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14.特別なご馳走

 今日は三人と一羽、皆で声を揃えて「いただきます」をする、新しい家族の団欒が始まった特別な日。


「サクヤさん、このスープ美味しいです!」

「そう、良かったわね」


 ジグはまず汁物スープに手を付ける癖があるようだ。

 昨日の豚汁はじゃがいもを美味しそうに、懐かしそうに食べていたのを覚えている。

 なので早々に掃除を終わらせたサクヤは、じゃがいもを丁寧に下拵えして、バターや牛乳をふんだんに使った、ちょっと贅沢なスープに取りかかったのだ。


「ウィクトル、どう? お肉のソースは辛くない?」

「カチっ」


 ジグから肉を取り分けられたウィクトルも美味しそうに食べている。

 初めからウィクトル用に用意しても良かったが、ジグはこの相棒と同じ料理を分かち合うのが好きみたいなので、あえてジグの肉を大きめにしておいた。

 味付けの蜂蜜は、熊獣人のマルスから分けてもらった取っておきのもの。


「今年の葡萄酒ワインは良い出来じゃな。食が進むし、パンにも合う」


 ブロスは結構な酒豪だが、ワインを飲むのはめでたい時だけ。

 なんだかんだで娘婿ジグを気に入っているのだろう。


「そうでしょう? 今回のワインもレーズンも、会心の出来なのよ」


 だからこそ──他に理由もあるのだが──サクヤは新しい家族の形の、はじめての晩餐に使いたかった。

 ジグはまだ箸にも慣れてないようだし、ちょうど良いと思ったのだ。


「え、待ってください。この佳人茸のソテー、朝の出汁とまた違った味わいで、すっごく美味しいです! じゃがいもにも味が染みて格段に美味しくなってます!」

「本当なら干し茸にしてちょっとずつ使う佳人茸を、採り立てで新鮮なうちにバターと白ワインで炒めたの。……今日だけの、特別よ?」


 あまりの美味しさに打ち振るえるジグを見ると、奮発した甲斐があるというもの。

 でもサラダにまで使用したのはやり過ぎだったかも知れない。家族も増えたし、今度から原木の数を増やそうとサクヤは決めた。


「茸のサラダも美味かろう? 花の国では佳人茸を筆頭に、茸料理は鉄板の人気なんじゃ。ただし、水洞竹を間引きした筍の料理こそ至高、という意見も多くての。きのこ派、たけのこ派で派閥が別れるから、話題に出す時は気を付けるのじゃぞ。場合によっては戦争になる」

「師匠……またそんな冗談を」

「ジグ、残念ながらそれは本当なのよ……」

「ええっ!?」


 何事にも過激派はいる。

 サクヤやブロスは特にこだわりはないが、教えておくに越したことはない。


「ジグは酒はいける口か?」

「お酒は嗜好品なのであまり飲んだことがなくて、わかりません。毒には耐性があるのですが……」

「食卓で闇を出すのはやめい。酒がマズくなるじゃろがい」


 ジグがどんな環境にいたか、平和な家庭で育ったサクヤにだって想像はつく。

 ワインは食べやすいように寒天で固めてゼリーにしたので、ゆっくり味わって食べてほしい。


「!?」 


 その、会心作のゼリーを一口食べたジグは。

 よほど気に入ったのか、恍惚という表情で言葉も出ないようだった。

 してやったり、とサクヤは笑う。


「「「ご馳走様でした」」」

「カチっ」


 特別なご馳走は大成功。

 母親が亡くなってから火が消えたようだった食卓の場に、かつての明るさが戻ってきたようで。サクヤは良い気分で食事を終えた。

 

 

「そうだわ、ジグ。あとであなたの部屋に行ってもいい?」


 サクヤの一言に、食後の珈琲を飲んでいたブロスが噴き出しそうになり、カップを持ったままジグも固まる。


「掃除の後、布団や文机なんかは運びこんでおいたけど、足りないものが多いから確認しておきたくてって……二人とも、どうかした?」

「いや、夜半に伴侶の部屋に赴く意味を考え……ゴフッ……なんでもない、せただけじゃ」


 食卓テーブルの下ではジグがブロスに肘打ちしていたが、あまりの速さにサクヤは気付かなかった。


「ぼくも“神挿しの儀”について、サクヤさんと話し合いたかったので。是非お越しください」

「ちょうど良かったのね。じゃあ、片付けが終わってお風呂に入った後で行くわね」

 

 今度はジグが噎せて、どうしたのかと首を捻るサクヤ。


「我が娘ながら末恐ろしいのう……念のため、ウィクトルは今日はわしと寝ような」

「カチカチ」

「そこもすっかり仲良しね」


 皆、仲良くて何よりだとサクヤは笑う。なんの裏も含みもない無垢な笑顔だった。


*******


「ね、広いけどなにもない部屋でしょう?」


 桜吹雪に蝶が舞う意匠デザインの、可愛らしい部屋着ゆかた姿で訪れたサクヤ。

 桜色に染まった肌に、どこかしっとりした髪と枝垂れ桜。思い人の風呂上がりの姿に心臓が割れんばかりに高鳴っているが、ジグは平静を装って招き入れた。


「全然大丈夫ですよ。ほら」 


 ジグが指を鳴らすと青い光が散り、異次元に置いた魔王城から黒で統一された調度が転送される。

 木と畳の、どこか温かみのある部屋に、冷たい金属の家具が一斉に生える様はなかなか壮観である。


「まあ、すごいわ!」


 目を丸くするサクヤ。

 ジグの取り柄は戦闘と魔法ぐらいだから、こうして驚いてもらえて誇らしいなと、考えていたら。サクヤは魔法ではなく、真っ直ぐにジグの顔を、瞳を見つめていた。


「ジグの瞳。いつも綺麗なブルーグレイだけど、魔法を使う時だけ、金の光が差し込むの。まるで黄金の蝶が飛んでるみたい。とても幻想的で、綺麗だわ」

 

