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8.じゃがいもの芽は戒めの味

「うわぁぁぁぁぁっ、リベルラ、すまなかった、ごめんよぉぉぉぉお!!」

「いいのよ……」


 号泣してリベルラに縋りつくガラード。

 リベルラも涙を流しながら、謝罪を受け入れた。


「思い出してくれたから、もういいの。……数年前、あなたは突然おかしくなった。なぜか『グラス・ホッパー』と名を改めて、自分の本名もわたしのことも忘れてしまった……わたし、思い出してほしくて、何度も名前を呼んだし、名乗ったわ。あなただけのチョウトンボだって、ずっと。二人の思い出もたくさん伝えた。でも、ガラードは『わたし』を認識してくれなくて、何度伝えても覚えてもらえなくて──心が折れそうで、名乗るのをやめてしまった……」

「本当に、ごめんっ!!」


 ガラードは大号泣の末、大荒野の瘴気で塗れた地面に土下座して、何度も頭を打ちつける。

 

「綺麗な女の人に囲まれたあなたを見るのは、見向きもされないのは、辛かった。でも、側にいたくて……ガラードの部下に志願して、初めてあなたの魔王城チョウトンボを見た時、心のどこかに、きっとわたしは残っている、いつか思い出してくれるって……だから耐えられたの」


 今にも罪悪感で死にそうなガラードにリベルラは手を差し伸べた。血と砂で汚れた額にハンカチを当てると、その頭を優しく抱き寄せる。


「お帰りなさい、ガラード」

「ただいま、リベルラ。こんな馬鹿な男を、見捨てないで、待っていてくれて、ありがとう……」

 



 ひとしきり泣いた二人が落ち着いたと判断したところで、作業を終えたジグが顔を出す。

 リベルラは警戒しているが、理不尽な暴行を受けたガラードは、むしろ感謝の目差しでジグを見ていた。


「まず。手荒な真似をしてすみません。でも、もしガラードさんと同じ境遇に陥ったと考えた時、ぼくなら思いっきりぶん殴って目を覚まさせてほしい、と思ったもので」

「ありがとう……本当に、ありがとう。あのフルコースは確かに慈悲だったよ。──おかわりあるかな?」

「やめて!?」


 リベルラが血相を変えて止めたので、おかわりはなしになった。


「心中お察しします。今も、本当なら地面を転げ回って叫びたいのでは?」

「うん……。ちょっと失礼して、叫ばせてもらっていい?」

「どうぞ」


 なにかを察したリベルラが身を引いてから。

 グラードは後頭部が汚れるのも構わず、仰向けに倒れ、思いっきり息を吸った。


「…………『淫欲魔王』ってなんだよ!! オレには最愛のリベルラがいればよかったのにっ!! あんな、あんな、リベルラに見せつけるような真似、最低な行為に耽って……なんだよ、オレのあの馬鹿っぽいキャラ!!『グラス・ホッパー』って! ふざけた名前つけやがって!! オレが! キリギリス(グラスホッパー)の蟲人だからって、まんま過ぎるだろーーーーっ!!!!」


 大荒野にガラードの魂の絶叫が響き渡った……。

 真っ赤になった顔を両手で覆ったガラードに、ジグは歩み寄る。


「ぼくも叫んでいいですか?」

「どうぞ」

「では遠慮なく。『次元魔王』ってなんですか!! 意味がわかりません!! 『グリモ・ワール』って、ぼくのユニークスキルそのままじゃないですかっ!! 巻きこみ事故でぼくまで痛い! 『強い者と戦うために来ました』って、この歳でとんだイキリ野郎ですっ!! ……恥ずかしい」


