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1.『次元魔王グリモ・ワール』

 魔王というのは、別に魔物の王でも魔界の支配者でもなんでもない。

 魔法を極めた者が冠する称号の一つであり、唯一無二ではないし、なんなら王国だけでも四人はいる。


 『魔王』に至る条件は、類いまれなユニークスキルを発現した者が、卓越した魔法の技術を駆使して、移動要塞『魔王城』を一人で構築するという、単純シンプルなもの。

 膨大な魔力や配下は付属品おまけに過ぎない。


 ただ、魔王の素質がある人物には、なぜか心に欠陥がある者が多いとされる。

 もれなく人格が破綻しており、平たく言えば無法者。

 そのせいか、ある者は色に耽り、ある者は過食症を患う、というように問題行動をも抱えていた。

 倫理観が欠落して一部の欲望を肥大化させた、とびきり強いのに持て余された存在──それが魔王の実情だ。


 そしてこの度花の国に派遣された『次元魔王グリモ・ワール』は、ドがつくほどの戦闘狂であった。


 三度の飯より戦いが好きで、強い者を一対一で打ち倒すことを何よりも好む。

 独断専行が多いため、配下すらいない。

 わざわざ国に所属しているのは、強敵と戦いたいから、だろうか?


 花の国自体に興味はかけらも無く、無能な王と違って美しい花人(戦利品)はどうでもいいが、魔王が心置きなく戦うために、まずは国から戦力を誘き出す必要があった。


『ブックマーク:カテゴリ4:広範囲攻撃魔法:竜殺しの爆炎グリーンドラゴンテール


 到着して早々に魔王は上空から爆撃を仕掛ける。

 鮮やかな緑色の蝶の形をした炎は、国全体を包む結界を派手に吹き飛ばした。

 もっと凶悪で高威力の攻撃魔法もあるが、国土を傷付けずに結界を壊す程度の魔法を『魔導書』から選択した結果である。


 それに、最初の一撃は開戦の狼煙代わりだ。

 攻撃に釣られて現れるだろう強敵ライバルへの期待で、魔王の甲冑に包まれた胸が高鳴った。


「来ましたか」


 森が、都が震動する。


 国を縦断する大河から水飛沫を上げて、むくりと頭をもたげたのは伝説の聖獣『龍』だった。

 長い蛇のようにくねる体は生い茂る緑に覆われ、大樹の如き角と立派な髭には白い花が咲く。

 その威容は大いなる自然そのもの。

 眠りを邪魔され、怒りに燃える赤い瞳が魔王の姿を捉えた。


「初めて見るタイプのドラゴンです。素晴らしい、わざわざぼくが来た甲斐がありました!」


 龍の体が宙に浮き、その全容を露わにすると、都に大きな影が落ちる。

 巨体だけではなく、呼び寄せられた雨雲のせいだ。

 どんよりと黒い雲は、内部に雷をはらんでいる。


 ──グォルォグゥルォ!!


 龍の咆哮が国中に木霊した。


 牙に覆われた口から、雲から放たれた雷撃が収束し、魔王へと襲いかかる。

 しかし龍のいかずちは、魔王の背中で展開している大きな青い光の羽が羽ばたきするだけで、羽の光へと吸収され、跡形もなく消失していた。

 羽は一部がえぐれたようになっているが、魔王は頓着しない。


「あなたのような方とは、全力で戦いたいものです。守るべき国(ここ)ではあなたも力を出し切れないでしょうし、国を荒らすのはぼくの本意ではありません。……場所を変えませんか? 大荒野あちらで決着をつけましょう」