 サクヤのド直球な称賛に、ジグは色んな意味で顔を赤く染める。


「どうしたの? 顔が赤いわよ?」

「……今まで、指摘されたことがないので、知りませんでした。それにぼく、顔立ちも表の髪色も地味だから、綺麗なんて言われ慣れてなくて」


 モルフォ蝶だと名乗り、髪の内側(インナーカラー)の青を披露した時。サクヤに初めて綺麗だと言われて、実はジグは嬉しかったのだ。


「それは良くないわね。綺麗なものは、ちゃんと綺麗だって言われないと、褒められないと真っ直ぐに育たないのよ」


 花人ならではの観点で、サクヤはツンの部分も忘れてジグを褒めちぎる。


「ジグ。あなたの髪も瞳も素敵よ。長く伸ばした髪の、落ち着いた灰褐色と空を写したようなインナーカラーの青との対比はとても綺麗だわ。そしてあなたの瞳。とても澄んでいて、一切濁っていない。魔法を使っていない時も、角度で色を変えるラブラドライトのような美しさがあるわ。──顔立ちも地味なんかじゃない。ジグの優しさがにじみ出た、柔和で良い顔付きよ」


 サクヤからの過剰なまでの褒め言葉と、あまりの胸のときめきに、ひぅっと変な息を吐いてジグはその場に崩れ落ちた。

 ……最強と謳われたジグに膝を折らせることが出来るのは、サクヤぐらいなものである。

 



「まだ部屋の中が寂しいから、これをあげるわね」


 ようやく褒め殺しから立ち直ったジグに、サクヤが差し出したのは、桜模様の猫のぬいぐるみだった。首に巻いたリボンの青が縮緬ちりめん生地の赤に映える。


「趣味や、好みを知るところから始めようって言ってくれたでしょう? 私はぬいぐるみが好きで、自分でも作ってるの。趣味の延長だけど、販売もしてるのよ」

「なんて可愛らしい……」

 ぬいぐるみも、サクヤも。


「気に入ってもらえたなら良かったわ」

「大切にします。また、ぼくはサクヤさんから良いものを貰ってしまいました。そろそろぼくにもお返しをさせてください」


 ジグはぬいぐるみごと、サクヤの手を取った。


「明日にでも、神挿しの儀のために大荒野に石を採りに行こうと思っています。サクヤさんはどんな飾りが、石が好きですか? どんな要望でも全て叶えます。なんでも仰ってください」

「そうね。私の花は枝垂れ桜だから、簪や櫛だと花びらで埋もれてしまうの。直接、花や髪に留めるタイプのクリップがいいな。……形は、羽を広げた蝶々がいいわ」


 そこまで上機嫌だったサクヤは、ようやく本分ツンデレを思い出したのかぷいっと顔を背ける。可愛い。


「か、勘違いしないでよね、ジグを意識した訳じゃなくて、蝶々が、好きなだけよ!」

「わかっています。……でも、安心しました。花そのものである花人からしたら、蜜を求めて纏わり付く蝶々は……蝶の蟲人(ぼく)は、煩わしい存在かと思っていたので」


 自らを卑下するようなジグの言葉に、サクヤは目尻を吊り上げた。


「なによそれ。花は花粉を媒介する虫に助けられてもいるのよ。花と虫は、一方的に搾取する関係じゃなくて、双方に利のあるウィンウィンで成り立ってるの。おわかり?」

 

 さらにサクヤは枝垂れ桜の枝を伸ばし、ジグの首に巻き付けると、ぐいっと顔を寄せた。


「第一。モルフォ蝶の食性は花の蜜よりも腐った果実、動物の死骸、茸なんかの菌類でしょうが!」

「お、お詳しいですね」

「蝶々が好きって言ったでしょ。それくらい知ってたわ。……だから夕食の献立にも取り入れたのよ」


 鶏肉をメインに、茸が多めの料理。腐った果実……発酵した葡萄の、ワインにレーズン。そういえば。

 蟲人は個人の好みはあるが、元となった虫の食性が食の嗜好に反映される傾向にある。

 今日の晩餐は本当に特別な──ジグのための、ご馳走だったのだ。


 もうジグは言葉も出ない。

 興奮と歓喜の涙でぐちゃぐちゃになった顔を、貰ったばかりのぬいぐるみで覆い隠す。


「恥ずかしいので、見ないでください……」

「言うつもりもなかったことを暴露した私も恥ずかしいわよ。この勢いで言っちゃうわ。大荒野に、私も連れて行ってくれない?」


 サクヤは目元を赤らめたまま続ける。


「伴侶の石探しに花人が着いて行くなんて、前代未聞だって、わかってるわ。でも、どうせなら石は二人で一緒に選びたいと、思ったの。……ダメかしら?」


 悲しそうな上目遣いでそんなことを言われて、ジグに断ることは出来なかった。

 初めて会った時から、ジグはサクヤに負け越している。……そしてそれが嫌ではなかった。


こだわりは強くないが、サクヤはきのこよりたけのこ派。ブロスはきのこ派。ジグはきのこ派になった。

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