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本を読みながら書いてます。コツを掴みながら書けていけたらと思いますので、気長によろしくお願いします

「改めて、搗杵芙柯つきぎね ふかです」

 趣味は読書、トレーニング。そしてよろしくお願いしますと付け加えた、起立から着席まで凛とした自己紹介だった。



「隆野先生って、本当に先生?」

「自己紹介でいきなりナイフを取り出したからビックリした」

「でも顔は良かったよね」

 クラスの女子の面々の歓談に更衣室はどよめいていた。

 ワイシャツを巻き付けていたスカートを手繰り寄せて纏める。

 床にそっと添えて、正中線のボタンを解きながら顔を正面に向けると、急に姿勢が硬直した。

 メデューサと目を合わせると石になると言うが、私が金縛りにでも遭ったかのように身体の自由を囚われているのは、その芸術を見てしまったためだ。

 ホームルームで起きた小事変にはとても驚かされたが、この時目の当たりにした光景はより目に焼き付くものだった。

 正面、丁度シャツを脱いだ彼女──搗杵さんのその身体。

 肩のなだらかな二又の盛り上がりは谷のようで、シャツに両手を絡めて無防備になった腹には亀甲が浮かぶ。長くすらりとした印象の脚にも起伏が窺える。制服の輪郭に内包されていた肢体は細くも分厚い肉付きをしていて、艶かしくも逞しかった。

 この景色に目を奪われたのは私だけではなかったらしく、示し合わせたかのように溜息が木霊した。



「はい。戦闘科では、他の科と違って授業では銃を扱うことになるから諸々の危険性を伴います。だから、安全な取扱いと銃を携えるに相応しい心構えを教えていくよー」

 砂の水面に立っていた。開けた地形のグラウンドは校舎以外の遮蔽がなく、時たま軟な風が吹いては髪の先が小気味良くはためいた。

「えー。まずは銃を撃ちまーす」

 グラウンドに置かれた朝礼台の上で先生が拡声器を呷るように構えている。先生はラッシュガードのようなシャツに着替えて恵体の主張を増していた。その筋骨隆々さは体育の教員というよりも、日々研鑽に勤しむアスリート選手を思わせる。

 体操服に着替えて集められた私達の前には、どこから持ってきたのか、会議に用いるような長机が二台直列接続されていて、その上に銃が何(ちょう)か並べてあった。

「じゃ、それ持ってあっちね」

 先生が指差した先、グラウンドの端には多重円が描かれた人型の鉄製プレートの列。土嚢を積み上げたラインから十メートル、更に十メートルおきに前後で間隔を空けて斜めに四枚、脇に五メートルしか離れていない一枚が立てられている。的の背は敷地外への弾丸の飛散防止として土嚢の壁がそびえ立つ。

 机に置かれた拳銃は私が携行しているものと同じ角ばったプラスチック製の拳銃。人数分あるそれを手に取って位置に着いてみる。

「はいはーいこっち向いてー」

 後ろから付いてきた先生が視線をかき集めるように両手を仰ぎながら集団の左側面に立ち止まると、

「えーとね。まず銃を扱う上で大事なのは、必要な時以外は安全に取り扱うこと。さっき見ていたけど、銃を持っていくとき指にトリガーが掛かっている人が居たね」

 先生が腰に提げたホルスターに納めた同型の拳銃を抜いて引き金をつつく。

「安全装置を掛けていたし、弾も込めてないけど引き金から指を外しちゃいけないよ。間違っても目的外で人を撃っちゃいけないからね。それと銃口は絶対に人に向けることがないように」

 小高く掲げた拳銃をホルスターに戻すと、今度は土嚢の塀に寄りそばに置いてあった段ボール箱を担ぎ出す。よっこらせとでも言うようにみんなの前に緩慢な所作で運び降ろして、中から黒い箱を取り出す。パッケージには「9×19mm」とある。

