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24.鎮呪の森

 乙芽の祝祭から数日後。


 遠目には見ても初めて訪れる“鎮呪の森”は、この世の場所でないような、楽園のように美しい場所だった。


 紫、青、黄色、橙、白、桃色、赤。

 まさに千紫万紅、色彩や季節を問わず数多の花が溢れるほど咲き乱れ、圧巻である。

 それでも華やかなだけでなく、どこか厳かで静謐な空気が漂っているように思うのは、ここが墓場でもあると知ってしまったからだろうか。



「ジグも様々な儀式を経て落ち着いて来たしのう。墓参りには良い頃合いじゃ」

「そろそろお母様にジグを紹介しないとね」

 とブロスとサクヤに認められ、身内だけの特別なお出掛けに誘われて、ジグはとても嬉しかった。


 しかし、ただならぬ森の空気はその浮ついた気持ちを否が応でも引き締める。

 ウィクトルでさえ緊張しているのか、森に入ってからはジグの肩で大人しくしていた。


「ここいら一帯は花の国でも初期の頃に近い木ばかり、種類も雑多で入り組んでおるから、はぐれるでないぞ」


 先行するブロスが声を掛けると、森に入った時に迷子にならないためと、手を繋いでくれたサクヤも補足する。


「花人や種を植えこんだ伴侶意外は方向感覚がなくなったり、森に棲み着いた魔獣に襲われたりするの。私達から離れちゃダメよ?」

「はい。サクヤさんから一生離れません!」

「だから大袈裟だってば」

「いや、ジグは本気じゃろう……」

「ガチ!」


 見渡す限りの花木は、花人と伴侶の行き着く先だ。

 全く同じ花を咲かせるものもあれば、色違いで互いの花を引き立てるもの、幹と幹とが絡み合って一対というより一本の木になったものと、多様性に富んでいる。


 ジグは思わずサクヤと繋いだ手を意識する。

 こうして手を繋いだまま埋葬されたら二人の木はどうなるだろうかという、花の蜜のように甘い空想にふけっていると、ブロスに渋い目を向けられた。


「もう少し先に進めば区画整理されてくる。泉もあって休める場所も確保できるでな。何分、鎮呪の森は広い。墓参りも一日がかりじゃ。しっかり休みながら行くぞ。時間もちょうど良いし、弁当を食べて昼休憩じゃ」


 ……言外にちゃんと手は離せよ、と言われているようだ。離れがたいが仕方がない。

 しばらくするとブロスが言った通り、泉の傍の開けた場所に辿り着いたので、地面に敷布を広げてお昼にする。


 今回の弁当は早起きして皆で作ったものだ。

 ブロスの指示を受けて卵を焼いたのはジグだし、ウィクトルには切れ端を味見をしてもらった。

 サクヤは約束通り煮っ転がしを作ってくれて、ブロスは鶏肉をカラ揚げにしていた。

 最後は皆でおにぎりを作ったのだが、とても楽しかった。


「「「いただきます」」」

「カチ」


 手を洗った後、示し合わせたようにおにぎりの入ったお重から開ける。

 ブロスはいつもの塩で、拳大の大きなおにぎり。  

 サクヤは小ぶりで海苔などを綺麗に巻いたもので、中味がわかるようにてっぺんに具材をちょこんと乗せていて、可愛らしい。

 ジグのおにぎりは少々いびつだが、二人の中間ぐらいの大きさだ。

 

「ジグのおにぎり、美味しく出来てるわよ」

「カチ!」


 サクヤはウィクトルとおにぎりを分け合って食べている。尊い。

 面倒見の良いブロスは、ジグの皿にさっさとおかずを取り分けてくれた。優しい。

 ジグはサクヤの梅干しおにぎりを頬張る。酸っぱい。


「もう、ちゃんと中味がわかるようにしたのに」


 酸っぱさに口をすぼめるジグに、サクヤが呆れながらもお茶をついでくれた。


「いえ、でもこの酸っぱさが逆に癖になるというか、ご飯に巻いた葉っぱも爽やかな風味で美味しいですし……お茶とも合います!」

「それは大葉よ。海苔とはまた違った味わいがあるのよね」


 慣れたのか、酸っぱいだけじゃなくて旨味を感じる。香ばしいお茶といただくと、梅干しとご飯と大葉が調和して一層美味しい。


「ちなみに別名は始祖しそよ」

「普通の名前だと思って油断してました。もしかしてこの煮っ転がしのお芋も……?」

「それは聖芋さといもね」

「……聖の字の、汎用性の高さに驚きです」

「何言ってるの?」


 和やかな食事は続き、ジグは煮っ転がしのさといもに舌鼓を打ちつつ、ウィクトルとカラ揚げを分かち合う。

 

