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文章でゲシュタルト崩壊起きそうです
廃校舎内を直通する回廊を鞭打にも似た弾音が響いていた。プラスチック製六ミリの球体が木壁にめり込み軋みを立てる音。木壁に沈み損なった弾は着弾点に窪みを残して床の上を弾んで散っていく。
空間を猛進する白の弾群に曝され疾駆する黒い影が一つ。兎のような敏捷さでバックステップを踏む男は後退する脚をそのままに銃弾を放つ。
放たれた弾丸は廊下に立てた障害物から顔を出した襲撃者へと飛び込んだ。襲撃者達は咄嗟に物陰へと身を隠しすぐさま反撃に出ようとはするが、顔を寸毫も出そうものなら弾丸が障害物の端を掠めて許さない。
「そろそろ撃たせてくれなかなあ?先生」
「イヤだねえ!俺が逃げるまで待っていなよ!」
コの字形の廊下の中間。昇降口付近での初期衝突を経て六人と六体の十二の戦力のうち二人を撃破し、隆野先生は攻めてくる敵チームを牽制しながら後退していた。
自陣へと延びる退路の折り返しに入ったところを待ち構えていたと言わんばかりに散弾が吹き下ろす。
「うお!危ない!」
弾丸の礫が降りかかるのを咄嗟に床を蹴って逃れる。
見上げれば二階へと繋がる階段から散弾銃を向ける巨躯が一人。
ゴム質のシャツに包まれた重厚な胴。贅肉なく肩からなだらかな隆起を築く太い腕。
迷彩服の一張羅を、上着を脱いで腰に巻き付けている。
そして顔を包む無骨な仮面。
一切の起伏を持たない一面を覆う楕円は、ただ刳り貫かれた二つの穴からにやけた双眸を覗かせる。
それが彼女の、まるで映画の殺人鬼のような異装だった。
銃身下部を包むフォアエンドをポンプの圧縮動作のように機構の内へと乱暴に押し込む。
外装の滑走と共に口紅のような赤い円筒が吐き出され、排莢したカートリッジは小気味よい音を立てながら階下へと跳ね落ちていく。
圧縮した何かを解放するようにフォアエンドを前進させると、銃口を再び標的に据える。
「相変わらず速いなあユキちゃん!」
ロックなジェスチャーで応える散弾銃使いは防護面の内で口を弓なりに歪ませ、腰を落として構えた。
階段の上にも関わらず飛び立つ間際の猛禽の如き低姿勢。その形容に違わぬ速さで散弾銃使いは急降下する。
猛獣が放つ散弾の連射に、廊下から隙を衝いて出た敵方の放射が交じる。二つの射線の交錯した十字砲火を受け、先生の退路が失われる。
どこへ避けたとしても交差する弾丸の雨に身を曝すことは免れられない。
それは廊下の“内”ではの話だった。
廊下の外へと繋がる唯一の脱出経路。それは壁の内に陽光を招くための矩形。転落防止用の鉄格子を備えた二階、三階と違い一階の窓は戸を外したサッシのみ。外へ飛び込むことは可能であり、先生はそれを実行する。
その瞬間の動作は凄烈なパルクールのようで、飛び込んだ先の窓枠をもぎ取るぐらいの勢いで掴むと、豪腕の起こした強い引力を頼りに身を外へと投げ出した。
放物線を描いて石畳へと飛び込み、回転運動を伴いながら地面を跳ねる。
地面に叩き付けられたボールのような挙動で衝突時の衝撃を回転エネルギーに変えて分散していく。
逃がすまいと容赦なく撃ち込まれるBB弾を目前に身を翻すと、スタートダッシュのフォームに強制転換し疾走した。すぐにある校舎の角を曲がったところで、先生は左の頭上からの異音に気付く。
そのモスキート音じみた高周波の駆動音は、次第に金属の掠れる回転音を加えて燃え上がるような叫びに加速する。
高速回転する銃身の束から放たれる濁流は、石畳の上で飛沫を撒き散らし、傍観していたはずの端材の寄せ集めやドラム缶に飛び火して重低音を奏でた。
追い立てる嵐を背にしながらも、男は軽快に走る。
一つ間を空けて窓枠を飛び越えた散弾銃使いが構えた銃身が獲物を真っ直ぐに捕らえて程なくして吼える。
