでいながら癖毛が強く、あちこちで飛び跳ねながら自己主張をしている。愛らしい顔つきだが、あちこちに絆創膏やガーゼが貼り付けてあった。
「ああ、これですか?」
視線に気づいた少女が照れくさそうに笑う。
「バイクの運転中に転んじゃって……」
「え!あなた、バイクに乗れるんですか!?」
驚く氷川に、少女はムッとした。
「私、これでも17歳です!」
「そ、そうなんですか!これはどうも失礼しました!」
「チドリさ〜ん。本郷チドリさ〜ん」
「あ、はーい」
受付に呼ばれた少女は、氷川たちにペコリと頭を下げる。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」
チドリはそう言って、その場を後にした。同僚の巡査が言う。
「なんだか可愛らしい子でしたね。あれ、どうしたんですか氷川さん?」
氷川は、なぜかその後ろ姿にボーッと見入っているのだ。
「あの背中……どこかで見覚えがあるような」
しかし、氷川がそれを思い出すことはないだろう。
病院の駐車場。
「お待たせ〜」
本郷チドリは黒いネイキッドバイクにそう呼びかけながら、シートに腰を降ろした。彼女に家族はいない。帰る家も無い。天涯孤独なこの身の上は、青空の下こそが家であり、孤独をさすらうバイクこそが友である。
「じゃあ、行こうか」
バイクのエンジン音を響かせ、チドリは再びあてのない旅へと出発した。
天罰必中暗闇姉妹01 〜魔法少女の処刑人〜 序
了
天罰必中暗闇姉妹01を読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけましたか?楽しんでいただけましたよねぇ(圧)
しかし序章ということで、ひとまずこれで終わりとなります。
連載再開まで、しばらくお待ちいただけましたら幸いです。