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大総統に哀れみを

「いないぞ!?」

「さっきの奴はどこにいった!?」


 親衛隊がクルーザーの舳先に視線を戻した時には、人影はすでに消えていた。そして、太陽もまた完全に沈み、トラックの周囲は夕闇に包まれつつある。


「ジェネラル様……!」

「ライトだ……早く周りを明るくしろ!」

「ははっ!」


 スキンヘッドの隊員がトラックの助手席に置かれた懐中電灯を手にとった。男は、特に考えることもなくスイッチを入れる。それがまずかった。


「馬鹿!後ろにいるぞ!」

「へ?」


 ジェネラルのとっさの叫びに、スキンヘッドは何気なく振り返る。次の瞬間、凶暴な力が叩き込まれ、男の頭は木刀を振り下ろされたスイカのように粉砕された。


「誰かいるぞお!!」


 他の親衛隊員たちも、その存在に気がついた。黒い、人型の、何か。それは次々と親衛隊員たちに襲いかかった。


「うげええっ!?」

「あがあぁあ!?」


 男の手から地面に落ちた懐中電灯が、転がりながら、走馬灯のように凄惨な暴力を照らす。あるもの者は顔面を叩き潰され、ある者は蹴りで肺を潰された。脚を踏み折られた上、力まかせに投げ飛ばされた隊員は衝撃で脊髄を折り、逃げようとした隊員もまた、首の骨を外された。


(一体、なにが起きているんですか!?)


 血飛沫を顔に浴びながら、婦警はその人物を凝視する。そう、人間なのだ。身長145cmほどの、腰まで長いロングヘアをした、小柄な少女なのである。その全身は、影のような包帯で形作られた、黒いドレスをまとっている。そして、その右手には魔法少女である証拠。すなわち、黒い宝石のついた金の指輪が、闇の中で光っていた。


 相手は魔法少女。ハッキリとそうわかった時には、親衛隊はほぼ全滅していた。


「お助けえぇ……ヒューっ……助けてぇ……!」


 残ったのは、串刺しの隊員だけ。黒い魔法少女は鉄パイプを男から引き抜いた。無論、助けるためではない。


「助け…………あごっ!?」


 仰向けに倒れた男の顔を、黒い魔法少女は一瞥もせずに、踏み潰した。その顔には、感情が無い。あえて形容するならば、そこには氷のような表情しかなかった。


「…………ふーん」


 カイシンジェネラルは何を思ったのか、黒い魔法少女に向かって、慇懃に拍手をした。


「素晴らしい戦闘力じゃないか。我が親衛隊を一瞬で壊滅させるとは」

「…………」


 黒い魔法少女は何も答えないが、ジェネラルは続ける。


「まあ、親衛隊員はまたネットで募集すればいい。それより、僕は貴君に興味があるな。何者だい?」


 黒い魔法少女は、ようやく口を開いた。


「……地獄からの使者。そして、魔法少女の処刑人」

「なに?魔法少女の処刑人?」

「天罰代行、暗闇姉妹」

「!」


(魔法少女の処刑人?暗闇姉妹?いったい何の話でしょうか?)


 婦警にはわけがわからなかった。が、カイシンジェネラルの方には心当たりがあるらしい。


「そうか……近頃、魔法少女ばかりを狙って殺している奴がいると耳にしたが、貴君がそうだったのか」



『暗闇姉妹』

  人でなしに堕ちた魔法少女を始末する者を人はそう呼んだ。

  いかなる相手であろうとも、

  どこに隠れていようとも、

  一切の痕跡を残さず、

  仕掛けて、追い詰め、天罰を下す。

  そしてその正体は、誰も知らない。



「それで、貴君の作戦目標は?」

「あなたに死んでいただきます」

「うふ」


 予想通りの回答に、ジェネラルの口から笑いがもれる。


「ここにある金を全て貴君にあげると言っても、止めないんだろうね」

「暗闇姉妹に取引きは通じない」

「そうか……ならば戦争しかないね!」


 ジェネラルは素早く、腰のホルスターから、どこかレトロな拳銃を引き抜いた。


「貴様は銃殺だ!!」


 だが引き金に指をかけた時には、ジェネラルの視界から黒い魔法少女が消えていた。


(どこに!?)

(下に!)


 離れた場所にいる婦警からは、黒い魔法少女の様子がよく見えた。地を這うようなダッシュでジェネラルに近づき、起き上がりざまに右拳を突き上げる。


「へべぇっ!?」


 ジェネラルの頬に、処刑人の縦拳突きが突き刺さる。黒い魔法少女は続けて、ジェネラルの正中線に拳を乱射した。彼女が顔を守ればボディを突き、ボディを守れば顔を容赦なく攻めた。隙があれば関節を蹴り、痛みに頭を下げれば顎をかち上げる。ジェネラルが反撃すれば、その一発を避けるかわりに、二発の拳を叩き込んだ。まるで黒い魔法少女だけが二倍の速さで動いているようだった。


(こいつ、ただの腕力バカじゃない!意外とテクいぞ!)


 そう分析するジェネラルも、ただパンチを浴び続けるわけにもいかない。距離さえあれば、飛び道具を持っている自分の方が有利なのだ。


「くそっ!」


 ジェネラルがバックステップで距離を取ろうとする。その瞬間、彼女の天地が逆転した。


「は?……うげっ!?」

(あの黒い方の魔法少女、相手が後ろに下がろうとする力を利用して軍服の魔法少女を投げ倒した!)


 婦警に遅れて、ジェネラルもまた自分の状況を理解する。


(柔道もするのかよ!?)