「これ一人一箱ね」

 先生は次々と周囲を囲う生徒達に箱を手渡した。

 光沢のある黒いコンテナ型の箱を開く。指先で引き出したプラスチックの器にはゴム製弾頭の拳銃弾が五十発植わっている。

 拳銃の銃把(グリップ)に備えたボタンに親指の圧を掛けて、フレーム内部に固定されていた弾倉(マガジン)が安っぽい擦過音を立てて流れ出たのを手に取る。そして拳銃弾の根を一本一本摘み取っては弾倉に込めていく。

 ──。──チャコ。──チャコ。──チャコ。

 弾を詰める余地が無くなって満杯を示すと、弾倉を銃把真下の挿入口から差して平手で押し込む。

「銃を撃つ時はグリップをしっかり隙間なく握る」

 生徒達を土嚢のラインに沿わせてその先頭に立った先生は、銃の持ち手を水掻きに食い込むくらいに握り上から左手を被せた。同じように握ればプラスチックのフレームに施された滑り止めのざらざらとした感触が掌にうずまる。

「ここで右の親指の上に左の親指を乗せて握りしめると保持しやすいよ。とりあえず試してみて」

 銃を握り直す。吸い付くような銃のフィット感が更に増した。

遊底スライドを引いて次ここの安全装置」

 拳銃の遊底スライドを指先に挟んで引き込む。游底の後退に弾丸が引き出され、遊底を放せば内臓したバネの力で本体と噛み合って装填される。

 そして游底側面にある二段階のダイアル型のセレクターレバーを確認。上に「S」、下に「F」と刻印されている。それぞれ引き金を固定する「Safety」と、解放する「Fire」を意味している。親指を掛けて台形の返しが付いたレバーを下に押し込む。ボタンは弧を描いて転換し、プラスチック機構の小気味よい音を立てて引き金のロックが外れる。

「そして向こうの的に銃口を向ける」

 銃を的に構えた。

「──よし。照門リアサイト照星フロントサイトの天井が重なるように、そして重なった点が的の中心に来るようにする」

 手前の二つの突起(照門)と先端の突起(照星)の端を揃える。先頭の突起に打刻された白星は鉄板の心臓部を指し示している。

「じゃ、引き金に指を添えて」

 指の腹に冷たい感触を当てる。「そして軽い力で引く」と促されて指に冷鉄が沈み込むのを確かめながら、バネのように緩やかな抵抗を押し込むと。

 カチ。

 パンッ──!

 破裂音が鼓膜を揺らす。分裂するような勢いで遊底が前後運動すして、軽い反動に腕が響く。

 爆竹のような発砲音の連鎖が続いて的が小刻みに震えだす。

 的は複数のゴム弾に殴られ、その拍子に砕けたゴム弾が黒い粉になって霧散する。的を通過したゴム弾も背後の土嚢壁に食い込んで詰まっていた砂塵を散らす。

 そういえば彼女はと、目を左に半回転、右に半周してみるがクラスの中で頭角を現すあの麗木を視認できない。

 もしかしたらと思い一度正面に戻した視線を首ごと右に回すと、拳銃を胡乱げに構える搗杵さんが居た。

 片目を瞑り、首を傾げながら狙いを定めていて、全体的に構えがぎこちない。

 丁寧に撃った三発も、本人の注いだ労力に反して的を避けて飛んでいく。

「少し力み過ぎじゃないかな」

 残念がる彼女に助け舟を出してみることにした。

「撃つときはサイトを覗かず、あたりをつけて撃つといいよ。サイトは補助程度にしか使わない」

 片目を閉じて、照門と照星を重ねたサイト越しに見た視界はとても窮屈だ。銃の角ばった黒が的の首から下どころか頭の半分まで隠してしまっている。それに。

 試しに一発撃ってみれば、狙いをつけていた頭部ではなく、右横付近で黒粉の小爆発が起きた。

 引き金を引くとき、指の力でブレが生じて狙いが少し逸れてしまうのだ。

「視界はふさがってしまうしあまり当てにもできない。着弾したときに出る黒い煙で位置を確かめながら撃つとコツをつかめるよ」

「……」

 搗杵さんは一時停止した。大容量のデータを読み込んでいる最中のようで、こちらに視線を向けているが焦点がこちらに合っていないために見られている気がしない。自己紹介ではそんなに人見知りの気はなかったはず。

