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とりあえず1話お願いします 八(´ヵ`)

 午前七時の訪れを待つ小さな駅は、春に彩られていた。肌を撫でる柔らかな風、微風に運ばれひらひらと翻る宙に散りばめられた白桃色の花びら。

 瞳に優しい暖色と生き生きとして柔らかな茂みが辺りを包んでいた。

 トタンの(ひさし)の下、コンクリートの高台に佇む人影が一人。湖色のシャツと紺色のステッチの入ったスカートが似合う髪を丸く切った清楚な女生徒だ。

 芯の通った背筋で覗きこんだスマートフォンには、どこかのスポーツ団体の功績やら、芸能人の結婚。見慣れたような記事の羅列。弾けば画面の外に流れ出ていく情報の中に興味深い記事を見つけて、指の動きを止めた。

 ・「H市内三カ所で殺人事件 「麻袋」による犯行か」

 ・「T県境で七眼鳥(しちがんちょう)目撃 捕獲者に報酬1500万」

 殺人事件は取り上げられない。それこそテロか要人の暗殺か、派手な「麻袋」関連でもない限り。

 2000年から姿を現した犯罪組織。麻袋を被った青少年から退役した自衛官までの玉石混淆の構成員から成されているとされ、出所不明の多数の指定銃火器から外れた銃や爆破物等の所持から巨大なコネクションとの繋がりもあるといわれているけどその実体は何一つ明かされていない。

 ただ犯行の残虐性はある程度一貫していて、皆ナイフで喉を裂かれた遺体、丸焦げに焼かれた遺体、皮を剥かれた遺体、どこかしらパーツが欠けた遺体。定期的にそんな死体が出てくるので週に一度はネットニュースで取り沙汰される。

 その下にあった“七眼鳥”の記事。これも確かなことは分からない。美術的価値があるとか、不思議な効能の薬の材料になるだとか。巨額の懸賞金が何度も各国で掛けられたというのにその目的が曖昧だ。

 二十三年前の“ミレニアムアップデート”を経て何もかもが変わったと両親や祖父母、周囲の大人達は口を揃えて言っていた。この出来事の最中に私は生まれた。向こうの木陰でこちらを窺う二頭身のだるまのようなズンドウドリ、空に目を凝らせば羽ばたいている鳥と同じくらいの大きさのヒリュウモドキが追いかけっこをしているこの光景が今の時代を生きる私の日常だ。

 気付けばブレーキ音を立てて電車が目の前で停車していた。

 腕にぶら下げた通学鞄の中にスマートフォンを滑り込ませると、迎え入れるように開いた扉へ少女朱宮圭(すみや けい)は踏み出した。



 ミレニアム・アップデート。正しくは〈2000年改変事象〉。彼の神様の生誕から丁度2000年を迎えるその日に起きたアップデートと呼ぶに相応しい世界を一新する出来事。

 翼の生えた巨大な爬虫類、赤く燃える不死の鳥、風を操る大きな狼、天使に悪魔、傷を治す薬草から意思を持った樹木と、新たな存在を加えた生態系。

 人々には高温の炎、高圧の風と水を操り、手をかざせばたちどころに傷を癒やすといった超能力。また身体の構造が変わり、千人力の筋力に後出しで銃弾を避けてしまうような瞬発力、千里を見渡す瞳というような人体の能力の拡張。

 昔の数多に居た少年少女の心を揺さぶってきたモンスター、神秘的な存在、魔法、異能の類が現実のものとなって現れた。

 この時、数多の可能性がこの世に芽吹いたけれど、それ以上に大きく暗いものが根差した。

 現実で共存してみれば、創作の存在達も、獣は獣、裁きと称した大量虐殺を行う神の使いに人を(たぶら)かして破滅に引きずり込むサディストだった。

 人々が手にした特殊な力だって、余程の聖人君子でなきゃ世のためには使わない。そしてその聖人君子もまた正義を唱えながら悪人という教義にそぐわない人間を殺す。「魔法使い」やら「異能力者」やら「教祖」やらを名乗る超人達が筆頭になって世界的な暴動が起きた。「麻袋」もその一つとして猛威を振るった。

