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22.海を望むデート

「ブックマーク:カテゴリ8:中範囲精霊魔法:地面に咲く蝶の群れ(コモンブルーボトル)


 ぽつぽつと灯った青緑の光が、地面に穿たれた陥没あなと亀裂を優しく修復していく。

 ジグは自分のやった事の後始末はきちんとする男である。

 次いで打ちひしがれたアルスを前にすると、魔念筆(二代目)を取り出した。


「青緑のラインの蝶も、そのペンも綺麗ね」


 サクヤに褒められて、ジグは上機嫌だ。

 きゅぽんと蓋を外すと空中に書いた光の短文をアルスに添える。


「ブックマーク:カテゴリ3:小距離転移魔法:空間移動テレポート


 光の文字とともにアルスを見送るジグ。

 これでようやく二人きりになれた、と嬉しそうだ。


「あら消えた。どこに送ったの?」

「自分で移動出来なさそうだったので、ご実家にお返ししておきました。最近、師匠に熨斗のしというものを教えて貰ったので、ちゃんと書いておいたんですよ」

「熨斗付けて返すを実行する人、初めて見たわ……」


 よく意味がわからず、ジグは首を傾げる。

 なにか作法を間違えたのだろうか?


「慶事の進物や贈答品に添える熨斗をわざわざ付けて返すっていうのは、厄介払いを喜んでするっていう意味になるのよ」

「じゃあ間違ってないので問題ないですね!」

「ジグのそういう嫌みがなくて素直な所は長所だと思うの」


 苦笑するサクヤにジグは手を差し出した。

 サクヤも慣れたもので、すかさず手を重ねる。


「待ち合わせデートではなくなっちゃいましたが、せめて道中のエスコートはさせてください。お荷物をお持ちします」

「邪魔が入ったもの、仕方ないわ。……ジグ。あいつが言ったこと、気にしなくていいからね」


 桜柄の風呂敷包みを受け取りながら、ジグはほろ苦く笑った。


「蝕呪の儀の件ですよね。あれはぼくが迂闊でした。術士の方々は気の良い人ばかり、きっと何気なく漏らしてしまったのでしょう」

「それもだけど、胡散臭い敬語とか色々言われていたじゃない。本当にあいつは何も分かってないわ! ジグは口先だけじゃなくて相手を敬っているし、侵略者の時から敬語だった。少し考えれば、この口調がジグの素だってわかるのにね」


 ジグの怒ったポイントを他でもないサクヤがわかってくれる。それだけでジグは幸せだと思う。


「……もう、顔もよく覚えてないのですが、死んだ母はこんな風に敬語で話す人でした。穏やかな優しい人で、忘れたくなくて真似するようになって、すっかり定着しちゃったんです」


 “じ…………ぐ……よ。あなた……私が守りますからね……私が死んでも、……が無くなっても、あなたさえ生きていれば………………続い…………どうか……あなた…………生き……てください”


 忘れたくなかったのにずっと封印されていた記憶、母の最期を思い出して折角のデートだというのに切なくなってしまった。

 ジグの心を察したように、サクヤの手に力がこもる。


「例え私達が忘れてしまっても、愛された記憶ってずっと残るのよ。ふとした言葉。手の温もり。胸の奥のずっと底にだってね。ジグの優しい敬語、私は好きだわ」


 ジグの事情は何も伝えてないのに、知らないはずなのに、サクヤは見透かしたようにジグの欲しい言葉をくれるのだ。


「あいつらが突っかかって来ることも二度とないでしょう。もしかしたらその内、何人かは海に行くかもしれないし」

「え、世をはかなんで入水自殺ですか? サクヤさんにフラれて辛いのはわかりますが、なにもそこまでしなくても……」

「発想が物騒。そうじゃなくて結構多いのよ、海に移住する二世」


 サクヤによると花の国の大河は海に流れているが、大荒野に面した海も呪いの影響を受けており、その水を浄化するための種族、『人魚』が棲息しているという。

 人魚もまた見目麗しい女だけの種族で、花人が魅惑的な香りで伴侶となるたった一人を求めるように、人魚はその歌声で男を誘う。

 誘惑された男の体を作り替え『魚人』にして、ともに海を浄化するそうだ。王国では一切聞いたことのない情報である。


「失恋した時なんかに人魚の歌は覿面てきめんで響くみたいでね、運命の花人と出会えなかった二世が人魚の伴侶になるのは珍しくないの。だから人魚と花人は親戚同士、関係は良好よ」