 初めて出来た好きな人と、その父親の前で晒した醜態をジグは内心後悔していた。

 そしてガラードと対峙した時、共感性羞恥が最高潮に達し、叫びだしたい衝動から、わざわざ誰もいない大荒野に転移したのだ。

 耳まで真紅に染めてうずくまるジグと、虚無の顔で天を仰ぐガラード。今、二人は互いにとって一番の理解者だった。


「……あんたも、大切な人の記憶を、本当の名前を奪われて──封印・・されていたのか」


 リベルラに手を借りて身を起こしたガラードが切り出すと、ジグは羞恥に染まったままの顔で肯いた。


「……ぼくの本当の名前はジグ。忘れていたのは、死んだ母と友の記憶でした」


 あの時。サクヤの痛恨の一撃が決まり、強力な浄化を脳天から直接叩き込まれた『グリモ・ワール』は、ただのジグに戻った。

 

 サクヤのかかと落としを食らった後、痛む頭にじわじわと蘇ったのは幼少期の記憶。

 男のくせに蝶々なんて、とからかわれるのが嫌でわざと髪を短く切っていたこと。

 適当な切り口がジグザグで、親友にまさにジグ・・だと笑われてケンカになったこと……なぜそんな大事なことを忘れていたのかと、驚愕した。


「あなたと違って、ぼくの大切な人達はすでに死んでしまっている。自分の名前を思い出せても、戻った記憶は悲しい過去でしかなかった。……事の重大さを実感したのは、花の国で料理を振る舞われた時です」


 サクヤの優しさの詰まった豚汁を口にした時に蘇った、温かな記憶。

 悲しいだけじゃなくて、楽しかった、幸せだったことも思い出した、その時にはたと気付いてしまった。


「他の魔王もぼくと同じ境遇だったら? ……守りたかったのに守れず、失ってしまった仲間達の記憶を封じられ、ぼくは守る手段だった戦闘に拘泥こうでいし、戦闘中毒になりました。他の魔王はどうだったのか、と考える余裕が出来た時、真っ先に思い浮かんだのはあなたのことです」


 最初はその行いを軽蔑し、ただ殲滅すればいいと考えていた。

 でもなぜ淫欲に耽るのか……狂ったように女性を求める理由は? 

 そういえば『淫欲魔王』の側には、いつも悲しげな副官が側にいたではないかと。

 ──点と点が繋がると、見えるものが変わった。


「ぼくは花の国で運命の人と出会いました。ぼくの名を、記憶を取り戻し、愛を与えてくれた人です。……もしも今、その方の記憶がなくなったら、きっとぼくは同じ道を辿るだろうと思い至り、『淫欲魔王』は真っ先に解放するべきだと、行動を開始しました」


 ジグは残っていたじゃがいもの芽を取り出す。


「花人の能力は魅了ではありませんでした。考えたら当然ですよね。花の国は、古代の戦争によって滅んだ大国の跡地、瘴気に侵された大荒野の浄化装置(・・・・)です。花人にも水にも、野菜にすら浄化の力が宿っている。あなたに食べさせたのは、破邪眼芋という神聖な野菜の、特に力の詰まった目の部分です。おかげですっかり目が覚めたでしょう?」


 ガラードは感謝の意を表明し、じゃがいもの芽ごとジグの手を握った。

 その隣でリベルラも深々と頭を下げる。


「ありがとう。あんたがいなかったら、オレは女の敵、糞外道のままだった。リベルラを思い出させてくれて、本当にありがとう」

「わたしからも。ガラードを、わたし達を救ってくれて、ありがとうございます」


 ジグは穏やかに首を振った。


「多分ぼくがいなくても、時間はかかるかもしれないけれど、きっとガラードさんは自力で記憶を取り戻せましたよ。思い出してください。ガラードさんがリベルラさんの名前を呼んだのは、フルコース(拷問)の直前です。……リベルラさんを救うため、両足の骨を砕いてまで、ぼくの魔法を破ったじゃないですか。あなたがリベルラさんを思い出せたのは、愛の成せる技です」


