13.優しい夫婦の贈り物
遅めの昼食を終えて、人通りの少ない、妙に静かな区画にさしかかった時のことだ。
「さて、ジグ。昨日と今日とで多彩な花の国の住人を見てきたと思うのじゃが。その頭を見て、なにか気付いたことはあるかのう?」
ブロスはジグに問いかけた。
先ほどから気分は引率の教師である。
サクヤのためにも、ジグのためにも、きちんと教え導いてやらねば、という謎の使命感に目覚めていた。
「……そうですね。例外もありますが、サクヤさんぐらいの年齢の花人は皆色取り取り、種類も様々な花を咲かせていて、まさに花の化身という姿ですが、小さい子どもは青々した葉が茂り、赤ちゃんは双葉でした。幼い頃のサクヤさんもこうだったのかな、と微笑ましくて可愛かったです。それにサクヤさんが成長されたかのような、妙齢なご婦人の花人だけが、それぞれの花を引き立てるような、華やかな飾りを付けていらっしゃいます」
全てがサクヤに繋がるジグの回答を聞き、こいつこそ頭に花が咲いてるんじゃなかろうか、と思わずブロスは失礼なことを考える。
「お主はサクヤを中心にしか物を考えられんのか? 花の国の住人は花人だけじゃなかろう。男はどうじゃったか?」
「ブロスさんや昨日の鰥衆の方々は皆短髪です。サクヤさんの眼中になかった、マルスさんの息子さんの髪はやや長めで、ぼくみたいに簡単な一つ結びでした。マルスさんをはじめ、他にお会いした男性陣は妙に可愛い髪型というか個性があって、それぞれの奥さんのと思しき花の枝を挿してましたね」
思考は偏りがちだが、ジグの観察力の高さにはさすがのブロスも舌を巻く。
ジグは頭の回転が早く、魔王の称号を名乗るだけあって魔法に関しては博識だ。
なのに育ちのせいで情緒が発達しきれていない所があり、とても教え甲斐のある娘婿だと言えた。
「正解じゃ。よく見ておるのう」
褒めると本当に嬉しそうで、図体は大きいが子犬のような可愛いさがある。
「よいか、ジグ。髪は神に通じる大事な部位じゃ。だから花の国では花人も男も皆髪を伸ばす。普通、外から来た男は髪を伸ばすまで時間がかかるものじゃが、ジグは見事な長髪じゃのう」
「別に好きで伸ばしている訳ではなかったのですが……」
「まあ、好都合じゃて」
「それに加齢によって髪がなくなる場合はどうするんですか?」
「花人の伴侶も御神木の加護を得る。伴侶の男は生涯ふさふさしとるぞ」
「御神木にはそんなご加護が!?」
「冗談じゃ」
「……だから流れるように冗談を混ぜられるとわからないんです!」
ブロスはからからと笑った。ジグはからかい甲斐があって楽しい。
「御神木の加護ではないが、男達がふさふさなのには理由はあるぞ。次の儀式にも関連しておる」
「……本当ですか?」
ジグの訝しげな目を受けて、ブロスは淡々と語り出す。
「昔昔、花人がまだまだ少なかった頃のことじゃった。花の国はまだ国と呼べるほどの大きさはなく、今ほど豊かな文化もなくての。それでも、結ばれたばかりの愛おしい妻に婚姻の証を贈りたいと考えた一人の男が、荒野に赴き妻に似合う宝石を探し出して来たのじゃ。苦心の末、男は宝石と御神木の枝で作った簪を妻に贈り、喜んだ妻は己の花を枝ごと手折り、男の髪に挿して返した。……伴侶も花嫁も、贈り物を生涯大切にしたという。それこそが“神挿しの儀”なり」
そこでブロスは息を吸い、カッと目を見開く。
「即ち神挿しの儀とは、新婚夫婦の贈り物交換じゃ! 妻の花を飾り続けるために、男は髪の手入れに力を入れるじゃろ?」
「それは、説得力がありますね。……そして、神挿しの儀のエピソードが素敵です。これはぼくも気合いを入れないと」
ジグの目が宝石のようにきらきら輝いた。
己も通って来た道、その気持ちがブロスにはよく分かる。
初めての贈り物を考えるだけで、サツキの喜ぶ顔を想像するだけで胸が弾んだし、愛がこめられた枝を髪に挿すのも楽しみで仕方なかった。
「今では国は広がり、花人も伴侶もすっかり増えた。御神木の枝は限りがある故、例外はあってもほとんど使うことはなくなったが──見よ」
ブロスが示したのは、職人街だった。
看板も説明はいらない、とばかりに石などの原材料、精巧な細工の工芸品を配置しただけの店構えが連なり、店先からは真剣な表情で石を削って研磨する職人の顔も見える。奥には木工、金属加工などの職人もいて分業しているようだ。
「大荒野に宝石を採取に行くのは伴侶の仕事、御神木の枝が使えぬ今、取ってきた石を浄化するのは花嫁の役割じゃが、こうして石を加工し宝飾に仕上げる職人は増え、年々技術は向上しておる。昔は簪や櫛が主流で、わしも妻には櫛を贈ったものじゃ。じゃが、最近の流行はヘアクリップやバレッタなどの髪留めらしいぞ。神挿しの儀は男側のセンスが何より問われる。ひとりよがりにならぬよう、しっかりサクヤと相談して決めるといい」
「普通、儀式というと堅苦しいものですが、花の国の儀式、柔軟すぎませんか?」
「じゃが、嫁には一番似合うものを用意したいじゃろ?」
ブロスが言うと、ジグは真っ直ぐな目で、力強く同意した。
