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34.破滅に向かって進む

享楽の演奏会(ファン・コンサート)


 軍服を脱ぎ捨てたガラードは上等な燕尾服に身を包み、家に代々伝わる弦楽器ヴァイオリンで自身のユニークスキルを乗せた曲を奏でる。

 生命の溢れる夏、物哀しい秋と来て、全ての終わり、冬のメロディーが流れる頃には王都中の住人がぞろぞろと屋外に集まっていた。


 演奏する曲によって聴いた者を煽動するユニークスキルは、クーデターに打ってつけといえる。


「《心を鎮める土の恩寵よ。偽りの栄光は終わりを告げる。大地を讃え、跪け!》」


 薔薇の香りがゆるりと流れた。

 サクヤの贈り物によって全盛期の美しさを取り戻した、いや、ずっと美しくなったミーナが土魔法で王を始めとする首脳陣を拘束する。


 処刑にも使われる広場では、今まさに一つの王朝が終わりを迎えようとしていた。


「『淫欲魔王』に……その美女は『健啖魔王』なのか? 我は王ぞ? 一体何を企んでおる!? 姫はどこだ!!」

「不敬罪だ!! 我々を誰だと心得るのか。王国の知、参謀をなんと心得る!」


 見苦しくわめく大の大人達を、民衆は何事かと困惑した目で見ていた。

 コキシネル侯爵はそんな民衆を手で制しながら、ミーナの側へ行き、その手を取る。


「……これがこの国のトップとはな。ほとほと呆れ果てる」

「まあ、仕上げを御覧ごろうじろ、といった所ですかね」


 演奏を終えて一息ついたガラードは取り出したじゃがいもの芽を齧り出す。


「……キミの所には贈り物は届いてないのかね?」

「いえ、有難いことに味噌やしょうゆといった、大量の調味料を頂きましたよ。でも目玉コレは心の拠り所であり、戒めなので」

「…………そうか」


 不意に空がかき曇る。

 始まったか、とガラードは天を仰いだ。

 晴れ渡っていた空は、国中、いや大陸中から集まっているのではないか、というとんでもない量のカササギで埋め尽くされている。


「なんだあれは!?」

「花の国の神様の遣いらしいですよ?」


 王の問いにガラードは答えてやる。

 黒と白の入り混じる空が、ぐるりぐるりと牛乳を混ぜた珈琲のように渦を巻いた。

 一際大きな『カチっ!!』という鳴き声を合図に、どこか温かい、涙のような雨が降る。


 身動きの取れない王を始め、寒空の下だというのに誰も逃げ出さないのは、その雨があまりにも清らかで心に染みこんでいくようだから。


 カササギを介した御神木の加護は、王国全土に浄化の雨となって降り注ぐ。

 優しい雨とともに、怒り、傲慢、困惑といった負の感情は流れ去り、後には清々しい空気だけが残っていた。


 真冬に雨に打たれたから、ではなく、動揺からガタガタと震え出した王は、正気を取り戻したのか頭を抱えていた。


「わ、我はなんということを……おお、我が姫よ。愚かな父を赦しておくれ」


 権力者が無能なのは罪だが、王はブラック・メイカーの隠れ蓑、好き放題された被害者でもある。

 王だった男の悲痛な声はしかし、続々と上がっていく大きな声のうねりにかき消された。


「兄さん!」

「……思い出してくれたのね」

「わしの孫娘はどこじゃ!?」

「もう諦めていたのに、またこうして抱き締めることが、できた」

「あなたっ!」

「わたしという恋人がありながら!」

 

 家族を取り戻して抱き合う者、消えた大切な人を探す者、悲喜交々だがこの場には喜びの声が多い。

 ほっとする反面、貴賎を問わず次々と増える声の多さにガラードは背筋が寒くなる。

 ブラック・メイカーの罪は白日の下に晒されたが──その被害の範囲はあまりにも広く、大きかった。


*******


「なんでユニークスキルが解けてやがるのさ!?」


 ブラック・メイカーは、司令部あたまだけとなった魔王城で顔面を蒼白にする。

 恥も外聞もなく、ジグから命からがら逃げ出して、王国に救援を求めようと通信を繋いだら、モニターには信じられない光景が映し出されていた。


 記憶を取り戻して喜び合う家族や友人達に、すでにいない(・・・・・・)大切な人を探す者達。

 明暗は分かれたものの、幸せそうな顔が多いことにブラック・メイカーは苛立ちを覚える。


 傀儡に仕立てていた王は、なにかブツブツと呟きながら懺悔するように泥だらけの地面に膝をついている。

 これではもう、使いものにならないだろう。……役立たずが。


『ガラード……』

『リベルラ、こっちにおいで』

『わたし達と同じ境遇の人がこんなにいたなんて、信じられないわ』

『赦されることではないな。必ずオレ達の手で、裁いてやる!』

 

