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文章が……拙いっ──!
これ以上投稿期間が空くとまずいので一旦アウトプットします
昇降口前の廊下に人集りが出来ていた。一面のコルクボード板にピン留めされた部活動のポスターを食い入るように見つめる群衆の中には私達も混ざっている。
「どこにしようかな……」
「こことかどう?圭ちゃん」
隣から身を乗り出して芙柯ちゃんが詰めてくる。花の香りがして、鋭利な眼差しの先の細くしなやかな指は空手部のポスターを指していた。表紙には日に焼けた道着の男三人が座敷でくつろいでいる画が飾られている。
武道なら正拳突きとか回し蹴りといった場面が映えるというものだけど、制作者はどうして和室で胡坐を掻く三人の団欒をチョイスしたのか。その意図を掴めぬまま苦笑していた。
「──理由を聞いてもいいかな?芙柯ちゃん」
そして疑問の指針は彼女へと向く。──なぜ空手部なのか。このポスターのどこに彼女の気を引く要素があったのか。
それに。彼女が空手をするイメージが浮かばない。実践的な徒手格闘の方がしっくりくる。うまく説明はできないけど、更衣室で見たものを含めて、彼女の風体からは習慣のような形式的に積み重ねていく経験と違って、まるで日常的にあった非日常を取り込んできたかのような並々ならぬ蓄積を感じていた。
「腕っぷしに自信があるから」
「なるほど」
特に空手に拘る理由はなかったよう。間を空けてここはいいかなと言い切るかどうかのタイミングで、芙柯ちゃんは既に興味を引くものを求めて視線を巡回させていた。
彼女の振る舞いを見ていると、どこか子供っぽさを感じる瞬間がある。常に冷徹そうな目付きをしているが、時折眩い光を帯びる。
「これはどう?」
目を離した隙に、一つ距離を置いた位置に佇立した芙柯ちゃんがこちらに呼び掛けていた。私は彼女というランドマークを目指して人混みを潜り抜ける。
「どれどれ……」
陳列したポスターの一枚、その表紙の中では銃撃戦が繰り広げられていた。
銃を構えた二陣営が互いに射線を交えている。しかし、銃口から溢れる噴炎も、排莢口から吐き出される真鍮の殻も無い。銃は白い射線を吐いている。それはシャッタースピードに捉われず残像を残す白い球体の群れが連続した直線。BB弾だ。ポスターの中の銃もBB弾を撃つために作られたエアガン。
「サバイバルゲーム部、ね」
入学前の説明会から目を付けてはいた。目出し帽やら黒い鏡面のゴーグルやらで人相を隠蔽した者、加えて比喩なしに狼男そのものの姿をした猛々しい佇まいの者。この不審者の大所帯が部活紹介を始めたものだから、体育館内は少し騒がしかったものだ。これを踏まえて、目を付けていたというより目に付いた、だろうか。
「いいね。ちょっと見てみようか」
「うん。付いてく」
水古月高校が建てられた水古月というのはなだらかな山や丘を開拓して出来た土地だ。地形はそのままに道路や建築物が敷かれている。
小高い傾斜の足許の校舎から歩いた先に建つ古びた大きな二組の建造物。片方は三階建ての校舎で、もう片方はアーチ状の屋根を備えた体育館。水古月高校とは別のその学び舎であった場所は、教育施設としての機能を改造されていた。
窓から見える建物の内側、校舎の周囲には、パーテーションやロッカー、木の板やドラム缶といった寄せ集めバリケードが林立し、学徒を雨風から守るための窓ガラスは鉄格子張りのサッシに換えられて、うち数カ所の窓枠は何かが首を垂らしていた。
銃身を輪状に連ねたガトリング砲。窓から顔を出しているそれはいざ戦闘になれば石畳の上に居る私達のような侵入者を蹴散らす防衛設備になるだろう。
ゾンビパンデミック禍の要塞のようなこの場所は、元々中学校だった。近辺に建てられた新築の中学校に立地と設備の良さで敗れ人の手を離れたという。