 大量の有害鳥獣と凶悪犯罪者を世に放ったようなものだった。世界の秩序は崩れ、(せき)を切ったように無秩序が溢れた。日本では警察官が小銃で武装した自衛官に置き換わって、時には戦車や戦闘機まで駆り出されても、膨れ上がる戦火を抑え込むことは叶わず、当時の総理大臣井草場千草(いくさばちぐさ)はその政治に関するものを含めた生命を賭けて“火器無制限化”を実現させた。

 銃や爆破物といった火器全般の取り扱いが実質自由となり、怪物達から国民が自身を守るためとして友好国からのべつ幕なしに輸入された銃火器が国内に流通した。こうなるまでに大量の軍需品だけでなく国民からの大顰蹙(だいひんしゅく)を買ったので、当の総理は日本が忌避してきた戦争の道具をばらまき、平和的な日本のイメージを壊した張本人として過激派組織から幾度か襲撃を受けてきた。

 それらの死線を潜り抜けてきた果てに“不死身の総理”と呼ばれる彼は、流石に騒動が完璧に落ち着いた2011年には任期を終えて政界からも身を引いている。それまでは血腥い(まつりごと)に関わろうとする者など居なかったので総理一択だった。

 かつてあった騒動の名残が、私の右脇にある革製の鞘(ホルスター)に納められた拳銃。九×十九ミリの拳銃弾を使うプラスチック製のもので、近代的なフォルムと構造の信頼性の高さが売りだそうだ。上部に取り付けられている小型の光学照準器(サイト)や銃口に取り付けるのが主流の減音器(サイレンサー)──銃声を抑制する器具が内臓されているのは、当時護身用に持っていた母によるカスタム。

 昔と違うところといえば規制が掛かって使う弾が鉛の塊からゴムの塊に変わったことくらいか。ゴム弾でも人と獣を落ち着かせるには十分役に立つし、昔のように警官が火力不足ではないから、手に負えないものは機関銃で武装したお巡りさんに任せればいい。

 車内には数人が直立していて、中には同じ行き先であろう制服姿があった。いずれも私と同じく携帯性のある拳銃を差しているか、通学鞄と一緒に肩から吊り紐でライフルかショットガンを提げるかしている。今では一部の人間を除けば肩の負担になるお守り程度という扱いで、使うのは半年に一回の銃器取扱訓練くらいだ。

 河川の真上に位置する鉄道橋を渡って、鏡面のような湖を横切り、途中で窓の外を遮蔽した並木のカーテンが満を持して剥がされれば、自然の緑と小規模の人工物の集合体が共存した風景が窓一杯に映る。その中で、ズンドウドリとヒリュウモドキも陸に空にと点在していた。

「次、水古月(みなこづき)~、水古月~」

 響きのよい運転手のアナウンスと共に、電車は徐々に速度を落とす。



 駅からとことこと歩いていれば、水古月高校は目前だった。

 水古月に建てられた公立高校。爆破事件に見舞われたとかで、本校舎がモダンで防弾仕様のテラスに改築されたそう。進学や就職に有利な知識や資格の習得を強みとし、勉学科、農業科、工業科、商業科、ミレニアムアップデートに際して設けられた戦闘科の五つの専門学科とそれぞれの学科で利用するビニールハウスや工作機械、複数台のパソコン、広大な敷地の一部を利用した射撃場といった豊富な設備を使った実践的な学習が魅力的だ。

 部活動にも力を入れているようで、コンクリートの丘に位置する校舎を囲うフェンスに掛けられた垂れ幕には、県大会優勝の文言とその名誉を称えられた生徒達の名が連ねられている。

 校門には私と同じ徒歩の生徒、自転車に(またが)る生徒が入り乱れていた。あと私の隣を忙しく横切るそそっかしい生徒が数人。

 昇降口を抜けて本校舎の北棟、中棟、南棟の三つに分かれた校舎を繋ぐ廊下を渡る。

 テラス張りでぼやけた陽光が回廊を染める。農業科、工業科、商業科は二階、勉学科は三階。向かうべきはグラウンドの隣に設けられた戦闘科が配された別棟。廊下を抜けて外に出ると屋根が続く。屋根の下には生徒が歩いていて、数はそれなり。

