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29.男達の密談

「改めて挨拶を。モルフォ蝶のジグです」

「コキシネル侯爵家当主、ナナホシテントウのシュテルンだ」

「ご存知、キリギリスのガラード。ソートネル伯爵子息」


 さり気なく枝垂れ桜のカーテンの影に身を寄せて、三人は歓談を装って秘やかに話しをする。

 あまり女性陣に聞かせたくない話題もあるので、伝わらないようウィクトルもサクヤの側だ。


「ジグよ。礼を言おう。彼女を救ってくれたこと、感謝している。儂はなにも出来なかったからな」


 自嘲するシュテルンにジグは首を横に振った。


「いいえ。ガラードさんから聞きましたよ。侯爵は切り捨てることも出来たのに、離縁もせず、侯爵家の財産で食料を奪われた方々に支援していたと。夫人が不在の間も、お子さんを健やかに育てられて……貴方はとても立派な方です」


 ジグの懸念はミーナが子どもごと高位貴族の夫に見放されることだったが、杞憂ですんだ。

 生い立ちから、ジグは貴族にはろくでもない印象しかなかったが、侯爵のお陰で少し払拭されている。


「……世間は儂がミーナに幸運を運んだというがね、儂の方こそミーナに幸せにして貰ったのだ。この歳になってようやく出会った愛する人、決して手放しはせんさ」


 侯爵は口元を緩めた。

 どことなくブロスに似た雰囲気の侯爵に、ジグの好感度は高い。


「ミーナの封じられた記憶の中には、儂も含まれていた。亡き夫とは違う愛でも、儂も大切な対象になっている……それで充分だ」

「侯爵には、まだ出来ることがあります。とても大切な仕事、夫人のメンタルケアです」


 メンタルケア、と侯爵は思わず復唱した。


「洗脳が解けた後は高確率で自分のやらかしてしまった黒歴史に、精神を苛まれますから。……死んだ目でじゃがいもの目を齧るガラードさんの姿を見ましたよね。下手を打つとああなります」

「……ミーナが、“妖怪メダマカブリ”のようになるだと!?」

「え、オレ影でそんな風に呼ばれてるの? というかジグ、下手打ったと思ってたの?」

「社交界ではすでに定着したあだ名だが?」


 新事実に目を丸くするガラードだったが、まあいいかと思い直したようで、すぐに平静を取り戻した。


「『淫欲魔王』よりはマシじゃないですか」

「そうだな、『次元魔王』よりわかりやすいネーミングだよな」

「ぼくはもうチョウ魔王ジグです。サクヤさんに名付けてもらったんです!」


 嬉しそうに胸を張るジグ。

 ガラードははたと気付いたとばかりに、声の届かない距離でリベルラ達と料理中のサクヤに目を向ける。


「それは良かったな。……で、さっき会った時に思ったんだが、ジグの奥さん、若いよな? ちゃんと成人してるか?」

「…………最近、十五になりました」

「それって、会った頃は未成年だったってことだろ? ジグはいくつだっけ?」

「……およそ二十三です」

「ならジグが成人の時点では相手は七歳。犯罪的な年の差だな……」


 気まずさから目線を逸らすジグと、口元を引きつらせるガラード。

 年の差においては何も言えないシュテルンは傍観に撤している。


「いや、すまない。ジグは恩人だし、人の恋路に口出す趣味はないんだが、正直、未成年に手を出すのは人としてどうかなって……」

「まだ手は出してませんから。僕達は清い関係なので」


 小児性愛者へんたいと思われるのは心外だが、ガラードと価値観が近いこと、かつての貴族くずとは違うと改めてわかり、王国の統治を任せる上では安心材料となる。

 何しろこれから王国で革命を起こす予定なのだ。


「ぼくのことはいいので、それよりこれからについて語りましょう。ガラードさんは民衆や貴族を扇動して無能な王を引きずり下ろす役ですが、侯爵も協力してくれますよね?」


 ジグは話しの流れを強引に変えた。


「勿論だ。ミーナに元の領地を、畑を返してやりたいと思っていたからな」

「ぼくは最後の魔王を倒します。……現王は傀儡にしか過ぎません。全ての元凶こそ、耽溺魔王だと思われます」


 ジグは苦虫を噛み潰したような顔で告げる。


「戦闘狂だったぼくは、いずれ他の魔王とも戦いたいと、三人のことを調べていた時期があるのですが、たった一人、厳重に情報を秘匿されている者がいました。それが『耽溺魔王ブラック・メイカー』です」

「……それって、何もしてなくてもオレはいずれジグにボコられてたってこと?」


 ガラードに痛い所を突かれたジグは露骨に目を逸らした。……あの頃は正気ではなかったので勘弁してほしい。


「その時は諦めていましたが、ぼくの相棒は優秀でして。花の国からでもカササギ仲間のネットワークを駆使して対象に気付かれずに接触アクセス、解析し、能力などの情報を入手することに成功していたのです」


 どこにでもいるカササギだからこそ出来たことだ。

 次元魔王時代には思う所があって協力してくれなかったが、花の国に来てウィクトルはその有能スパイぶりを発揮してくれている。

 ……親しくなった相手には口が軽いという欠点も発覚したが、調べて貰ったこと、特に耽溺魔王についてはサクヤに漏らさないようしっかりお願いしておいた。


「耽溺魔王の能力こそ、名前と記憶の封印です。大切な人の記憶に蓋をして、ガラードさんのように身近にいても認識出来なくなってしまう……恐るべき能力です。愛する人が、その思い出が急に消えたら、心に穴が空いたようになりますよね? なくした『なにか』を求めて貪欲になり、目的を忘れても手段に囚われる。お子さんのことを忘れたのに、略奪してでも食べ物を集めた夫人はまさにその例に当てはまります」