「はい。正直、ぼくの持てる能力全てを駆使して素晴らしいものを……サクヤさんが喜んでくれるものを贈りたいです」
「その意気やよし。案内がてら、人気の石なんかも教えてやろう」
「ありがとうございます!」
「お主、持ち合わせはあるかのう? 大陸通貨は使えるが、加工に拘るほど値段も跳ね上がるぞ」
「大丈夫です。魔王という技術職の割に安い相場の給料でしたが、使う暇はなかったので貯蓄はあります。自力で集めた儀式魔法に使う貴重な触媒も、いざとなったら換金出来ますし」
「……ずっと思うとったんじゃが、よくそんなブラックな国に所属しておったな?」
ブロスの疑問にジグが曖昧に笑って誤魔化していると、店頭に並んだサンプルの原石を見て、光り物が好きなのか、ウィクトルがカチっカチっと楽しげに鳴いた。
「大荒野に鉱泉があるのじゃが、希少な石ほど深く、過酷な場所にあってのう。それも踏まえて選ばねばならんのじゃ。特に大抵の花色を引き立てる緑柱石は鉄板で人気じゃな。または石言葉で選んだり、それぞれの花人に合わせた色石にしたり……サクヤの場合は暖色系かのう。それに、独占欲の強い男は、自分の色の石を贈るぞ」
「なんでそこでぼくの顔を見るんですか?」
ジグが心の底から不思議そうに言うので、ブロスは思わずこいつマジか!? という目で二度見してしまった。
「カチっ」
ブロス達の気を引くように一際大きな声でウィクトルが鳴き、一つの石を羽先で示す。
青とも灰色ともつかない不思議な色合いの石は曹灰長石という。
「近年人気が出てきた石じゃな。力のかけ具合では割れやすく、加工に向かなんだが、技術力が上がったおかげで出回るようになったんじゃ。発見したのが外つ国で聖職者だった伴侶で、愛を司る石として愛や光を冠した名を付けたのも人気の理由のようじゃな」
「じゃがいもと同じで、なんとなく花の国ならではの言葉遊びを感じます。遊色効果も面白くて、ぼくはこの石好きですよ」
「……じゃろうな。ヤンデレ予備軍の誰かさんにはぴったりな石じゃ」
ラブラドライトは長石の一種。
表面には独特な光沢があり、どこかモルフォ蝶の羽に似た青い輝きを放っていた。
「ちなみに贈り物にも意味があっての、元となった簪は『あなたを守ります』じゃな。他にも櫛は──」
つらつらと語るブロスの説明が終わる頃、あの、とジグが遠慮がちに手を挙げる。
「師匠は花を身につけてませんが、それはやはり……」
「神挿しの儀で花人が力をこめた花の枝はな、その花人の命が消えた時、ともに枯れる。……わしの枝は枯れて、今は切った髪とともにサツキの墓の中じゃ」
埋葬の時、ブロスは枝ごと髪を切り落とし、愛おしい妻の手に握らせた。
──必ず行く、待っていてくれ、という気持ちを込めて。
「ぼくにヤンデレ予備軍だとか散々言いますがね。師匠も大概、愛が重いですよ」
「ぶっちゃけ、花人の伴侶って皆そんなもんじゃし」
「開き直りましたね……」
ジグの非難する目から逃れるようにブロスは元来た道を引き返す。
「さて、神挿しの儀の説明はしたし、あとは買い物をして帰ろうかの。珈琲マメも買わねば。二十年ほど前から月に一度、商人の飛行船が物資の売買に来るようになって、商店街にハイカラな品が増えたんじゃぞ」
「誤魔化そうとしてませんか?」
「サクヤと、サクヤが腕によりをかけた晩飯が待っとるぞ」
「急いで買い物を終わらせましょうか。ぼく荷物を持ちます」
ジグはサクヤと聞いただけでころっと態度を変えた。やはりちょろい。
「花の国風のご飯は美味しいので、夕食も楽しみです。サクヤさんの味のお味噌汁が飲みたいし、それにぼく、サクヤさんにお箸が使えるようになったところを早く見せたいです」
「カチっ」
無邪気な子どものようなジグとウィクトルを見て、ブロスは目を細める。
節々で感じる、ジグの育った過酷な環境を思えば、少しでも健やかであってほしかった。
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「お帰りなさい。今日はウィクトルの好きな鶏肉の、ハニーマスタードソース焼きに、佳人茸とじゃがいものソテーとじゃがいもの冷製クリームスープ、色々茸のサラダよ。時間があったから、干し葡萄のパンも焼いたわ。仕込んでた葡萄酒も良い具合だったから、デザートにワインゼリーもあるわよ」
サクヤが用意していたのは、手間こそかかっているが箸を使わない上、味噌汁すらない、花の国の伝統とはかけ離れた料理だった。
箸に慣れないジグに考慮したのかもしれないが、見事にすれ違っている。
ブロスはなんと言っていいか分からず、ジグの方を伺ったが……。
「ぼくのためにこんなご馳走を!?」
ジグは感極まって泣きそうな、それでいて嬉しそうな目でサクヤを見ていた。
「か、勘違いしないでよね、ウィクトルの! ためだから……」
「カッチー!」
「それでも嬉しいです。ありがとうございます!」
……サクヤが作ればなんでもいいんかい、とブロスは心の中で突っ込んだ。心配しただけ、損である。
※ラブラドライト(ラブラドル長石)の本来の由来はカナダのラブラドル半島で採れたことから。
異世界なので、花の国では違う解釈で名前がついた。