 警察官や自衛官を目指すための訓練じみた体育のプログラムと基礎的な学習を行うらしいが、前者の想像がつかない。戦闘科(ここ)を選んだ理由なら、父が警察官なので同じ正義の道を目指すということにした。

 ──ふと背後からスラリとした女生徒が私を追い越した。身長は、私よりも一五センチ高い……一八○センチもある?はためく黒髪に隠れてその顔をはっきりとは拝めなかったが、輪郭を背景に刻むくらい目鼻立ちが高くできているのは分かった。袖とスカートから露出した肌は髪色とは対照的な雪色を呈している。着る衣服が湖色の短い袖のものでなく、黒一色のセーラーなら大和撫子の名が相応しい。何やら縦長のやたら巨大なケースを右手に、その重量の半ばを肩に傾けていた。

 長い両の脚を運ぶ様も美しい背中は人混みとは一つ距離を置きながら棟へと入っていった。

 戦闘科の棟は古びていた。他の四科の学び舎となる新築の本校舎とは違い、一世代前の建物のよう。壁は汚いとまではいかないが黒ずみと黄ばみがルームシェアしている。白い鱗模様のアルミ製の障子を開けると木造の廊下、左手には色褪せた手すりを添えた階段が延びていた。件の彼女は中腹の踊場を闊歩している。

 二階の廊下は本校舎ほどではないにしても日差しをよく取り込む作りだった。

 最奥に位置する「戦闘科」と小さなラベルが上に貼付された、男一人分の幅にスライドした扉を抜けると、倉庫に黒板を付けたような教室があった。穴だらけの鋼板に囲われた観音開きのラックが並び、中から鉄棒に機械とプラスチックのカバーを付けたような形の小銃と子蕪(こかぶ)型のピン付のハンドルを備えた金属球(グレネード)が覗く。後は残りの余白で教室らしくしようといった具合で、学校標準の勉強机が整列している。

 黒板に貼られた割り当て表に従って教卓の真正面の席に荷物を脇に置いてから腰を下ろす。隣には彼女が座っていた。机の上に構えた小説を俯瞰(ふかん)している。

 やはり見惚(みと)れるような凛とした顔だ。文字の羅列を射抜くような目で眺めている。白と黒の対極の色をした肌と髪は彼女の視線を吸い寄せられるような不思議な魅力と相まって色彩から隔絶されたような、そんな美しさを感じさせる。

 読書を趣味とする私としては何を読んでいるのか気になるもので、さりげなく彼女の白い指からタイトルを覗いてみる。しかしよく見ればその分厚い冊子は布のカバーに包まれていて、すぐに私の試みは潰えた。

 視線を下げると、床に寝かせた直方体のハードケースが目に入る。

 改めて見ても巨大なケースだ。ケースそのものが岩礁(がんしょう)を切り出した殻のようで、ケースの目に見えた重みもそうだが、幅およそ一・五メートルの外殻に納めた“得物”の重量も相当だ。こんなものを右手と肩で保持していたのだから、彼女の膂力(りょりょく)は如何ほどのものか。

 私の(ささ)やかな驚嘆を他所に小説を読んでいる彼女の名前は「搗杵芙柯(つきぎね ふか)」というらしい。割り当て表にそう書いてあった。

 八時二十五分のチャイムが一しきり鳴る。さっきまで話に花を咲かせていた男子陣が静まって、微風(そよかぜ)が壁を撫でる音と木造建築の(ささや)くような(きし)みしか聞こえなくなくなると、静寂を掻き消しに来るようにフローリングを蹴る音がして、右手の木扉(もくひ)から男が飛び込んできた。

