魔法少女犯罪
徐々に夕陽が傾いていく高速道路。
茜色に染まったアスファルトの道を、一台の大型トラックが、猛然と走り続けていた。そのトラックの後ろを、何台もの警察車両が追尾する。
「そこのトラック!」
もう何度目の呼びかけなのか、わからない。
「すぐに停止しなさい!繰り返す!今すぐに停止しな……!」
拡声器越しの声が、悲鳴にかわった。
「わああああ!?」
トラックが急ブレーキをかけ、後方に迫るパトカーを追突させたのだ。この場合、車体の重量差そのものが凶器となる。
「止まれええええ!!止まれええ!!」
トラックの前方に、パトカーを複数台並べたバリケードが用意されているが、結果は変わらない。トラックはスピードを落とすことなくバリケードに突っ込み、行手を阻む車両を、見境なくはね飛ばした。
「くそっ!なんとかならんのか!?」
「警部!」
巡査の一人が上司に報告をする。
「ヘリが現着しました!上空から支援するそうです!」
「おお、そうか!」
その報告を聞いた警官は、これで決着がついたと確信した。トラックによる体当たりは、当然ヘリコプターには通用しない。さらに、そのヘリには最近開発された、秘密兵器が搭載されていた。
『被疑車両を上空より確認!』
残骸と化したパトカーの無線機がそう叫ぶ。
『被疑車両前方に、スパイクベルト投下!』
トラックのすぐ前方を低空飛行するヘリコプターから、丸めた金属板のような物が落下した。道路へ着地したそれが展開し、マキビシのように、鋭い棘を天に向ける。
それがスパイクベルトである。近年、凶悪化の一途を辿る犯罪に対処するため、開発された新装備の一つだ。どんな車両であろうと、この上を通過すればタイヤはパンクする。
『やった!』
ヘリの警官が思わず喜びの声を上げた。
『スパイクベルトの効果を確認!被疑車両は徐々にスピードを落とし……あ、あれ!?』
「おい、どうした?トラックはスパイクを踏んだんだろう?」
『タイヤが……パンクしたはずのタイヤが膨らんでいく……!?』
たしかに、スパイクベルトはトラックのタイヤを破裂させたのだ。バランスを失い、蛇行運転をしていたトラックである。しかし、どういうわけか直後、パンクしたはずのタイヤが直っていったのだ。まるで時間を巻き戻すかのように。
『そんな馬鹿な!これはまるで魔法……!?』
「おい!再投下だ!スパイクベルトをもう一度落とせ!」
『ぎゃああああ!!』
無線機越しに突如響いた悲鳴が、それきりプツリと途絶えた。
「どうなっているんだ……!?」
「警部!」
巡査の一人が、信じられないといった顔つきで報告した。
「ヘリが……墜落しました……」
「なに、墜落?」
「炎上するヘリの残骸が路上を塞いでしまって……これ以上の追跡は困難とのことです」
「……なあ、若いの」
警部と呼ばれた男は、タバコを一本、火をつける。
「報告は正確にするべきじゃないか?」
「は?」
「ヘリは墜落したんじゃねえ……撃墜されたんだ」
「えっ!?そんな馬鹿な!相手はトラックですよ」
「その馬鹿が起きているんだよ、今」
警部は周りの惨憺たる光景を見回した。死傷者、怪我人、数知れず。警察車両はことごとく破壊され、数キロ先ではヘリコプターが炎上しているだろう。頭の固い上層部も、こう認めるしかないはずだと男は思った。
「犯人は、魔法少女だ」
「魔法少女!?それって、そんな……だって、魔法少女って人類のために戦う人たちじゃないんですか!?」
「俺たちがどう思おうが関係ないだろ。事実、この有り様を見ろ。これがただの人間の仕業に見えるか?」
そう言われると、巡査も引き下がるしかない。
「もしも魔法少女が相手なら、俺たちにはどうしようもない。自衛隊でも動かんことには……」
しかし、それが無理な相談であることも警部は知っていた。男は、ただ苦々しくタバコを吐き捨てることしかできなかった。
警察の追尾を振り切った大型トラックは、予定通り、人気のない埠頭へと到着した。もうすでに、日は沈みかけている。そんな黄昏時。
「はーっはっはっは!」
トラックの後部ドアが勢いよく開かれた。現れたのは、軍服風の衣装を着た、中学生くらいの少女である。
「同志諸君!ご苦労であった!」
そう言いながら、軽い足取りで埠頭に降り立つ。
「これにて十分な軍資金が手に入った!我々の、大勝利への一歩である!」
少女に続いて、今度は複数の男性たちがゾロゾロと、トラックから降りていった。彼らの見た目は、どう見ても堅気のそれではない。訳ありそうな男たちは、各々が大事そうに、キャリーバッグを運んだ。
中身は、現金である。今朝から次々と銀行を襲い、紙幣の束を、まるで稲穂でも刈り取るように収奪してきたのだ。どう考えても無謀な犯罪。それを可能にしたのが、この軍服の少女。
「ジェネラル様」
頬に傷のある、スキンヘッドの男がうやうやしく頭を下げる。
「全てはジェネラル様の才覚があってこその大成功であります。我々親衛隊は、どこまでもあなたについて行きます」
「うむ!よくぞ申した!」
ジェネラル。正しくは、カイシンジェネラルこそが、この軍服少女の名前であった。
「ジェネラル様、魔法少女の力は無敵であります!」