 ジグは思いつめたような暗い顔をして、意を決したようにサクヤに尋ねた。


「持て余した人間を海に沈めて始末するのを魚人になったと暗喩してる、なんて事実ことはないのですか?」

「なんでそんなことを思いつけるの? 花の国の闇を勝手に捏造しないで。人魚は海から離れられないけど、伴侶の方はたまに大河を遡って里帰りもしてるわ。魚人が海との橋渡しとなって、交易も盛んなのよ」

「本当だとしたら、王国には絶対教えられませんね。というか、箝口令を敷くレベルの事柄では? よそ者のぼくに教えて良かったんですか?」


 サクヤはあっけらかんと答える。


「ジグはもう身内だもの。それに飛行技術が発達して花の国が見つかったみたいに、潜水技術が向上すれば、いずれ『水の国』も発見されるかもしれないわ。ただ、私達と違って彼女達の領域テリトリーは海全体で逃げ場は多いし、水中では人魚は最強の能力を発揮するから、花の国のような悲劇は起こらないと思うけど」

「確かにぼくも水中戦は想定したことがありません。……盲点でした」


 花の国に来て、ジグの視野は広がるばかりだ。もっと広い世界にいたはずなのに。

 毎日が新鮮で楽しくて、自然に笑みも浮かぶ。


「マルスさんの息子さんにも早く新天地での素敵な出会いがあると良いですね」

「海へ厄介払いしたい気持ちを全然隠さないわね。名前を覚える気すらないし」

「いいじゃないですか。海は良い所なのでしょう?」

「そうね。遠くから見ただけでも、海はとても綺麗な所よ」


 遠い目をするサクヤ。少し悲しげな横顔に大荒野から離れられない花人の悲哀を感じて、ジグはある提案をした。


「そうだ、サクヤさん。予定を、行く場所を変更しても良いですか?」

「別にいいけど……どこへ行くの?」

「ビートルに乗って、一緒に海を眺めませんか。空から見る海もまた一興ですよ」


 途端に輝いた笑顔を見て、ジグは幸せな気分になる。

 少々邪魔は入ったが、結果良ければ全て良しだ。


*******


 遠い海の吸いこまれそうに深い青。

 その手前、光が差し込んだ緑がかった青。

 人魚の浄化のおかげで白い砂浜が広がる浅瀬は、ジグのインナーカラーを思わせる──サクヤが好きになった輝く青。

 空から見下ろした海は、とても綺麗な段階変化グラデーションになるのだと、サクヤは産まれて初めて知った。


「海はどこまでも青いのね……」

「夕焼けの時間帯は燃えるような夕日に照らされて、赤く染まります。聖月の初日の出もさぞや美しいでしょう。……また二人で見に来ませんか?」


 色々な表情を浮かべる海をまたジグと見たい。素直にそう思えて、サクヤは肯いていた。


「ジグ。連れて来てくれてありがとう。あのね、少し早いけど、お弁当作って来てるのよ。海を見ながらお昼にしない?」

「ぼくのためにわざわざ! すごく嬉しいです」

「……そうよ。二人で一緒に食べたかったの」


 照れ隠しに桜柄の風呂敷を広げる。

 三段の重箱には、それぞれおにぎりやお漬物、さといもの煮っ転がしに、ジグも気に入っていたカラ揚げや出汁巻き玉子、肉団子、サラダ、たこの形に切った腸詰め、精進揚げ等々に、デザートには季節の果物フルーツ寒天と、早起きしてサクヤの得意な料理を中心に詰めてきた。