 知性を持つ龍は魔王の言葉に従い、黒い雲は死の大地へと流れていく。


「ふふ、楽しみです」


 兜の影の下、魔王の薄い唇に無邪気な笑みが浮かぶ。

 大荒野からは激しい爆音と閃光が轟き……やがて、静かになった。


*******


「……なんなのよ、あれは」


 突如発生した魔王と龍の攻防を、サクヤは逃げるのも忘れて呆然と見上げていた。

 ポカンと口と目を見開いていても、その美貌がかげることはない。

 湖の畔ではカササギの群れがギャアギャアと鳴き合い、葉兵ようへいが御神木を守ろうと立ち回り、周囲がにわかに騒がしくなった。


「サクヤちゃん!」

「女将さん?」


 白い髪と林檎の花を振り乱して走ってきた女将は、気絶したままの少年を担ぎ上げ、頭を下げる。


「いつもうちの馬鹿息子がごめんなさいね。それはともかく、非常事態よ。今、ブロスさんが鰥衆やもめしゅうを率いて討伐に向かっているの。わたし達も早く安全な場所に避難しないと」


「お父様が!?」


 サクヤの顔から血の気が引き、月光に照らされた桜のように白くなる。

 ──恐れていたことが、こんなに早く現実になるなんて!!


「サクヤちゃん!? ダメよ、あなただけは絶対に逃げないと!!」


 引き留める女将の声を振り払い、サクヤはぴぃっと指笛を鳴らすと、駆けつけた馴染みの一角獣ユニコーンにまたがって、全力で荒野を目指した。

 すさまじい風にたなびく髪に手をやり、自らの花を枝ごと手折っては再生を繰り返す。


「乗せてくれてありがとう。危なくなったら、あなたは逃げるのよ。私は最後まで戦うわ」


 相手は単騎で龍とやり合えるような規格外の存在だが、それよりもたった一人の父を失うことの方が、サクヤは怖かった……。


「お父様になにかあったら、大荒野の肥やしにしてやるんだから!」

 ……どんな手を使ってでも、地獄に叩き落としてやる!!


 サクヤの思いに応えるように、ユニコーンが激しくいなないた。


*******


「……遅かったですね」

 

 花の国を守る偉大な守護聖獣が地に落ちた。

 乾き、瘴気すら放つ大地は陥没クレーターと地割れでさらに無残なことになっている。

 ぴくりとも動かない龍の頭部は、なにか硬い物で複数回殴ったように、痛ましく腫れあがっていた。


 花の国の精鋭、鰥衆が押っ取り刀で龍の加勢に訪れた時には全てが終わっていた……。


 戦い終えた龍に一礼し、激闘の痕、損傷の目立つ光の羽を消して大地を踏みしめると、魔王は新たな挑戦者達に向き直る。

 羽が盾となったからか、傷一つない青味がかった黒(ブルーブラック)と白、二色ツートンカラーの甲冑や、鳥の頭骸骨を模した独特な兜はカササギが元となったようだ。


 大陸広しと言えど、鳥人ちょうじんは未だ確認されたことがない。

 本当の種族……身元を偽り、さらには花の国では神の遣いとされるカササギを愚弄したような姿に、圧倒的な戦闘力を誇る魔王への恐怖よりも怒りの方が勝り、男達は殺気立つ。


「初めまして。ぼくは次元魔王グリモ・ワール! 強い者と戦うために来ました」

「次元魔王てなんじゃ、次元て。今時そんな名乗りは寒いし、痛いわい!!」


 自身を鼓舞するように男の一人が軽口で応え、武器を構えた男達がじりじりと魔王を包囲する。


「すぐ分からせてあげますよ。──『魔導書グリモワール』」


 魔王を名乗る男の手が眩い光を放ち、青い光は光輝く緻密な魔法陣を幾つも描き出す。

 幾千もの魔法陣を凝縮し、構成されたそれ・・は、開いた本の形を成していた。

 

「これはぼくのユニークスキルです。ありとあらゆる魔法を、一つのカテゴリごとに四百ずつストックすることが出来ます。常時展開可能な魔法は四千。並の魔法使いとは『次元』が違うでしょう?」