「形は少し不格好じゃが、卵焼きもよく出来ておる。我が家の味じゃな」

「師匠、ありがとうございます。次はもっと上手く焼いて見せます!」

「卵焼き職人の師弟みたいよ?」

「カチ」



 楽しい時間が過ぎ去ると、再び森歩きが始まる。

 途中、何体かの魔獣も見かけたが、サクヤのおかげか荒事になることはなかった。

 今も少し離れた所で、複数の魔獣が一本の木から直接梨の実を齧っている。


「そういえば、実が成ってる木がたまにありますね?」

「一部の花人の果木は季節毎に交代で実を付けるの。ただし種のない、次代に繋がることのない果実よ。それらは『鎮呪の果実』と呼ばれ、墓守をしてくれる幻獣や魔獣の糧となる。ただの花人が育てた果実よりも浄化の力が強くて、魔獣を穏やかにする効果も大きいわ」

「伴侶を得る前に亡くなった花人の果木が実を成すのじゃ。花人は死して尚、森を、国を守るために貢献する……健気じゃろう」


 しんみりとブロスは呟く。

 言われてみれば、実を付けた木は近くに同種の木もなく、一本きりのものばかりだ。


「花人という種族は、何故そうまでして国に尽くすのですか?」


 大荒野を浄化するための種族と称するだけあって、伴侶を愛することも、花を咲かすことも、否、花の咲かない葉兵ですら、全てに意味が、役割がある。

 なんとも合理的過ぎて、そら恐ろしくすらあった。

 一人一人はサクヤのようにちゃんと意思を、感情を持っているというのに。


「……成り立ちが違うのよ」


 サクヤは寂しそうに笑って答える。


「この世界は、かつてはお父様のような人間種だけの世界だった。けれど古代の戦争の影響で海も大地も荒れて、人が住める場所が少なくなったの。古代人は、ただの人間では耐えられない環境に適応するため、虫や獣の遺伝子を組み込み、新たな種族に成ったとされる。要するにベースは人間だから、異種族同士でも子どもが作れる」


 それは外の世界では子どもでも知っている言い伝えだ。

 古代人の知識と技術は失伝してしまったので、半ば伝説と化しているが。


「……花人は、失われた魔法技術(オーバーテクノロジー)の結晶たる御神木が、国の復興のために産み出した種族なの。生物としての根幹が違うから、花びらの儀を受けて、初めて伴侶とのみ子を成せるようになる。……花人は浄化のためだけに作られた命。だから大荒野から離れた瞬間に『枯れる』のよ」


 サクヤの繋いだ手から力が抜けていく気がして、慌てたジグは指を絡めて離さないとアピールした。


「のうジグ、お主も知る通り、花の国の野菜は変わっておるじゃろう? 百年前は外つ国とそう変わらぬ野菜が採れておったらしいぞ?」

「え、じゃがいもに目がついてなかったんですか?」


 唐突に変わった話題に、サクヤを気にかけながらもジグは思わず反応してしまう。


「野菜や一部の薬草があのように変貌を遂げたのは、かつておった野菜の花人が討ち死にしてからじゃ。野菜の花人は貴種きぞく。最期まで民草を守ろうとした、その執念が宿っておるのじゃろう」


 言葉遊びに隠された、残酷な真実。

 加工する前の野菜の異様な姿を思い出し、ジグは息を飲む。


「……花の国が、外つ国では楽園のように思われているのは知っているわ。でも、実情は違う。呪いに満ちた土地にあって、なんの影響も受けない訳がない。竜巻や台風なんかの天災もあれば、大荒野の魔獣のスタンピードだって起こる。ここが本当の楽園なら神饌の儀(炊き出し)は要らないし、鰥衆なんて存在しない。ジグの想像したのとは断じて違うけど、花の国にも闇はあるの」