 実際は柔道よりも悪辣である。黒い魔法少女はジェネラルの片腕を固め、残りの手をジェネラルの顔面に何度も叩きつけた。


「ちょっ!?ぶへっ!!やめ……!!」


 黒い魔法少女の拳がぶつかるたびに、ジェネラルの顔が腫れ上がっていく。


「舐めるなぁ!!」


 ジェネラルは拳銃を放り捨てると、代わりにナイフを取り出し、処刑人の手を突いた。密着していては危険だと判断し、黒い魔法少女がジェネラルの拘束を解いて一歩離れる。


(あっ!)


 拳銃が自分のすぐ足元に落ちたのを見た婦警は、つま先でそれを引き寄せると、自分の尻を乗せてそれを隠した。まさか、その拳銃がヘリをも墜落させる破壊力があると知っていたら、とてもできない事であったろう。


「貴様〜……よくも僕の美しい顔を凌辱してくれたじゃないか……!」


 ジェネラルはさっと立ち上がり、ナイフを高々と構える。


「死ねええ!!」


 ジェネラルはそのままナイフを黒い魔法少女の顔目がけて投げつけた。当の魔法少女は、大胆にも飛んでくるナイフを片手でキャッチする。


(バカめ!そいつは囮だ!)


 その直後、時間差で飛んできた手榴弾らしき物体が黒い魔法少女の目前で破裂した。辺りが一瞬にして眩い光に包まれた時、婦警はジェネラルが何をしたのかを悟る。


(閃光手榴弾!特殊部隊とかが犯人の視力を奪うための!)


 あまりの光に、婦警は何度も目をしばたたいたが、視力はなかなか回復しなかった。すぐ目の前で閃光手榴弾を受けた、黒の魔法少女はなおさらだろう。


「あーっはっはっは!!」


 ジェネラルは高笑いと共に、今度は自分の番だとばかりに黒い魔法少女に殴りかかった。黒い魔法少女も頭を抱えるように防御の姿勢をとるが、いかんせん視力が無ければ防げる攻撃も防げない。ジェネラルは先ほどの意趣返しとばかり、ガードの隙間に拳を差し込む。


「この僕を苦しめた罰だ!粉々に砕いてやる!その顔面を!」


 ジェネラルの右ストレートが黒い魔法少女の頬に突き刺さった。魔法少女の膝から力が抜ける。ジェネラルは勝利を確信した。次の瞬間までは。


「ん?」


 黒い魔法少女の左手が、ジェネラルの軍服の、右肘辺りを掴んでいる。


「おい、離せよ!」


 ジェネラルは無造作に、左拳を黒い魔法少女の顔に叩きつけた。口の内側が切れて、血が滴り落ちる。しかし今度は、黒い魔法少女の右手が、ジェネラルの軍服の、左襟を掴んでいた。


「これなら……見えなくても問題ない」

「え?あっ!」


 黒い魔法少女が体を反転させると同時に、ジェネラルの両足が地面から浮き上がった。


「そうか、こいつ柔道を……ぐっ!?」


 ジェネラルの腰が埠頭のコンクリートに叩きつけられる。体落としである。黒い魔法少女は軍服を握る手を緩めず、無理矢理ジェネラルを立ち上がらせた。


「ちょっ!待っ!あああっ!?」


 ジェネラルの体が、今度は内股で宙を舞う。


「離せ!離せ!離せ!離せ!!」


 ジェネラルはまだ自由が効く左手で黒い魔法少女の顔を何度も殴った。だが、軍服を強く握られているために、腰の入ったパンチは打てなかった。逆に、ジェネラルの腰からは再び重力が消える。


「うわああああああああ!!」


 投げ地獄は、それからしばらく続いた。終わったのは、黒い魔法少女が視力を取り戻した時だ。


「やめて!止めて!お願い!もうやめて!」


 そう叫ぶカイシンジェネラルの泣き顔を間近に見たのである。


「ごめんなさい!もう謝るから許して!この通りだから!」


 黒い魔法少女が軍服から手を離すと、ふらふらと尻餅をついたジェネラルが、右手の魔法少女の指輪を外した。


 それは、魔法少女が自分の衣装を脱ぐということでもある。魔法の衣装が消え、残されたのは、体中にあざができた、セーラー服の女子中学生であった。


(こんな子どもが、あれほど大それた犯罪をするなんて……)


 婦警は意外そうな顔で、カイシンジェネラルの正体を見つめた。口調まで変わってしまっている。


「私、まだ子どもだよ……?」


 中学生の少女は、そう言って顔の涙を拭く。


「たしかに、私すごく悪いことをしたわ!魔法少女の力を悪用して、本当にごめんなさい!今度は、この力をみんなのために使うから!やり直すチャンスを……!命だけは助けて!」

「…………」


 黒い魔法少女は、何も口にしない。表情も、変わらない。ただゆっくりと、カイシンジェネラルに背を向けて、懐から取り出した短い棒を大事そうに両手で包んだ。


(…………ふふふ!甘いな暗闇姉妹!それがお前の命取りだ!)

「あっ!」


 婦警が驚いて叫ぶ。ジェネラルは、先ほど自分が投げつけたナイフが、地面に落ちているのを見つけたのだ。素早くそれを拾い上げると、ジェネラルは腰だめに構えて、黒い魔法少女の背中に突進した。


「死ね!!暗闇姉妹!!」


 しかし、その背中は無防備なものではなかった。黒い魔法少女が手にする短い棒から、ダガー状の刃が飛び出す。極端に柄が短い槍のようだ。


「ひゃっ!?」


 黒い魔法少女は、振り向きざまに、手槍をジェネラルのこめかみに打ち込んだ。ジェネラルの命まで届く致命傷である。槍を引き抜かれた後、何歩か前に歩いたジェネラルは、ついに力尽きてうつ伏せに倒れた。


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