12.花の都で肉じゃがを食す
どこか趣の似た木造家屋と、通常より節の長い竹、水洞竹が立ち並ぶ街並みを、ジグはブロスと、ウィクトルを肩にそぞろ歩く。
多種多様な人種の男や、彩り豊かな花人、家族連れが行き交う大通りはそこそこ栄えているように見えた。
花の都は馬や牛に混じってユニコーンなどの幻獣も日常の一部として当たり前に生活していて、平和そのものという印象だ。
王城や貴族の館ばかり絢爛豪華で、同じ蟲人でも貧富差の激しいラーヴァルの王都より、様々な生き物が共存し、質実剛健、格差のない建造物が整然と並ぶ花の都の方が、ジグには好ましく映った。
「花の国って基本が木造建築なんですね。風情があって、ぼくは好きです」
「ああ。サクヤを見てわかる通り、花人は挿し穂や接ぎ穂で自身の花木を増やすことが出来るからの。ある意味無尽蔵の資材があるのじゃ。数十年前に腕の良い大工がカササギに導かれるように流れついて、運命の花人と出逢い永住。弟子を増やして建築技術を伝えたおかげで、住居に関しての快適さが飛躍的に向上したんじゃ。大浴場の設備関係でも貢献してくれてのう。花の国は基本、助け合いじゃからな」
ブロスの話を聞いてジグは考えこむ。
「ぼくの場合は魔法技術なら提供できると思います」
「おお、術士チームが喜ぶぞ。今度紹介しよう。そうやって出来ることからやりたいことを見つけられると良いのう」
「そうですね……。よろしくお願いします」
会話の途中、どこか見覚えのあるユニコーンがこちらを見て、逃げるように森の方角へ駆けていったのにジグは目ざとく気付いた。
「あのユニコーン……」
枝垂れ桜の並木の中、サクヤに寄り添っていた個体に間違いない。
「彼奴は花人限定の運び屋じゃ。花の国は広いからのう。清らかな乙女を好むユニコーンの天職じゃろ? 特に活動的なサクヤはご贔屓さんでな」
「へぇ。いつもサクヤさんを乗せて……」
「目が笑っとらんぞ。幻獣相手に嫉妬をするんじゃないわ。……わしのような男を目指すんじゃろ? 心を広く持たんか」
「はっ、そうでした。以後気を付けます」
ブロスはこれ見よがしに、はぁっと溜息を吐いた。
「サクヤがツンデレなら、ジグはヤンデレ予備軍じゃな。お主のような男にこそ蝕呪の儀は必要だというのに……まあいい。安心せい。花びらの儀だけでも、サクヤにはジグのものだという証がべったりついておるのじゃ。ユニコーンはもうサクヤに近付けもせんよ」
途端にジグは顔を輝かせる。
肩に止まったウィクトルは、やれやれ、とでも言うように羽を竦めた。
「ご不便でしょうから、今後はぼくがサクヤさんの足になりますね!」
「いや、まあ、お主がいいなら、いいんじゃがな」
ほとほと呆れ果てるブロスだったが、はっと閃いた。
「そういえばジグは徹夜しておったな? 睡眠不足のせいでまともな判断が出来なくなっとるんじゃないか?」
「え? 王国に所属してた頃は徹夜の行軍はザラでしたし。丸三日、食糧補給なしでの戦闘とかもよくやりました。これぐらい全然平気ですよ」
「ほんにお主は、たまに闇を垣間見せるのう……」
あっけらかんと笑うジグ。
全然平気じゃなかろう、とブロスはジグの後ろ頭をはたいた。
「お主には、教えねばならぬ常識が山ほどあるわい……」
叱られてもジグは嬉しそうだ。睡眠がいかに大切か、ちゃんと食事をとらないと体に悪いのだと、説教を受けながらの散策は続く。
「もうすぐ昼食時じゃが、ジグが食べたいものはあるかのう?」
新たな区画には、看板から察するに草食や肉食の獣人向けの大衆食堂、各種蟲人の嗜好に合わせた料理が並ぶビュッフェ、高級そうなレストラン、多国籍料理の店から、花の国風の定食屋や一膳飯屋などが軒を連ねていた。
「この飯屋街はある意味花の国の象徴のような場所でな。花人の文化に、伴侶の男が持ちこんだ様々な風習が入り混じって独自に発展しておるのじゃ。どこも味は折り紙付きじゃぞ」
「……そうですか。ぼくとしては、とある哀れな人の救済のためにも、美味しいじゃがいも料理を教えてほしいです。それに、早くお箸の使い方を覚えたいので、花の国の料理が食べられるところが良いですね」
「ジグの基準がよくわからんが……肉じゃがが美味い店がある。そこにするかのう」
などと話していた時だ。
「押忍。ブロスの旦那」
低い声の先には、長身のジグとブロスよりさらに一回り大きな熊獣人の男がいた。
厳つい見た目で、筋肉も脂肪もついたガッチリした体型に似合わない、林檎と蜂蜜壺が刺繍された可愛いエプロンを着用している。
長く伸ばした茶色の髪はお団子に纏め、誇らしげに林檎の花の枝を挿していた。
「おお、ご無沙汰じゃったな。こやつは嫁さんと旅籠屋兼食事処『はちみつとりんご亭』を経営しておるマルスじゃ。ジグも挨拶せい」
「はい、師匠。初めましてマルスさん。モルフォ蝶のジグです。これからよろしくお願いします」