 ハーレムを作って遊び惚けていた『淫欲魔王』は本来愛に一途な男であり、戦闘狂と恐れられた『次元魔王』の本質は穏やかで心の優しい青年だった。

 王国に、王族に運命を狂わされた男達が手を取るのは、自然なことと言える。


「それぞれの愛する人を守るため。もうなにも奪われないために、ぼくらは手を組みませんか?」

「手を組むと言っても、もうオレにはリベルラしかいない。魔王城も配下も皆失ったぞ?」

「安心してください」


 ジグが空いた方の手で指を鳴らす。

 青い光の蝶がいくつも弾け、出現したのは愛しの蝶蜻蛉(ウィング・インセクト)だった。

 日没の近い赤みを帯びた光を浴びて、リベルラの髪のような青紫にキラキラと輝いている。


「修復しておきました。大半の兵士は逃げ出しましたが、魔王城にはリベルラさんを慕って残った方々や、あなた達の関係を元から知っていて、もどかしく見守っていた人もいます。先ほどは非戦闘員の女性達を逃がすのに手一杯で、あなた達の危機に駆けつけられなかったことを後悔していましたよ」

「つくづくチートだな……さすが四天王最強」


 二人が泣いている間にお膳立ては済んでいる。呆気に取られたガラードだったが、すぐにくくっと笑い出した。

 ジグも不適に、魔王らしく笑い返す。


「そろそろ逃げた人達から王国にぼくの反乱が伝わった頃でしょうか?……正気に戻った今ならわかるんですが、ぼくらは眼前に人参を吊された馬の如く、肥大化した欲望を利用されて朝から晩まで働かされてましたよね? あんなろくでもない王国、必要ありません。王族ごと徹底的にぶっ潰してやりましょう」

「乗った!……最高だよ、ジグ。ありがとう。手を貸す見返りはこの目玉でいいぞ。二度と彼女を忘れないため、御守りとして定期的に譲ってくれないか」


 茶目っ気たっぷりにガラードは片目を閉じて、じゃがいもの芽を掬い上げる。交渉成立だ。


「こちらの目、精製して魔法薬ポーションにしましょうか? その方が飲みやすくなりますよ」

「……いい。このままかじる。このなんともいえない不気味な見た目と青臭さと苦みとえぐ味が、戒めにはちょうどいいんだ……」


 心に深い傷(黒歴史)を負った、死んだような目をしたガラードの緑色の瞳は、皮肉なことに握り締めた碧眼、じゃがいもの芽にそっくりだった……。


*******


「お帰りなさい……お、遅かったわね!」


「さすが早かったな。お帰り」


「カチッ!」


 真っ直ぐに炊き出し会場(集会所)に戻ってきたジグを迎えたのは、西日で頬を染めたサクヤとその肩に止まったウィクトル、竹の皮で包んだ弁当を捧げ持ったブロスだった。


「一杯だけじゃ足りないと思って、豚汁残して置いたから。片付けもあるんだから、早く食べなさいよね!」

 サクヤは豚汁だけじゃなく、湯飲みに熱いお茶も用意してくれている。


「おにぎりを握っておいたぞ。だいこんの漬物はわしの自信作じゃ」

 なんだかんだ面倒見のいいブロスは、真っ白な塩むすびに琥珀色の漬物を添えたものを差し出してくれた。


「カチッ」

 ウィクトルが翼を広げて食卓に移動する。


 よく見れば、ウィクトル用にも豚汁の具や飲み水が供されていた。

 結構な食いしん坊なのに、ジグを待っていてくれたのだろう。

 目の辺りがツンと熱くなり、胸にも温かいものがこみ上げてくる。……泣いたらまた心配をかけるので、サクヤのハンカチを握り締め、堪えた。


「ただいま、帰りました」


 心から愛せる女性ひと、温かく迎えてくれる家族おや、食事を分かち合う相棒とも。かつてのジグが欲しかったもの、なくした大切なものが全て揃っている。


 ──やっと手に入れたこの幸せは、王国なんかに奪わせません。

 ジグは秘かに決意した。


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