先生を飲み込むように拡散する礫。これも難なく躱されるのを彼女は知っている。
常人相手であれば偶然の助けがない限り切り抜けることのできないような状況だが、先生の場合、これに二三手詰みを掛けなければ欠片程の焦りすら見せてはくれない。
散弾銃使いは銃床を右脇に挟み、空いた左手を腰へと回す。
背後から迫る弾丸を避ける方法は二つ。
一。弾丸よりも速い速度で走ること。簡単な話、追いつかれなければ当たることはない。これに関しては幸いなことに先生は秒速百メートルのBB弾より速く走れるほど人間離れしていない。
二。左右に避けて弾道から外れること。
現状、右側はガトリング砲の斜角が広がっていて蜂の巣になるだけだ。
ならば姿勢を傾ける先は照射の範囲外、銃座の可動域の及ばぬ死角へと向かう左側。
彼女はぎらりと光る鉄を振り上げた。一連の動作は匕首の一閃のように一文字の冷たい軌跡を描く。その流麗さに反して狙いを定める工程を省いたぶっきらぼうな撃ち方。
左手の大型回転式拳銃。大口から螺旋を覗かせる肉厚の短銃身、チタンフレームの大半を占める鉄柱をぶつ切りにしたような蓮根形の回転式弾倉、大の大人を以ってしても持て余すゴム塊の銃把。
拳銃というには携行性に欠けるその外見は、質の良い鈍器のようにも見える。
この大型拳銃のモデルは、弾倉を大型に設計することで最大級の弾頭重量と炸薬量を誇る大口径弾に加え、散弾銃と同規格の実包の装填を可能にしている。
その再現として装填された五発のカートリッジが、その一発一発に複数発のBB弾を一度に射出する機構を有している。
退路を分かつBB弾の礫に続く小振りな礫。
二塊の弾の群衆が獰猛なスピードで喰らい付く。
しかし、そこに呑むべき姿はない。
男は吹き荒ぶガトリング砲に前身ごろを向けながら、何もない空へと背中から飛び込んでいた。
直進的な浮遊感は身体の重みを忘れさせる。重力の枷から外れた刹那の自由の中、手元から逃げるように腹の上に据えていた拳銃が浮き躍る。
男はその銃把を軽く握り、一点に向けて誘導する。
目の前を通過する群集の奥、銃身越しにこちらを見下ろす影に間髪入れず二発発砲する。
荒れ狂う嵐の前には掻き消されてしまうような二条の線は、だが正確にガトリング砲の射手を捉えていた。
窓枠と銃座の間を縫うように侵入する弾丸は射手のゴーグルを射抜いた。
「ヒット!」
プロジェクター内臓のスピーカーが三人目の断末魔代わりの宣言を届ける。
花火の束に火を付けたような炸裂音の喝采はなく、交錯する空気の破裂と乾いた弾音だけが校舎中を伝う。
銃撃戦の勝利条件は相手を打ち倒すことだろう。物騒な話、相手を殺すことが銃の本分だ。
しかし、BB弾による撃って撃たれての応酬、プラスチックの豆粒に撃たれたところで当然、死ぬことはない。
そこで被弾した者を死人として扱うためのルールがこの”宣言“だ。
指先であろうと、帽子のつばであろうと、命中すれば死亡。この単純で絶対的なルールがサバイバルゲームを銃撃戦として成立させている。
嗣躯先生の、腕で組んだ合掌造りに頭を預けて黙する佇まいは堅気のそれではない。炯々と輝く銀縁眼鏡はさながら幽鬼の宿す眼光のよう。
スクリーンは校舎内を錯綜する視野を映している。いずれも戦場を駆ける激しい映像であり、その非日常にしばらく見入っていた。
「?」
ふとスクリーンの中に異様なものを見咎める。
鼻先で地を突いたかと思えば前方へと激しく振り戻される、のたうつような反復動作。
その度に尋常ではない距離を瞬く間に前進し、太い爪の生えた炭のように乾いた長い五指が視野外から現れては床を掻いて引っ込んでいく。
大気への突進を繰り返す四足走行は、先の散弾銃使いより獣じみていて、──と言うのは違う。獣そのものの動きだった。
ありがとうございました!
もう少しペースを上げて投稿できればいいなと思います