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17.純銀の隼

 宝石とは、地下深くマグマの高い温度と圧力によって産み出される自然の産物だが、大荒野では違う。

 古代の戦争で、国一つを荒野に変えるほどの爆発が起こり、その魔力と熱が数多の石を産み出した。

 通常の宝石よりも美しく、妖しい力を秘めたものまであるが、そのほとんどが瘴気に満ちた呪われた石である。


「この『常夜の闇』はね、古代戦争の爆心地だと言い伝えられているわ。そのせいか、たくさんの宝石だけじゃなくて、ごくごく稀に、失われた魔法技術(オーバーテクノロジー)による魔法具アイテムが発掘されることもあるの。一攫千金を狙った冒険者は、だから大荒野を目指すのね。大抵は魔獣か瘴気にやられて死ぬか、稀に花の国に辿り着いて永住するか。どちらにしろ戻ってくる者はほぼいないから、かつては『還らずの大地』とも呼ばれていたそうよ」

「花の国か死か、天国と地獄との落差が激しいです……」


 闇の中、二人の声はよく響く。

 入り口からどれだけ歩いただろうか。

 幾つかの石は見つけたが、これだというめぼしい収穫はない。


「昨日、師匠に連れていってもらった職人街でたくさん石を見せて貰いました。サクヤさんには何色でも似合うと思いますが、例えば好みの色など教えていただけたら、と。あの、参考までにぼくが気になった石はですね……」

「ジグ、ちょっと止まってくれる?」


 もじもじと何か言いたそうなジグを遮って、サクヤは足を止める。

 岩肌の影、ジグのライトと飛び回る蝶の鱗粉がたまたま照らし出した所に、かすかに光る何かを見つけた。


「あそこになにかある」

「ぼくが取り出します」

 

 サクヤが示した石を、ジグがその膂力りょりょくを持ってえぐり出す。

 ジグの両手に納まるくらいの塊を、準備していた布で丁寧に拭うと、それはラブラドライトの原石だった。

 これも運命? とジグが小さい声で呟いたが、サクヤの耳には届かず闇に溶ける。


「貸してちょうだい」


 ジグから受け取った石を、伸ばした枝垂れ桜で花の部分が触れるようにくるむ。

 サクヤの絶大な浄化力により、瘴気に染まり曇っていた石はみるみる綺麗になっていく。


「瘴気の濃度、汚染具合からして、呪いの解呪までかなり時間が必要なレベルに見えたのですが……」

「小さめの塊だし、そんなことはないわよ。……まあ。見て、ジグ。とても綺麗だわ!」


 完全に浄化された青灰色の石はジグのライトに照らされて、無垢な輝きを放っている。

 石に入った黒いラインやまだら模様が独特で、まるでモルフォ蝶をそのまま閉じこめたみたいだった。

 淡い薄紅の花びらの中、浮かび上がる青の煌めきにサクヤは一目で心を奪われる。


「ジグ。私、この石に決めた」

「いいんですか! ……じゃなくて、ここはまだ『常夜の闇』の表層部です。ラブラドライトは綺麗ですが準貴石。もっと奥に進めば、希少な宝石、例えば四大貴石に数えられる青玉サファイアのように、美しくて知名度も価値も高いものがあるはずですよ」

「ううん、他人の評価なんてどうでもいいの。私はこの石じゃないと嫌だわ」


 サクヤは石を光にかざす。

 ただ青いだけではなく、角度を変えると金色の光の筋が現れて、それがまた美しい。

 模様はモルフォ蝶の羽、色合いや輝き方はジグの瞳と一緒。まさにサクヤのためにあるような石だ。

 ──ジグには言わないけどね!

 

「それにラブラドライトの石言葉はいろいろあるけど、特に有名なのが『思慕』『記憶』『調和』なの。どれも素敵だと思わない?」


 サクヤの説明に、ジグは虚を突かれたような、ひどく驚いた顔をする。


「何故でしょうね。すごくしっくり来ました。ぼくも是非この石にサクヤさんの花を彩ってほしいです」

「私も楽しみだわ。……絶対に大切にする」


 サクヤは愛おしげに石を抱き締めた。


「でも、帰ったら師匠にまた揶揄からかわれそうです」

「こんなに早く決めたのかって?」

「それもありますが、師匠に独占欲の強い男は、自分色の石を贈るものだと教わっていたので」

「そうなの? でもお父様だって……そうだ、ジグ。良いことを教えてあげるわ」


 あることを思い出したサクヤは、悪戯っぽく笑う。

 ……人をおちょくるのが好きなお父様に、たまには仕返しをしないと。

 