 ボサボサ髪の色男だ。年は若い。草臥れた黒のシャツは幅広のものであろうが、ゆとりもなく体に張っていた。

 シャツ越しに主張する胸筋と流木のような腕の間に挟んだバインダーを教卓にパタリと置くと、

「おはようございます。そして、はじめまして。俺は隆野一貴(たかの かずき)。ええっと……戦闘科のみなさんの担任を務めることになりましたあ」

 隆野先生は黒板に名前を綴り、後ろ髪を撫でながら振り向きついでに頭を下げて、ぎこちなく口を「い」の発音の形に変えた。

 その頼りなさげな所作は新米教師の初々しさではなく、ゆるい男のだらしなさだった。

「よろしく」



 金曜日課の一時間目はクラス担任の自己紹介で始まった。

「これから一年、担任として、また特別体育の担当としてもやっていくよ」

「先生!趣味はなんですか?好きなタイプは?」

 スタートダッシュの高いハードルを飛び越えたのは前列右の柳楓生(やなぎ かい)。洒落ではないが宣誓の勢いでピンと張った平手に釣られて小さな身体の半身を机に乗り上げるスラックス姿が小動物のように見えた。

「趣味は……筋トレと、筋トレと……筋トレ。好きなタイプは……(たくま)しい人だね」

 右手で空をノックしながら一本、二本と指を立てていたが、三本目が立つのはノータイムだった。

 この人はどれだけ筋トレに時間を注いでいるのだろう。逞しい人が好みと言うが、きっと筋肉繋がりで適当に答えたな。

「好きなモデルは?」

「彼女は居るの?それとも彼?」

「初恋はいくつのとき?」

 好きなタイプから派生して男子陣が色恋話を浮かべだした。これに隆野先生は照れるようにはにかんで、

「好きなモデル……ではないけど好きな俳優でジェイ●ン・ステイサム。彼女は居ません。あ、彼氏が居るわけじゃないから!初恋は、小学校四年の頃、同級生のさくらちゃんだった」

 この色恋問答に先生は満更でもなく良い顔をしていた。

「あと、これ自慢じゃないけど」

 この出だしに続くのは女性にモテたという話くらいだと思っていたが、先生は何処からか鈍く光る物体を取り出した。

 軍人が持っているような、峰に鋸状に突起を並べたナイフだ。

 先生は刃先を太い腕に当てると、一気に引き抜いた。先の(ほが)らかなイメージからは想像のしようがないその行動は、目を閉じる暇も与えなかった。

 鮮血が噴き出して教卓を真っ赤に染める。

 ……かと思いきや、ガタっと大きな音が響いて、後にはつやのある木版に赤い滴が数滴垂れるだけだった。

 先生の握りしめたナイフの先端は腕の皮を楔形(くさびがた)に剥いたがそこから先は厚い文庫本に(はば)まれていた。文庫本に食い込んだナイフの峰を白い手が押さえつけて、左腕ごと教卓に固定していた。

「あらー……君、お名前は?」

「搗杵芙柯です。先生、これはどういうつもりですか?」

 咄嗟(とっさ)の出来事だった。コンマ数秒。ナイフを腕に当てた瞬間から搗杵さんは左手で椅子を後ろに投げ出してその反動で跳ねるように前進。ナイフと腕の隙間に右手に持っていた文庫本を突っ込み、左手を振り落として今に至る。

「もしかしてやっちゃいけなかった?」

「はい。衛生的にも褒められたものではありません」

「ああ!そおなのねー。元居たトコじゃ十八番おはこだったんだけどなー」

 いかにも残念そうにする先生を搗杵さんはじっと見据えている。今更だが、先生はどうやら規格外の感性を備えているようだ。反省した素振りもなく笑顔で肩を揺らしている。

 教室は唖然としていた。そこに誰も口を挟もうとする気配はない。先生の狂気じみた行動からだけではない。目の前の搗杵さんが放つ殺気じみた剣呑(けんのん)な圧。傍から見ているこちらが刃物を宛がわれているかのような戦慄を覚える。さっきまで興味津々に先生の恋愛事情を探っていた男子陣も、うっかりその刃で皮膚を裂いてしまわないようにと身じろぎひとつしていなかった。