そう、彼女は魔法少女なのである。右手の中指に輝く、濃緑色の宝石がついた金の指輪。それがいわば、魔法少女である証明書のようなものであった。
悪魔の力を持つ少女。すなわち魔法少女は、人類を悪魔から守る戦士であった。しかし、今は違う。悪魔が地上から一掃され、少女たちには『力』のみが残された。カイシンジェネラルのように、魔法少女たちがその力を善以外に使うことも、今となっては珍しくなかったのである。
「ちょっと!やめてください!離して!」
金が全てトラックから降ろされると、男たち二人がかりで一人の婦警を抱え、運び出した。
若い婦警である。本来は自分の道具である手錠で両手を拘束され、拳銃も、すでにカイシンジェネラルに没収されている。要するに、手も足もでなかった。
が、気持ちまでは折れてはいない。カイシンジェネラルの前に座らされた婦警は、怒りを込めた目で彼女を睨んだ。
「あなたたち!警察官にこんな真似をして……ただで済むと思っているんですか!?」
その言葉に、若手の親衛隊員が一人、動揺する。だが、ジェネラルはそれを鼻で笑った。
「もちろん、ただで済むとも!」
「なっ!?」
「考えてもみたまえ、婦警君!」
ジェネラルがつかつかと婦警に歩み寄る。
「我々、魔法少女はだね、法の外にいる存在なのだよ。君たち警察や、政治家の誰もが、魔法少女の存在を否定している。否定しているくせに、僕たちに悪魔退治の全てを押しつけた。君たちは、いわば僕たちの犠牲の上になりたっている、この世界のフリーライダーなのさ」
「だからって、こんな事をするのは間違っていますよ!」
「全ては弱肉強食!」
ジェネラルが軍服のマントをひるがえし、若い親衛隊員に近づいていく。
「力の強い者が、弱い者を支配する時代が来ているのさ!さあ、君」
ジェネラルが親衛隊員の肩を叩いた。先ほど、婦警の言葉に動揺した若者である。
「あの婦警を犯したまえ」
「あっ、えっ?」
「おいおいおい、しっかりしてくれよ」
ジェネラルは笑いながら若い男の肩をパンパン叩く。
「僕がなんのために、こうして若い婦警をさらってきたと思っているんだい?」
「ひ、人質にするのかなーって」
「捕虜と言いたまえ」
「ほ、捕虜……」
「戦争なんだよ、君ぃ!」
ジェネラルは婦警の顎を持ち、若い親衛隊員に顔を向けさせた。
「どうだ、なかなか美しい顔をしているじゃないか。この捕虜は、君たちの慰安のために僕が選んだんだぞ?乱暴狼藉は戦争の習い。さあ、早く服を脱ぎたまえ」
「で、でも…………」
若い隊員が遠慮するようにモジモジする。だが、その態度はむしろジェネラルの逆鱗に触れた。
「君ぃ!上官である僕に逆らうつもりなのか!?」
「い、いいえぇ!!」
若い隊員は震え上がった。この親衛隊において、ジェネラルに逆らうことは自殺と同じであった。スキンヘッドの隊員も檄をとばす。
「ジェネラル様がこうおっしゃっているのだ!貴様!男の根性を見せんか!」
「は、はいいいぃぃっ!!」
若い隊員は、ガチャガチャと腰のベルトを外し、ズボンを脱ぎ始める。ジェネラルはそれに満足したのか、愉快そうに、婦警に話しかけた。
「迎えの船が来るまで、あと1時間はある。ゆっくり楽しんでくれたまえ」
(なんなんだ、こいつら……!)
婦警は不愉快だった。目にうつる全てのモノが、である。己れの力を、自分自身のエゴのために使う魔法少女。その力におもねり、娘ほどの年齢の少女にへつらう男たち。そして、魔法少女に言われるがままに従う、プライドの無い軟弱者。
「お前ら……!」
婦警が吠えた。
「全員地獄に堕ちやがれ!!」
「口がわるいなぁ、婦警君!はははは!」
カイシンジェネラルは、婦警の瞳を、挑戦的に覗き込む。
「地獄に堕ちろ、だって?一体、誰にそんなことができると?誰も魔法少女を止められない!誰一人も!あははははは!!」
「……あの、ジェネラル様」
「ん?なにかね?人の話の腰を折るなとあれほど……」
スキンヘッドの親衛隊員に呼ばれ、後ろを振り向くジェネラル。彼がなぜ自分を呼んだのか、ジェネラルにはすぐにわかった。
「迎えの船?」
埠頭に、一隻の大型クルーザーが近づいてくる。それは間違いなく、カイシンジェネラルとその親衛隊を迎えに来る予定の船であった。
だが、様子がおかしい。エンジン音を除けば、船はひっそりと静まり返っているのだ。どの窓を見ても、ジェネラルたちを歓迎するべく、手を振る船員の姿は見えない。
「どうなっているんだ?」
「あ、舳先に誰かいるぞ!」
カイシンジェネラルの目にも、黒い人影が見えた。人影が、その手をサッと振る。
「誰だ?」
「おおおおおおあああああああああああ!?」
直後、鋭い金属音と同時に、パンツ一丁の親衛隊員の悲鳴が響いた。彼の腹部を鉄パイプが貫通し、鉄パイプはそのまま地面に突き刺さったのだ。
「いたあああい!!だれかあああ!!だれかこれをとってええええ!!」
「なんじゃこりゃあああ!?」
「さっきの舳先の奴が投げたのか!?」
船の舳先から、串刺しにされた男までは100m以上離れていた。槍投げの世界距離をゆうに超えている。その上、投げたのは鉄パイプだ。もしもそれが可能な人種がいるとしたら……ジェネラルには一つしか心当たりがなかった。
「まさか……魔法少女……!?」