 ブラック・メイカーが絆を引き裂いたはずの青年が婚約者と固く抱き合っている。

 目の前で裏切り行為を見せ付けられていたのに、婚約者はまだ青年を、グラス・ホッパーを愛せるというのか。

 ……真実の愛だとても言わんばかりで、虫唾が走る。じわじわ絶望させるのではなく、壊しておけばよかったと後悔した。


『この清らかな雨が溶けた土で、防護壁を作り、王都を囲いましょう。そうすれば民衆はブラック・メイカーに、大切なものが再び奪われる恐怖に怯えなくて済みます』

『堅牢な檻も作らないとな。……体に負担はないか?』

『ええ。お気遣いありがとうございます。これくらいなら少し痩せる程度ですみますよ。いざとなったら、いただいたじゃがいもに齧り付きますから』

『キミは妖怪メダマカブリのようにはならないでくれよ……』


 毅然として采配を振るう、赤薔薇の似合う美しい女はレディ・バードか。

 ……あんなに醜悪な豚のようだったのに、以前より美しくなっているとは、どういう魔法を使った!?


「なんでこいつらまで裏切っている? グリモ・ワールに倒されて逃走したと聞いていたのに……」


 疑問は残るが、魔王二人が何か余計な真似をしたのは確かなようで、ブラック・メイカーの退路は完全に断たれていた。

 過去の罪は曝かれて、成り代わりがバレるのも時間の問題だろう。……最早王国には戻れない。

 

「一か八か、花の国に向かうしかない」


 ギリッと整えた爪を噛む。

 屈辱的だが仕方ない。今は雌伏の時だと己に言い聞かせ、ブラック・メイカーはモニター越しに花の国全土を、張られた結界を眺め回す。


「結界の綻び、みぃつけた」


 ブラック・メイカーは歪んだ笑みを口元に貼り付けて、花の国へと侵入する。

 ……ジグが送りこんだ蝶々が消えていることに、ブラック・メイカーは気付かない。

 結界の権限がジグにあることすら、知るすべはなかった。


*******


 ジグはまず体節に詰めこまれていた兵士達を全員保護する。

 もれなく衰弱はしていたが、幸い、命に別状はなかった。

 ……それにしても手足や体を無くしても動き回る百足の頭ほど、悍ましく無様なものはない。


「引導を渡してあげましょうね」


 アースラパド内部に送った蝶々は情報の塊だ。

 今は司令部の核に融合して解析・改変(ハッキング)を行っている。

 万が一にもサクヤの母が眠る鎮呪の森や住宅街に迷い込まれては困るので、こちらで場所を指定するために必要なことだ。


 郊外にあり、滅多に人の通らない場所──以前ジグがアルス達二世にいちゃもんをつけられた、あの道の半ば。

 大事な我が家と都の中間地点、どちらからもほどよく離れた丁度良い位置にあり、周囲にはなにもない。

 さらに大地にはジグの魔力が行き渡って馴染んでいる、もってこいの場所。


 標的が目的地に到達した所で蝶々を介して核を破壊すれば、ただの金属の塊と化した頭部は重い音を立てて地面に崩れ落ちた。

 ……全ては計画通りに進んでいる。


 ジグが殊更ゆっくり近付いて行くと、扉が軋み、小柄な人物がまろび出る。


「た、助けてください! 耽溺魔王に無理矢理連れて来られて……どうかわたくしを父の、王の元へ帰してください」


 現れたのは、上から白、薄紫、濃い紫へと移り変わる色彩の変化が秀麗なドレス姿に似つかわしい、可憐な容貌の持ち主だ。

 ドレスの生地はおそらく最高級のシルクで、細かい蘭の刺繍や精緻なレースがこれでもかとあしらわれている。

 緩やかに波打つ、ほんのり赤みがかった薄紫色の髪は溢れんばかりの蘭の花で飾られて、同じく蘭を象ったティアラがキラリと輝いた。

 生花とはまた違う形の美しさ、技術の粋を集めた造花シルクフラワーのような、作り物めいた美貌の王家の花は、上目遣いで哀れっぽくジグに懇願する。


「……蘭花の君」


 ジグに声をかけられた蘭花が首を振ると、紫色の瞳にたまった涙がほろりと零れた。


「いいえ。わたくしは蘭花螳螂ランハナカマキリのオルキデア。どうかオルキデアとお呼びください。──『次元魔王グリモ・ワール』様」


 そう言って嗤う蘭花オルキデアの顔は、この世の悪を煮詰めたような、醜悪で見るに堪えないものだった……。


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