「ちゃんと説明するから搗杵さん。ちょっと放してもらえないかな。これ。万力みたいに挟まれて動かないや」

 左手と文庫本を渋々離すと、次はどうするんだと目を研ぎ澄ます彼女。手をひらひらと翻して先生は、

「あーあ、これじゃインパクトが小さいなあ。……みんな、これ見てね」

 先生は左腕を前にかざす。ちょこんと赤い楔形の傷があって、一筋の赤が垂れていた。そのほぼ線に等しい傷は、真正面に居る私と搗杵さん、前列の生徒にはともかく、それ以降は立ち上がって前のめりになって見るしか確認する術はなかった。

 先生は左腕に右の(てのひら)をかざす。すると狭間に燐光が生まれた。淡い蛍光色は光を帯びた煙のように滞留し、一点に纏まると光の玉が出来る。それは傷口を窺うように近づいたかと思うと、傷を光で満たしていく。そして光が靄となって溶けて消えて、腕からは傷が消えていた。

 この手品の意味するところは、隆野先生が“異能使い”だということ。このような特異な能力は種類を挙げていけば多岐に渡るが、人々はその全部をひっくるめて“異能”と呼ぶ。転じてこの異能を使う者が“異能使い”と呼ばれる。

 そして先生は傷を癒やす「回復の」異能使いらしい。この類はそれなりに居て、異能治療師という職もあるほど。いずれもやりようによっては稼ぎは悪くないという国家資格並の当たり異能。それを見せてくれたのだが、

「……」

「はは、やっぱりインパクトが足りなかった」

 搗杵さんが既に席に着き、妖刀めいた危うさが教室を散漫したものの、次は反応に困るときた。

 代わりに教室に充満した沈黙が抜けていかない。

 搗杵さんの阻止によって豆サイズの傷を消しただけの手品になったが、仮に盛大に血を噴き出したとしようがその時点で何人か倒れている。

 彼は常識人として生きていくのに大事な感性が麻痺しているように感じる。

 傷を癒やす異能を説明するのに、腕にナイフを突き立てる教師が居るものか。確かにそれしかこの場で説明する術はなかっただろうけど。

「見てのとおり、俺は傷を癒やすことができる異能使いです。もし怪我をした人がいたら言ってね!」

 凍えきった空気の中でさえ、先生はおどけた振る舞いをしてみせた。こんな先生の下で過ごす日々を思うと、思い描いていた青春の空にどす黒い積乱雲が横溢(おういつ)してくる。

「さて、先生のは終わったし、みんなに自己紹介きてもらおうかな。──まずは、阿川(あがわ)君」

 そう言って先生は前列左端にいる男子に指差した。

「は?……あ、はい」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして阿川君は起立する。そして彼は苦虫を噛み潰したような顔をした上で誠に遺憾とでも言うように口を開いた。

「ええ──俺は……」

 先生の微笑に見送られる通夜のような自己紹介は続いた。この雰囲気に身体が馴染んできたので、皆一様に顔に苦渋を含んでいるのを見ていて面白くなってきた。言い淀んでしまう生徒、静かに黙りこくってしまう生徒、上擦った声で素っ頓狂なことを言ってしまう生徒達に続き、

「次、朱宮さん」

「はい」

 さっき、青春の空にどす黒い積乱雲が横溢してきたと私は言った。といっても不安が込み上げてきたという意味ではない。

 確かに先生の奇行と搗杵さんの早業には度胆を抜かれた。

 しかし、この身を震わせる高揚感は恐怖からでも緊張からでもない。許容量を超過して溢れそうな期待を乗せて吹き込んだ。

「みなさん初めまして。私は朱宮圭(すみや けい)。趣味は読書、因みに好きな作者はタケノコ胡瓜先生です。みんなと過ごす学校生活がとても楽しみです!よろしくお願いします」

 堅苦しくなくかつ柔らかに、渾身のお辞儀で締めくくる。

 顔を上げればみんなは静かで、得体の知れない生き物を見るような目でこちらを見つめている。ただ変わらず先生と、意外にも搗杵さんが好奇の眼差しを向けていた。

ありがとうございました!次も縁がありましたらよしなに。

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