*******


「なんじゃ、こんなに早く帰って来おって。もっと初デートを楽しまなくてよかったのか?」


 昼食を作っていたらしい、エプロン姿のブロスに出迎えられる。

 ジグがことさらニッコリ笑うと、示し合わせたかのようにサクヤがラブラドライトを掲げた。


「はい。一刻も早く加工したくて」

「……見事にジグの色というか、ジグらしい石じゃな。やはりヤンデレ予備軍、独占欲の塊じゃのう」


 こいつやりやがった、と言わんばかりの呆れ顔を作るブロスに、サクヤがあら、と反論する。


「お母様の櫛は、石は御神木の葉を模したエメラルドだったけど、純銀細工の翼で飾られていてそれは綺麗で。お母様は私に“ブロスの色なのよ”とよく自慢してたわ」

「サ、サツキがそんなことを!?」


 顔を赤らめて狼狽するブロス。その瞳の色は灰色、見方によっては銀だ。


「お母様、お父様の前ではすましていたから知らないでしょう? 私にはよく惚気てたのよね。よく二人の若い頃の光画しゃしんを見せてくれたり、馴れ初めも教えてくれたり」

「サクヤ! その、待っ」

「若い頃のお父様は、それは見事な銀髪の美丈夫で。“純銀のハヤブサ”と呼ばれていたそうね」

「ぬあぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 サクヤの暴露にブロスは絶叫した。


「純銀の隼なんて格好いいじゃないですか。次元魔王よりもよほど良いですよー」

 とジグが棒読みでフォローすれば、すかさずサクヤが援護する。


「初対面でお母様に『純銀の隼、ブロス! いざ参らん!』と名乗りを上げてたそうだから、お父様も気に入ってたんでしょ?」

「も、もうやめてくれ……!!」


 息も絶え絶えなブロスに、ジグはかつてない程の共感シンパシーを感じた。


「ただの銀ではなくて、純を付けるあたりこだわりを感じます。さすがは師匠ですね!」


 ただ、それはそれ、これはこれである。

 人の黒歴史をからかっていいのは、自分もまたからかわれる覚悟がある者だけなのだ。


 「恥ずかしさで死ぬ……いっそ殺すのじゃ……」


 羞恥のあまり、木の床(フローリング)に転がり両手で顔を覆うブロス。


「師匠……もう小粋な年寄りトークで死ぬ死ぬ言うのはやめるって言いましたよね?」


 しかしジグはあっさり切り捨てた。因果応報である。


「そういえばお父様、ウィクトルは?」


 もう充分だと思ったのか、父親に甘いサクヤが露骨に話題を変えると、ブロスは震える手で外を指し示した。


「サクヤ達が発ってすぐに、ウィクトルも出掛てのう。仲間のカササギの所に遊びに行っておるのかもしれん……」

「昼食の時間ですから、そろそろ戻ってくるでしょう。ウィクトルはあれで食い意地が張ってるので」

「昼食は用意しとる。カラ揚げをメインに卵焼き、味噌汁とおにぎり、漬物じゃ……」


 ジグが好きだと言ったのを覚えていてくれたらしい。

 胸が温かくなって、ジグは純銀の隼(ブロス)をからかうのはこれっきりにしようと思えた。


「師匠、ありがとうございます。卵焼きはなんとなくわかるのですが、カラアゲとはどのような料理ですか?」


 ジグの問いには弱り果てたブロスではなく、サクヤが答えてくれる。


「主に鶏肉に下味を付けて、カタクリ粉、じゃがいもの澱粉をまぶして揚げたものよ。カラっと揚げるから、カラ揚げね」

「またもや言葉遊びの気配が。……おや、噂をすればウィクトルが、帰ってきました?」


 疑問系になったのは、ウィクトルだけではなく、他のカササギも一緒だったからだ。

 ウィクトルを中心に他にも二羽、三羽烏ならぬ三羽鵲で何か長くて太い物を運んで来る。


「キョーキョー」

「カチっ」


 鳴き声とともに放たれたものを、ジグが反射的に受け取った。

 特徴的な葉が付いていなくてもわかる。妙に力を感じるこれは、御神木の枝だ……。


「なんてものを持ってくるんですかっ!?」

「大丈夫じゃ。これは御神木の『祝福』じゃからな」


 ブロスが立ち上がりながら説明を始める。


「神挿しの儀で御神木の枝はほとんど使うことはなくなったが、例外はあると言ったじゃろ。稀に御神木の力を必要とする者や縁深き者に、こうしてカササギが枝を運んでくるのじゃ。……最も、これは祝福というより、ウィクトルからの結婚祝いかもしれんがのう」

「カチー!」


 そうだよ、と言わんばかりにウィクトルは鳴いて、ジグの頭で羽を広げた。


「ウィクトル、ありがとう。その友にも、御神木にも御礼申し上げます」

「キョー」


 仰々しく頭を垂れるジグに一声かけて、他所のカササギは飛び立って行く。


「……サクヤさん」


 驚いた表情で固まっているサクヤに、ジグは決意に満ちた顔で向き直った。


「ぼくは華やかなものとは無縁に生きてきた、無骨な男です。本職プロの職人に任せた方が、確実に素晴らしい仕上がりになる……それでも、この御神木の枝(ウィクトルの贈り物)とあなたが選んだ石で、ぼくが髪飾りを作ってもよろしいですか?」


 サクヤは大切に持っていたラブラドライトをジグに押しつけると、空いた手でジグの髪に挿した枝垂れ桜を指差した。


「好きにすれば? 私が型破りをしてしまった分、ジグが手作りすることで帳尻が合うんじゃない? 他人の評価なんてどうでもいいと言ったでしょう。どれだけかかってもいい、どんな形でもいい。あなたが作った、私だけの髪飾りを待っているわ」


 そう宣言してサクヤは微笑む。

 ツンの欠片もない、春の日差しのように温かい笑顔だった。


ウィクトルは別に食い意地が張ってる訳ではなく、食に頓着しなかったジグに食事を取らせるために、自分が誘導して食べさせてた。

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