 ブロスとサクヤは畳み掛けるように語る。


「力を合わせて降りかかる苦難と困難を乗り越えるために、生き残ったことを祝うために、花の国には儀式が多いのじゃ」

「この森は美しい墓場よ。ここを見ても……現実を知っても、ジグは後悔しない?」


 二人が話すのは、本来なら花びらの儀の前に確認することだったのだとジグは察した。

 最速で花びらの儀を行い、なのに蝕呪の儀は遅らせている、変則的な伴侶であるジグ故に、どう切り出すのか迷っていたに違いない。

 盲目的なまでにサクヤを愛するジグなら喜んで受け入れる内容だと分かっていても、律儀な二人なら言わずにはいられないだろうと納得する。


「サクヤさん、師匠。今から二人を抱き締めても良いですか?」

「「はい?」」


 顔は似ていなくても驚く二人の表情はそっくりだった。

 繋いだ手を離すのは惜しいが、ジグにとってどうしようもなく愛おしい人達を、有無を言わさず抱き寄せた。

 そのまま羽を広げて二人をすっぽり閉じこめれば、ウィクトルも真似をして皆で一塊の青い団子のようになる。


 ジグが役立たずだと思っていたモルフォ蝶の羽は大きくて、体格の良いブロスだって余裕で入るのだ。


「ぼくの羽はきっと、大切な人を包み込むため、抱擁するためにあったのです」

「いや、何故わしまで……」

「師匠も大切な家族ですから」

「……」


 ジグが魔王になったのは謂わば洗脳の賜物だ。でも、今なら戦闘狂だった過去にも意味を見出せる。

 こうして守りたいものに、出逢えたのだから。


「サクヤさんが花人であることに誇りを持っていらっしゃると、理解しているつもりでした。正直、説明をされても種族の誇りとか、花の国での役割とかは、ぼくにはよくわかりません。ですが」


 この体勢はサクヤの頭が近い。ジグはサクヤの花の一つにそっとキスを落とす。


「サクヤさんのためなら、この家族のためならぼくはなんだってしますよ。──愛しています」

「カチ!」


 自分も! と言わんばかりのウィクトルの羽をジグは慈しみ、撫でた。

 ジグの殺し文句に顔を赤く染め、ぷるぷる震えていたサクヤの足から力が抜ける。

 ジグはすかさず膝をつきそうなサクヤを支えると、抱き上げた。

 それはいわゆるお姫様抱っこというもので。


「ちょっと、恥ずかしいから離して!」

「一生離れませんと言いましたが?」


 ジグに至近距離で微笑まれ、サクヤは二の句を継げなくなる。


「ジグ……やはりお主は天然でたらしじゃのう。今日はサクヤの負けじゃな」

 

 光の羽から解放されたブロスに宣告されて、サクヤは両手で顔を隠すように覆った。


「あぁもう! ……私も同じ気持ちよ、馬鹿……」

「嬉しいです、サクヤさん」


 ジグは嘘偽りのない本心を告げているだけなので、サクヤが何故こんな風に腰砕けになっているかはわからない。

 ブロスが何を思ってジグを墓参りに誘ったかも。


 サクヤとブロスには黙っていることが、なにか秘密があるとは気付いていた。

 ジグだって言えないことを抱えている身で、追求しようとは思っていないが、二人は少しずつ話してくれようとしている。

 どんなことでも全てを受け入れようと、ジグはとっくに覚悟を決めていた。


「ぼくは、こうして少しずつ出来上がる家族の形が愛おしくてたまりません。早くサクヤさんのお母様にもご挨拶したいです」

「ああ。サツキもきっと待っておる……。少し寄り道はするが、良いかのう?」

「ええ、もちろん」



 ブロスの誘導で森の深部に進むジグを待ち受けていたのは、立ち並ぶ木々よりも一際大きな血蜜柑(ブラッドオレンジ)──ミサキの木だった。


ちなみに人魚の成り立ちも花人と似たようなもの。

海底には御神木サイズの巨大珊瑚と、人間を魚人に作り替える巨大二枚貝が存在している。

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