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写本しても拙い

 射手を失ったガトリング砲は萎びたように項垂れている。

 辛うじて”彼“に回避行動を強いていた弾丸の嵐が降り止んだ今、追跡者であった散弾銃使いの立場が逆転した。

 振り向きざまに三発。BB弾が空に三条の白線を描いた。

「チッ」

 面と向かって戦っては分が悪い。予め取った中腰の姿勢から窓へと飛び込む。

 実弾と違い着弾までに時間差があるので回避のための猶予はあった。外から内へ、二つを隔てる境界線を飛び越える。

 追跡経路を逆走するのを引き留めるように後方で発砲音がする。

 振り向けば弾丸が眼前に迫っていた。

 反射的な首のスナップで躱すが、続く弾丸までは避け切れないと見て手近な掩蔽物に身を隠す。

 背後で床を叩く足音が近づいてくるが、吹き込む弾幕に掻き消された。

 通路の奥からの弾丸の吹雪。昇降口側から待ち伏せていたチームの銃声が重奏する。

 急襲によって体勢を崩した先の状況とは違い、統制の取れた集中砲火であれば先生の猛攻は凌げる。

 散弾銃使いは銃口を落として排莢すると、肩口から掛けた帯から散弾を四本摘まみ取る。

 排莢に際して開かれた排莢口に一本、次に給弾口から三本を詰め込む。

 更に四本を詰めて閉鎖する。

 入れ替わり立ち代わり、射手を変えながら弾幕を繋ぐ継続射撃。真っ向から撃ち合うにはこうするしかない。

 先生の持つ一丁の拳銃からは湯水のようにBB弾が溢れだした。

 機関銃と比肩する凄まじい火力の高速連射は、圧倒的な制圧力を誇る。

 だが、拳銃一丁ではあまりに過剰な消費量だった。

 エアガンの弾倉は実銃のそれと比べると弾数が倍以上に多い。大抵数百発は入る。しかし彼の使うガスハンドガンは、弾倉にガスタンクを内臓している為に装弾数が大きく削られている。

 游底が後退して動かなくなると、弾倉がゴトリと落ちる。次の瞬間、空白には弾倉が装填されていた。

 全身に装着した重し兼マグポーチの、背中から足許までの弾倉を高度な精度で抜き出していく。

 弾倉一つ一つの装弾数が少ないのなら、大量の弾倉を瞬時に交換すればいいのだ。

 無数のBB弾が降り注いで、廊下の隅には波打ち際にあるようなBB弾の白波が出来ていた。

「そろそろ頃合いかな」

 左の腰に手を添えて覗き見る。

 廊下をかき乱すように迫りくる弾幕。それを撃つ物陰に隠れた射手達、そして。

 黒い大きな影。人型をした残像から赤い波が伸びていた。次第にそれは赤い柱を形作る。

 しなるスポンジブレードの接近。

 仰け反らせた上体の上を通過する赤い三日月。

 鼻の長い、角ついた鉄兜が先生を見ている。側面のスリットからは怪しく光る獣の瞳。

 先生は胸の前に拳銃を添えた。ちょうど鳩の影絵のような形だ。

 拳銃で狙いを定めるとき、銃把を握った利き手に片方の手を添えて肘を真っ直ぐに構えるのが基本だ。

 映像作品に出てくる銃撃戦を見ていれば分かるだろう。視線と射線をなるべく平行にすることで弾を当てやすくしようという考えだ。

 しかしここまで密に接近していては、そこまで狙いを定める必要はない。

 眼前を吹き荒れる火の粉を振り払うように、人狼は身を力強く翻す。その振り回した慣性を乗せて、スポンジブレードが鋭い軌跡を描く。

 彼は赤い軌跡に弾かれるように飛び退き、すぐさま銃弾を浴びせる。

 目の前に広がる弾丸に人狼は身を捩らせた。両腕は胴を抱き締めて自身を束縛して見えるが、それは真逆の凄まじい錐揉み回転を起こした。

 それは脚を滑らせてもなお荒れ狂う独楽のようで、人狼の回転は宙を舞い上がる。

 風を巻き上げて力を渦巻く大車輪。

 先生はそれが急降下するのを笑って見据えていた。

 彼は激しく回転するそれに向かって腕を伸ばす。まるで赤子を受け取るかのように、優しく。

 回転する残像が先生の手に重なると、手は渦巻く力を糸を一本ずつ解くように解体した。

 Y軸の紳士がX軸の淑女のダンスをエスコートするような現実味のない光景ながら、無駄に華やかさがあった。

「わっ──」

 緩やかに舞いながら失速し、果てに〈お姫様抱っこ〉の形に腕に収まった人狼はあたふたして、水に浸けた綿のようにしゅんと縮こまった。

「ヒ……ヒットです」

 だから早く降ろしてくれと、弱々しく抗議する。

 人一人を抱えているとは思えない丁寧な造作で降ろされると、人狼は射線を遮らないよう前屈みになりながら、廊下の中央を小走りに進む。

 先生はその肩を落とした背中を見つめて愉快な表情をしだした。まるで良い悪戯を思いついた少年のように。

また来週になるか、また来月か、──また来世か

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