「いただきます。どれも美味しそうです。これは柘榴の花みたいで可愛らしい形ですね」


 ジグが慣れてきた箸で腸詰めを持ちあげる。


「たこさんの形よ。似てるけど……柘榴の花は知ってるのに、なんでたこを知らないの? 海の生き物よ」

「そうなんですか?」

「腸詰めは形を真似しただけだけど、おにぎりを包んでる海苔、中の昆布、ツナ、鮭なんかは全部海で採れたもの。ゼリーの寒天もテングサっていう海藻の加工品よ」

「海は意外と身近なのですね」

「そうね。その発想は素敵」


 ジグは何でも美味しそうに食べてくれるから、献立を考えるのも料理をするのも楽しくて仕方ない。

 感受性が豊かというか、突飛な発言が飛び出してくるので食事中の会話も面白くて、つい色々説明してしまう。


「この卵焼き、サクヤさんの味がします!」

「私の花木で育てた、佳人茸の出汁の味ね? 誤解を招く表現はやめてちょうだい」

「肉団子は柔らかいだけじゃなくて、サクサクした歯応えを感じて、甘酸っぱくてさっぱりしていくらでも食べられそうです」

「それは煉魂れんこん、蓮の根を使っているの」

「また言葉遊びの気配がするんですが、捻らないでそのまま蓮根でいい気がするんですよね……」

「なんの話?」


 海を見ながら和気藹々と食べ進める内に、ジグが煮っ転がしの芋と格闘を始めた。

 じゃがいもよりも滑りやすいので、箸初心者には難しかったのかもしれない。

 仕方ないわね、とサクヤは自分の箸で芋の一つを持ちあげる。


「ジグ。口を開けて?」

「え」

「はい、あーん」


 固まったジグの口に芋を入れてやれば、反射で食いついてもぐもぐと咀嚼する。


「美味しい?」

「サクヤさんの手ずから……とても、美味しいです」


 耳まで赤く染めてぷるぷる震えるジグ。

 反応が面白くて、サクヤはもう一つもう一つと芋を差し出していく。気分は雛鳥の給餌である。


「じゃがいもも好きですが、このお芋も味が染みてとろとろで好きです」

「じゃあ、また作るわね」

 

 ジグとの未来が当たり前に想像出来て、それがずっと続くのだと自然と思えた。


「師匠のシンプルな塩のおにぎりもお腹に溜まって良いんですが……今日のおにぎりは握り方から違いますね。ご飯が口の中でほろっと解けて、具材と調和してます!」

「お父様のおにぎりは圧縮されてるから……」

「ウィクトルにも食べさせてあげたいです」


 ブロスだけじゃなくて、ジグやウィクトルにもずっと側にいてほしい。

 それが今のサクヤの本心である。


「じゃあ今度、乙芽の祝祭が終わった後にでも、家族皆でお弁当を持ってお出掛けしましょうか」

「はい! 約束ですよ、サクヤさん」


 ……家族で出掛けるなら、鎮呪の森で眠る母にもジグを紹介しよう。

 母のことを──ジグにまだ話せていない事情についても、少しずつ話しをしていこうとサクヤは心に決めた。


「サクヤさん? なにか、辛そうな顔をしてませんか」

「おにぎりの梅干しが思った以上に酸っぱかっただけよ……。ジグも食べてみる?」


 サクヤが一口齧ったおにぎりをどきまぎしながら口にして。ジグは盛大に口をすぼめた。


「めちゃくちゃ酸っぱいです……」

「ふふふ。最近のお父様より皺くちゃになってる。無理しなくていいから、残してもいいわよ?」

「サクヤさんから貰ったものを残す選択肢はありません!」

「……馬鹿ね」

 ……だけどそんなところが好きだ。






 海を望むデートを終えて帰り着いたら、はちみつとりんご亭の特製アップルパイが届いていた。

 アルスが迷惑をかけたお詫びらしい。

「のしを付けて返してよかったです!」とジグが喜んでいる。


 間違った知識を学習してしまったかも、とは思わなくもないが、純粋なジグにどうしても口出し出来なくて。まあいいかと、サクヤは訂正するのをやめる。


 皆で食べたアップルパイはとても美味しかった。

 

サクヤはジグのことをおもしれー男だと思ってる。

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