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21.熊獣人の完全敗北

「弱いものイジメはやめなさいよ?」


 伴侶ジグのために着飾ったサクヤは、幼なじみのアルスが知るどんな姿よりも美しく、大人びていた。


 サクヤのトレードマークと言える桜柄の着物は、今日は薄紅ピンク一色ではなく鮮やかな青空に桜の花を散らした柄で、差し色も青。

 寒色が入ることで満開の枝垂れ桜や髪と唇、頬の色合いが際立ち、より綺麗に見えた。


 髪型はさり気なくサイドを編み込んで、癪なことに蝶々の髪飾りで留めていたが、それがまた悔しいくらい似合っている。

 いつもは可愛いらしい着物で袴の丈も短めだったのに、今のサクヤは全体的に奥ゆかしいが洗練された装いで、唐突に跪いたジグを見下ろす表情には隠しきれない愛情が滲んでいた。


 ……跪くのはやり過ぎだとしても今のサクヤの美しさは近寄りがたいものがあり、かける言葉すら見つからない。


「サクヤさん、そのお着物も髪型もとても似合っています! なんてお美しい……やはり青い色はあなたの薄紅ピンクが映えますね」


 真っ先に駆け寄り、賛美したジグの髪型は枝垂れ桜と青い髪の目立つ編み込みで、こんな奴と神挿しの儀を交わしたのかと口惜しくなった。

 軟弱そうな見た目で──以前、ジグに静かな怒りを向けられただけで泡を吹いて倒れたことはすでに記憶の片隅に追いやっている──腰の低い男を庇うのかと、アルスは怒りを覚える。


「サクヤに庇われやがって恥ずかしくねぇのかよ!」


 というアルスの言いがかりは。


「ジグ。もう全員まとめてぶっ飛ばして、回復しておけばいいやとか雑に考えてたでしょう? 一人に対して集団でしか吠えることの出来ない弱者の群れだからって、完膚無きまでに叩きのめしたらイジメになるわよ」


 当のサクヤによってぶった切られた。


 ……弱者ってなんだよ、それ。人を負け犬みたいに言いやがって。


「さすがサクヤさん! ぼくの解像度が高いです」


 ジグはサクヤの手を取ると、喜んで立ち上がった。すでにアルスのことなど眼中にない。


「色々勘違いしているようだけど? し、蝕呪の儀に関しては、私の心の準備が出来てなくて、ジグは待ってくれてるのよ!」


 アルス達に向けて頬を染めて言い切ったサクヤは、恋する乙女の顔をしていた。


「大体、私達のことをあんた達に口出しされる筋合いはない。それに御神木の『祝福』を受けたのよ? 私達の関係は認められてるわ」


 髪飾りの木の面を撫でるサクヤは、アルスには決して向けられない優しい笑みを浮かべている。言い分ももっともで、反論の余地などない。


 アルスは昔からこの美しい幼なじみが好きだった。


 面と向かって好きとは言えなかったが、いずれ伴侶になりたくて勝負を挑み、負けっぱなしで地面に転がされてきた。

 親父マルスにはお前は伴侶ではないと断言されたが、この優男が良くてアルスのどこが駄目だったのか、未だにわからない。


 八つ当たりだとは分かっているが、アルスの怒りはジグに向けられる。


「テメェも、なにも言い返せなかったくせに、サクヤの尻馬に乗って適当ふかすんじゃねぇよ。第一、テメェが侵略者なのは事実だろうが!」


 ジグはしおらしく項垂れた。


「……侵略者というのに間違いはありません。サクヤさんに出逢って愛を知り、我が身を振り返らなければ、ぼくはとんでもない過ちに手を染める所でした」


 ジグの言葉のニュアンスに、集った面々は違和感を覚える。

 ブロスを師匠呼びしている件からしても、龍と鰥衆とでジグを倒し、水際で侵略を食い止めたと思っていたが、違うのだろうか?