『ブックマーク:カテゴリ4:中範囲攻撃魔法:彷徨う火炎レッドアドミラル


 火花が赤い蝶のように舞う。

 瞬間、炸裂した爆発は全てを飲み込んだ。


「常人には聞こえない『詠唱』により、このように本来なら長い呪文や魔力、触媒を必要とする規模の魔法が短時間で引き出せるんですよ」

「……化け物め」


 少なくない数の鰥衆は、わずか数人を残して倒れ伏し、死屍累々、惨憺たる有様だ。

 残った男達は重傷を負いながらも、果敢に魔王を攻める。


「認めます。あなた方は強いです」


 青い光が散る。

 魔王が宙から引き抜いたのは、巨大な破砕鎚ハンマーだった。

 長身な魔王よりも長大な柄を軽く片手で支えているが、一抱えもある打撃部分は超重量級である。片側は岩をも貫きそうなほど細く鋭く、もう片側の平たい方はなんでも押し潰せそうだ。

 形状から鑑みるに龍にとどめを刺した武器で間違いないだろう。


 打撃に特化した得物を魔王が蝶の羽ばたきのように軽く振るうだけで、骨の折れる鈍い音と共に残党の大半が吹き飛ばされた。


「貴様を、国に向かわせる訳には、いかん……」


 かろうじて立っているのは白髪の老人──サクヤの父親だけだ。

 深い皺の刻まれたいぶし銀で、灰色の眼光は猛禽のように鋭い。額から血を流しながらも、鍔も飾りもない渋い刀を構えている。


「我が名はブロス、花の国の守り手なり!! いざ、参る!!」

「……あなたみたいに正々堂々とした人、嫌いではないです。若い頃はさぞかしお強かったのでしょうね」


 幼い子に言い聞かせるような穏やかな声音で、柔和そのものの笑みを浮かべて、魔王は容赦の無い一撃を繰り出した。

 あまりにも速く、そして重い一閃。

 ブロスの渾身の斬撃は、刀身ごと打ち砕かれ……遠くなる意識の中で魔王の強さに戦慄する。


「……サクヤ……頼む、逃げて……くれ」


 ブロスの脳裏に、最愛の妻と花のように笑う娘の姿が浮かんで、消えた。


*******


「おいで、ウィクトル」

「カチ……」


 戦闘を終えた魔王は上空に待機していた使い魔を呼び寄せると、再びハンマーを異次元へ収納する。

 勝者ウィクトルと名付けられたカササギは、魔王の頭で物言いたげに鳴いていた。

 

「さあ、次なる強者の元へと案内してください」


 年の割に体格のいいブロスを軽く担ぎ上げながら、魔王は蝶の形をした青い光、斥候を放つ。

 深手を負った老人を瘴気の中に放置していたら死んでしまいそうだという判断と、リーダー格で顔の広そうなブロスを餌にして、取り返しに来る勢力と戦う腹積もりである。


 自らの作り出した惨状を省みず、花の国へ向かおうとした魔王の前に、ひらりと花びらが舞う。


 禍々しさ漂う荒涼とした大荒野に、いつの間にか風が花びらの道しるべを作っていた。

 思う存分戦うために、花の国から離れた所まで来たというのに、だ。


 不思議に思いながらも目を凝らすと、道しるべの先には桜の木々。

 ただ、魔王の知識の中にある桜よりも枝が長く、枝垂れていた。

 愛らしい薄紅の花が、手招くようにそよいでいる。


「ウィクトル?」


 おもむろに相棒のカササギが飛び立った。

 どうやら、荒野の瘴気を寄せ付けず清らかに咲く花の方へ興味を引かれ、向かったようだ。


「好奇心旺盛なのも困りものです。でも、さきがけも同じ方向に向かったようですし……」


 ウィクトルを追って、魔王もまた桜の方へ足を踏み入れる。


 ……それが運命の出逢いに繋がるとは思いもせずに。

 この時の魔王は、自分が一人の少女に、恋に翻弄されるなんて想像すらしていなかった。

 

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