「おう。熊のマルスだ。畏まらなくていいぞ」
今日は顔の広いブロスの知り合いに会う度、同じようなやり取りを繰り返していた。
ブロスがジグを連れ出したのは、こうした男同士の社交を学ばせる意味もあるのだろう。
「うちの馬鹿息子がまた迷惑かけると思うが、気を遣わなくていいからな!」
豪快に笑いとばすマルス。
どういうことかと首を捻っていると、ブロスが耳打ちする。
「昨日乱入してきたサクヤの幼なじみのことじゃ」
……そういえば、アレも獣人でしたね。
すんと表情を消すジグに、マルスは申し訳なさそうに頭をかいた。
「嫁にちょっかいをかけられるのは嫌だよな……。本当に悪いと思ってる。あいつには前から口を酸っぱくして、お前はサクヤちゃんの伴侶じゃないと言い聞かせて来たんだが。……二世はその感覚がわかってない」
花人と伴侶の次世代は、女子は花人、男子は父親と同じ種族が産まれる。
花の国育ちの男は『二世』と呼ばれ、父親譲りの能力、瘴気耐性の高さから国に貢献する者も多い。
しかし二世は両親の大恋愛を間近で見て育つため、また、ともに育つ同世代の少女達が総じて美しいので、恋に恋する状況にも陥りやすいのだ。
「花人に惹かれるってのは、甘いだけの生っちょろいもんじゃねぇ。魂を摑まれるような……もっと熱くてドロドロした感情の濃縮だ。その点ジグ、あんたの目は本物の、同類の目だ。うちの馬鹿が言っても聞かんなら、ぶん殴っても構わんからな!」
「わかりました! その時は全力で殴ります」
言質は取ったとばかりに拳を握るジグを、ブロスはまた叩いて止める。
「阿呆。お主の全力じゃと相手がはじけ飛ぶわ。サクヤに肩身の狭い思いをさせる気か?」
「……仕方ないから、五体満足で死なない程度に留めておきます」
「当たり前じゃ」
「カチっカチっ」
そうだそうだ、とばかりにウィクトルも鳴いた。
そんな掛け合いを見て、マルスは安心したように笑っている。
「サツキ姐さんが亡くなってから、ブロスの旦那はすっかり大人しくなっちまってたけどよ、少しは元気になったみたいだな。娘婿が来るって、家族が増えるって良いよなあ」
「……わし、そんなに弱ってたか?」
ブロスは複雑そうだが、自然に家族扱いされたジグは胸が温かくなった。
マルスと別れた後、一軒の定食屋にて。
まずジグは品のある甘さの、白味噌の味噌汁を一口飲み、それから上品に盛られた白いご飯を食す。
添えられた香の物は、柚の皮と切れこみで花のように咲いたかぶ。……さっぱりして美味しいが、ブロスの漬物ほどの力強さがない。
気を取り直して、メイン料理に意識を向ける。肉じゃがは花模様の陶器の中で湯気を立てていて、花型のにんじんときぬさやが目に鮮やかで、いかにも食欲をそそる見た目だ。
ジグは慣れない箸を使って肉じゃがを口に運んだ。
丁寧に取られた出汁としょうゆが絡む、ほっくりしたじゃがいもを噛みしめると、旨味とこくとほんのり甘い味わいが口の中に広がって、美味しい、とは思う。
「美味しいのですが、なにか違う?」
ウィクトルは構わず、ジグが取り分けた肉じゃがをパクパク食べているのに。
「出汁は各家庭の味だと言ったじゃろ? 昨日の豚汁も今日の朝食も、使われた干し茸は枝垂れ桜の花木で育てた佳人茸じゃ。言ってみればサクヤの味。わしもそうじゃったが、嫁さんの味が一番に決まっておろう」
もう食べられなくなった、懐かしい味に思いを馳せるようにブロスは天を仰ぐ。それは涙を堪えている風にも見えた。
「……サクヤさんのお母様の話を聞いても構いませんか?」
「……サツキが死んで、もう二年。されど二年。まだ語れぬことも多いが、気風が良くて、心も体も強く皆に姐さんと慕われとった。わしにはもったいないほどの良い女じゃったよ……だからあんなに呆気なく逝くとは思わなんだ……」
堪えきれなかった涙が一筋落ちる。
誤魔化すように、悲しみを振り切るように、ブロスは笑う。
「のうジグ。お主の馴れ初めはサクヤのかかと落としじゃったな?」
「はい。とても素敵な、天にも昇るような一撃でした」
「はっはっは。サツキの場合はな、それは見事な顎への拳だったんじゃぞ。わしは本当に天へ打ち上げられたんじゃ……」
「空が青かったのう」と、ブロスは思い出に浸るように呟いた。
「さすがサクヤさんのお母様、お強い……。ぼくはこの国に来るまで、花人とはか弱い種族だと聞いていたのですが……」
「花人は確かに精神的に強かで、植物のようなしなやかな強さがある。でもサツキとサクヤは例外中の例外じゃからな? 他の伴侶の前で同じことを言うと総ツッコミを受けたから、お主も気を付けるのじゃ」
「今までの助言の中で一番心に響きました」
「カチっ」
思った味とは違っても、大切な人について語り合う食事は、なんだかんだ楽しかった。