「うん」

 やっと読み込めた返事もたったの二文字だった。

 銃を胸の高さまで下げて数発放った。

 一発目はあさってな方向に飛んでいくが、的を掠った二発目から着弾点は的を捉えるようになり、最後の五発目は頭部に命中する。

「どう?やりやすくなったでしょ」

 彼女はこくと頷いた。

「うん。ありがとう朱宮さん」

 真っ黒な瞳。今度はその真ん丸な漆黒が熱心に見つめてくるものだから、視線どころか心までつい吸い込まれてしまいそうな気がして思わず目を背けてしまう。

「あの、朱宮さんって……」

 不意に視線を戻される。その小さな口を控えめに開いて、何を言い出そうというのか。

「タケノコ胡瓜先生の小説が好きなの?」

 この時、私の中で消えかけていた疑惑の種が開花してその正体を現した。意気揚々と自己紹介したあの時の彼女が私に向けた好奇の視線。

「……もしかして搗杵さんも?」

 聞くまでもなかった。目を見れば解る。

 タケノコ胡瓜。囚われのお姫様を助けに行く騎士の物語や幼い少年少女が繰り広げる冒険譚、悪者をこらしめる勧善懲悪もの、童話やおとぎ話のようなファンシーな世界観を展開するかと思えば、その実凄惨な虐殺劇の類だったりする。そんな作家。

 読む人間を選ぶため、ついぞ同好の士を見つけることは叶わなかったが、こんなところに居たとは。高校生になると世界が拡がるというのは本当みたいだ。

 ここで本校舎から響く浅瀬の波紋のようなチャイムが射撃訓練の終了を告げた。



 湖色のシャツを羽織るとさらりとした衣の優しさが肌を包む。ボタンを首元から填めていきシャツをスカートで巻き付けてホックで留める。

「朱宮さん朱宮さん」

「はいはい朱宮さんですよ」

 視覚外から姿を現した搗杵さんは、何やら氷細工のような顔に薄く喜色を含ませている。

「朱宮さんは、タケノコ先生の作品で何が好き?」

「んん……どれも甲乙付けられないなあ。──やっぱり『丼合戦どんぶりがっせん』かな」

 『丼合戦』とはタケノコ胡瓜先生の手掛けた名作の一つ。伝説の丼を巡り、七人の麺職人と、丼もの具材が擬人化した七人の戦士達が「丼合戦」と呼ばれる闘争に身を投じる伝奇活劇。タケノコ胡瓜先生によって描かれる苛烈な死闘、複雑に入り混じった麺職人達の思惑や逡巡といった心情描写はとても官能小説とは思えないほど味わい深い仕上がりとなっている。

「私も『丼合戦』好き。好きなキャラクターは──」

 更衣室を後に、タケノコ胡瓜先生を種に談議は花を咲かせた。

 それからは銃火器だらけの物騒な教室での座学で、授業を担当する先生の自己紹介と生徒の把握を兼ねたレクリエーションを行った。



 放課後。

「朱宮さん」

「どうしたの?」

「あの──」

 やけに俯いて、心なしか雰囲気までもこじんまりして低木並のサイズ感に縮小した気がする。

 薄桃色に顔を染めて、かしこまった様子で何を言い出すかと思えば、

「圭ちゃんって呼んでも良い?」

 中々可愛いものだった。しかし彼女の中でハードルの高いことなのだろう。

 趣味が合って、美人で、おまけにボディガードにまでなってしまいそうな彼女だ。拒む理由など何処にあろうか。

「いいよ」

 朱宮圭は快諾の印に笑って応えた。

ありがとうございました!また今度もぜひ

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