「龍も師匠も鰥衆の方々もボコボコにしたのに、あっさり受け入れて貰えたからと、赦される訳ではないんです」


 あの暴れ龍を? 嘘だろ……と二世同士で目を合わせる。

 定期的に与える『鎮呪の果実』で抑えているだけで、龍は脅威の存在なのだ。


「いや、どうやって……そんなの、あり得ねぇだろ!」


 見苦しく否定すれば、ジグは少しの考える素振りの後、青い光とともにお馴染みのハンマーを空中から引き抜いた。

 少年達が見上げるほどの高さを誇り、日の光を鈍く反射する金属の塊は、到底張りぼてには見えなかった。


「どうやってと言われたら、こうやってです」


 なんてことのないようにジグが片手でハンマーを振り下ろすと、ズガンと重い音を立てて地面が抉れる。 

 ジグザグに走った亀裂は、アルスの足下にまで到達していた……。


「でもあなた達はコレで殴ったら死ぬでしょう? どうしたらいいか考えあぐねていて……」


 ジグの穏やかな顔から表情が消える。

 ……真顔怖い。というかこんな金属の塊で殴られたら、誰だって死ぬわ。

 この段階でアルスの後ろに控えていた二世達は尻尾を巻いて逃げ出していた。

 賢明な判断である。

 アルスもまた思い出していた。かつて晒された恐怖を。しかし、逃げ出そうにも膝が笑って動けない。


「だから言ったでしょ? 弱いものイジメになるって」 


 ……そんな情けないアルスをサクヤは冷ややかな目で見ていた。


「その点サクヤさんは強者きょうしゃの器ですよね! 出逢ったあの日の、短時間で枝垂れ桜の並木道を作り出し、その奥で獲物を誘引する鮮やかな手際。降り積もる花びらは美しいだけでなく、恐ろしい罠を隠すものでもあり、とても策士でした。挿し穂を使った攻撃も的確に急所を狙ってきて、枝のしなりとサクヤさんのしなやかさを活かしたとどめのかかと落としは、一生忘れられない素敵な思い出です」


 うっとりしたジグが惚気ると、サクヤもまた顔を赤らめる。


「あれはお父様や皆が倒れているのを見て頭に血が昇ったの。花人の力を見せつければ、下手な攻撃はしないで生け捕りにしてくるだろうと思ったし、花吹雪や花びらの絨毯は目眩ましにもなるでしょう? 弱いと思われている花人だからこその油断も誘える。──確実に倒そうと何度も頭を狙ったのに、すぐ立ち上がったジグこそ真の強者ツワモノよ」

「やはり計算ずくでしたか! 参りました、脱帽です……」

「なによ嫌みね。その後すぐ捕まって花びらの儀を受けたんだから、結局は私の負けじゃない」

「いいえ。かかと落としを受ける前、サクヤさんの師匠に向けた微笑みに、桃色の瞳に、ぼくはすでに恋に落ちてました。知ってますか? 恋愛事においては、先に好きになった方が負けなんですよ。だからぼくはあなたに完敗です」

「……馬鹿ね」


 したり顔で断言したジグにサクヤは口とは裏腹に満面の笑顔を向ける。……こんなに幸せそうなサクヤを、アルスは見たことがなかった。


 そもそもアルスは一年以上サクヤの笑顔を見ていなかったと思い出す。

 サクヤの花が咲いたと知り、勝負を挑んだ瞬間から。きっと他の二世も似たり寄ったりだろう。


 花びらの儀さえ受け入れられれば、伴侶を愛するのが花人の本能だからと、欲望のままにサクヤを狙っては無様に転がされて来たアルスと、容赦ないサクヤの攻撃を受けても立ち上がり、何も知らず花びらの儀を行ったのに、蝕呪の儀はサクヤのために待っているというジグ。


 ジグは強いだけでない。

 何のてらいも無くサクヤを美しいと褒め讃え、その強さをも称賛し、自分が負けたことすら誇らしげだ。

 アルスは気恥ずかしさから好きだとも美しいとも言えず、サクヤに転がされては気絶するか、そうでなくても負けたのが気まずくて、何も言えず逃げ出していたのに。

 ……アルスとジグは何もかも違った。


 自分達を弱者と断じるサクヤの冷ややかな目を思い返す。

 それは戦闘力のことではないと今ならわかる。敗北を認めず正式な伴侶に集団で突っかかるなんて、とんだ負け犬の群れ、恥ずべき行為でしかない……。


 せめて好きなら好きとはっきり気持ちを言っておくべきだった。

 サクヤの美しさに惹かれていると伝えていれば、潔く負けを認めていれば、まだ友人ではいられたかもしれないが──好きだと言えないまま、関係そのものが断絶してしまったことを、思い知らされた。

 アルスはあまりの敗北感から、その場にがくりと膝をつく。


 幸せそうなサクヤ達を前にして、体は無傷だが心は完全に折れていた……。



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