「やぁ、よく来てくれたねえ」
昇降口から瓢げた様子で現れたのはプロテクター姿の偉丈夫、隆野先生だった。
「隆野先生。ここの顧問だったのですか」
「違うよ」
「え?」
さもここの主のように現れた先生だが、サバイバルゲーム部の顧問というわけではないと言う。
「その人はウチに暇潰しに来るような遊び人ですよ……」
コツコツと足音を鳴らしながら更に奥から現れた長身痩躯の男。
こちらは暗い靄を纏ったような印象で、隆野先生ほどではないが若い。しかし、気難しく結んだ表情とビジネスマンを思わせる堅牢な佇まいが妙に貫禄を持たせていた。
「やだなあ解芳さん。部員に“実戦指導”してるだけじゃないですかあ」
対し、隆野先生の言う“実戦指導”が本来の意味ではないのはよそ者の耳からしても明らかだ。解芳と呼ばれた先生はやれやれと鬱蒼な顔に呆れを紛らせてこちらを向くと、
「ああ……皆さん初めまして。私がサバイバルゲーム部の顧問を務めています。嗣躯解芳です」
先生は銀縁眼鏡を指でくいと浮かせ、丁寧な会釈をする。
「どうぞこちらへ」
喪服然とした長身が促したのは日の光を拒絶した暗室。
ディスプレイとパソコンのセットが机を占領し、教室の側面には窓を塞ぐようにスチールラックが直立する空間の中で、黒板に展開した白幕に映写するプロジェクターだけがこの一室を仄かに灯している。
巨大なスクリーンに見立てた白幕に映した分割映像。モニターの集合のような区画分けした視点はそれぞれ小型のアクションカメラと連動し、装着者の見る景色を共有している。
二分した左右で違う場所。連ねたバリケード越しに校舎を臨むグラウンドと、清潔感を保った廃校の一室に分けた二陣営の視点。しかし画面の内訳は左と右で一対六。拳銃一挺を持った個人に対し短機関銃に小銃……各人各様の武装をしている。
「……皆さん、今回は見学者が来ています。私の“仲間”を貸しますので絶対、あのだらしない先生を仕留めてください」
先生が席に腰を落とすと、左手で引き込んだ卓上マイクに忌々しげな嗄声を吹き込む。
「はーい!」
「はーい!」
「はーい!」
「はーい!」
「おうよ!」
「了解!」
「酷くないですかそれえ?」
入り乱れた返事に肩を竦める姿が容易に浮かぶ問い掛けをプロジェクターのスピーカーが発するのを認めると、空に緩いスナップを利かせた右手をかざし、蜘蛛のように指を巡らせて何かを手繰り寄せる。
カ、カカカ──
糸に吊るした複数の木簡が打ち合うような乾いた音が床を伝播して、浮遊する。
音を立てて机の塀から髪のように艶やかな房々が頭を出す……いや、文字通り頭が出てきた。俯いたもの、頭頂を軸に傾いて髪の幕を引いたもの。それぞれ美少女を象った陶器質の顔の人形。
頽れた体勢から、まるで逆再生のように板張りに立ち上がる裸体。六体の人形は教室の端へとそそくさと駆けて、教室の端を占めるスチールラックから銃と湖色の制服、ベストとヘルメットを取り出して戦支度を始めた。
この手の異能は“人形使い”と“死霊使い”に分かれていると、どこかで聞いたことがある。これらを二分する要素が何なのかは覚えていない。
湖色の制服は水古月基準のそれ、ふわりとした上衣をぱたんとベストで挟んだ。筆箱大のポーチを並べた砂漠色の厚布二枚を爪付きと受け手の番になったプラスチックの留め具で繋ぐ。胸元から伸ばした腕に浚われたヘルメットは頭にすっぽりと嵌め込まれる。
ヘルメットのレイルマウントに装着した俯き気味のアクションカメラの首を正面に向かせてやると、右側面の丸印の付いたシリコン製のボタンを押した。
彼女達の背後のスクリーンのモニターが増え、薄暗い教室と美少女型の人形五体が映る。
武装した少女達は、無表情ながらアイドルもかくやといった様子で突き出した手を小振りにして廊下へ駆け出した。
有難うございました
よかったら今後もよろしくお願いします!