 身に覚えがあり過ぎたのか、ガラードが痛ましい表情で首肯している。


「対象の欲望を肥大化して、耽溺させるから『耽溺』魔王。淫欲や健啖のように自分ではなく他者を欲望に溺れさせる……非常に悪質です。魔王の素質がある者は、心に欠陥を抱えているというのが通説ですが、たまたま頭角を現したのがぼくらだったというだけで、きっと他にも被害者は多くいると思われます」

「その根拠は?」

「魔王に至る条件の一つは、“類いまれなユニークスキル”です。かつてユニークスキルは王侯貴族だけの特権でしたが、度重なる戦争で血が流出し、ぼくのような孤児にも発現するようになりました。ガラードさん達のように目立つ存在ではない、平の兵士で実験していたとしても、恐らく気付く者はいないでしょう。それどころか、戦乱に紛れて命ごと存在を消された人も中には居るかもしれません」


 事実ウィクトルの仲間が、幾人かの一般兵士と接触する耽溺魔王を目撃した、とジグは報告を受けている。


「心を弄ぶ、鬼畜の所業ですが……耽溺魔王は恐らくとても性格が悪いです。数多くいる貴族の中で、長年の恋を叶え、幸せの絶頂だったガラードさん、悲劇的な境遇から救われ、社交界で話題となった夫人を狙ったのは、わざととしか思えません。……無能な王の背後に隠れた真の黒幕、大切な記憶と名前を封印して魔王を量産、作られた欲望を利用して奴隷しゃちくのように扱き使う。例え封印が解けたとしても黒歴史に苦しめられる……まさに『黒の作り手(ブラック・メイカー)』ではありませんか」

「そんな奴をのさばらせる訳にはいかんな」

「これ以上犠牲者を増やすことも許されない」


 男達は神妙に肯きあった。


「……ぼくは二度と大切なものを奪わせません。醜悪極まりない能力は、完膚無きまでに粉砕してやります」

「そんなこと出来るのか?」


 ガラードの疑問は当然である。


「花の国でならそれは可能です。浄化の力に満ちた、清らかなあの国では耽溺魔王の能力は十全に真価を発揮出来ませんからね。そして、誘き寄せることは容易い……『花の国には年の初めに重大な儀式がある。それを受ければ、次元魔王は完全に花の国に帰化する。次元魔王もそれを待ち望んでいるようだ』とさり気なく噂を流してください。あの天然性格破綻者はぼくの幸せを邪魔するために、絶対にやってくるでしょう」


 年始には聖月、聖誕の儀があるのであながち嘘ではない。

 耽溺魔王は慎重なので、完全に嘘だと警戒するだろうから。


「それで釣られるなら、耽溺魔王、マジで性格終わってるな」

「賭けてもいいです。今は潜伏していますが、耽溺魔王は年内中に花の国に現れます。……ただ、ガラードさんや夫人、侯爵や他の協力者に接触してくる可能性も大いにあります。自衛を疎かにはできません」


 ジグの言葉に、ガラードはギリギリと唇を噛み締めると、御守りのようにじゃがいもの芽を取りだした。


「もう二度とリベルラを忘れるものか! ……愚かなグラス・ホッパーだった時、不特定多数の女性を侍らせていた頃の、リベルラの傷付いた顔が記憶に焼き付いているんだ……。どうしてオレは彼女が悲しんでいるのに気付かなかった……? 彼女を目の前で裏切って、苦しめて、自分で自分が赦せない」


 己の所業を思い出す度に、ガラードは目玉を貪る。

 実はジグも試しにじゃがいもの芽を齧ったことがあるが、とても食べられたものではなかった。

 黒歴史に苦しむガラードを見ていると、胸が痛む。……ジグも過去の所業を悔いているから。

 どんよりと顔を曇らせるジグとガラードで、空気が重くなった。


「……なるほど。自衛もだが、メンタルケアは必須だというのがよくわかった。黒歴史は心を殺すのだな」


 侯爵が得心がいったとばかりに肯いていると、花吹雪の中、ウィクトルが飛んでくる。


「ウィクトル、どうかしましたか?」

「カチっ!」

「なんと言っているんだ?」

「料理が完成したので戻ってこい、だそうです」


 言われるがままにサクヤの方を見れば、長テーブルに料理を配膳して微笑んでいる。

 尊い姿に、重い空気はあっという間に霧散霧消した。

 リベルラも、ミーナとミールも皿を手に笑っていて、この光景を守りたいとジグ達は一丸となって決意する。

 

「それにしても……枝垂れ桜か」

「枝垂れ桜がどうしましたか?」


 侯爵の意味ありげな呟きにジグが食いついた。


「因縁のようなものを感じてな。……今の若い世代は知らんかもしれんが、古参の貴族にはこう言い伝えられている。大蟷螂オオカマキリの皇帝を袖にした最後の女王は、それは美しい枝垂れ桜(・・・・)の花人だったと」


 ジグは驚かない。──なんとなく、そんな気はしていた。



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