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0.魔王と枝垂れ桜が出会う前

 野望に燃える蟲人むしびとの王国、王城。

 

 欲望に目をギラつかせた王が、一人の青年に王笏を突きつけ命じている。


「これより先祖の悲願、『花の国』植民地化計画を開始する。『次元魔王グリモ・ワール』よ、侵略成功の暁には気に入った花人かじんを専属の奴隷とすることを許可しよう。いや、褒美として我が娘を下賜する栄誉を与えてもいい。……決して美女の魅了チャームに惑わされぬよう心掛けよ。幾多の兵士を骨抜きにされ、国を衰退させた悲劇を繰り返してはならぬ!」


「……お言葉ですが」


 形だけひざまずいていた、厳めしい甲冑姿の青年が立ち上がった。

 ナナフシの蟲人である王よりも長身の青年は、兜の隙間から澄んだ泉のような目で王を見下ろしている。


 魔王と呼ばれるだけあって、青年には場を支配する謎の威圧感があった。

 青年の肩、使い魔のカササギがカチカチと鳴いて王を威嚇するが、無礼を咎められる者は誰もいない。


「奴隷も王女も必要ありません。ぼくは男の後ろで守られてばかりの儚いには興味がないので。ただ、花の国の男は手練れが多いと聞きました。それに魔獣や幻獣も数多く棲息しているとか。ぼくはどうしようもなく、強い者と戦いたい。なのでこの命は引き受けましょう。……ただし花の国の、森と花人を傷付ければ周辺国が黙っていません。王も幼き者や望まぬ者には無体を強いることがないよう、お願いします」

「無論だ。約束は守ろう」


 王への挨拶もそこそこに、青年は一括りにした灰褐色の髪を翻し、謁見の間から去って行く。

 冷や汗をかく兵士達や、王の背後に控えた可憐な王女には一瞥さえくれずに。


「ふん。戦闘中毒め。無粋な男だが、男を惑わすのが本分の、魔性の花相手には適任かもしれんな。一騎当千のあやつは先駆けにはちょうど良い」


 強がり、笑う王の足は笑っていたが、指摘できる者はすでに去った後だ。


「グリモ・ワールとの約束など、守る必要はない! 制圧してしまえばこちらのものよ。楽園を支配し、数多の美女を、未知なる資源を、栄華を手に入れる……!! 我がラーヴァル王国が花の国を、ひいては世界を支配するのだ!!」


 悦に浸る王の王冠がずり落ち、頭を抱える羽目になるのは、そう遠くない未来のことである。

 

*******


 所変わって、花の国。花の都。


「……悲劇なんてどこにでも転がっているわ。

あんなに想い合っていたのに、お父様がお母様に先立たれたように」


 そう語るのは、枝垂れ桜の花人の少女である。


 咲きこぼれんばかりの枝垂れ桜の花冠を戴く、さらさらで艶のある薄紅ピンクの長い髪。

 花びらが乗るほど長い睫毛の下、桃色に輝く瞳。

 ほんのり紅を差した涼しげな目元に、赤らんだ頬。

 花びらのように色付いた唇。

 全ての要素が麗しく整っており、まさに枝垂れ桜の化身、他を圧倒するほどの美しさだ。


「遠い昔の侵略戦争で偉大な女王をなくしてから、花の国が失ったものは多く、百年も経っているのに国はまだ完全に立ち直れていない」


 物憂げなため息すら艶っぽい、少女の語りはまだまだ続く。


「大切な者を守るために、花人が磨くべきは持って生まれた美しさなの? いいえ、違う。美しく咲くだけではダメだった。“ミサキの悲劇”は、いつ繰り返されるかわからない」


 小柄な体つきなのに、大きく華やかに魅せる立ち姿。朱塗りの履物げたでしゃなりと歩く姿は“粋”というもの。

 自身の花で飾られた着物、広がった袖には繊細なレースをあしらい、袴の丈はしなやかな脚線美を強調する絶妙な短さに改良され、少女の魅力を引き立てている。

 腰の細さを強調するように結ばれた、蝶の形の帯がはためき……纏わせた桜の枝の一筋が、地面に転がる少年の熊耳頭をぴしゃりと打ったが、目を覚ます気配はなさそうだ。


「美しさや儚さは相手の油断を誘える。最弱種族の花人でも、やり方次第ではお母様のように戦うことだって出来る。サクヤは強いと、誇りに思うと、お母様は言ってくれたもの。……強い私は男に守ってもらう必要はない。だから求婚者なんてお呼びじゃない」


 枝垂れ桜の少女──サクヤは花人という種族の変わり種だ。誰よりも美しく、誰よりも強い。


 花人の本能に抗って、花に口付けようとする不埒者をひらりとかわし、時には打ちのめし、その美しさを、力を魅せつける。

 若い頃から武芸者で、強い者を求め放浪したという父親の影響もあるのかもしれない。


 そんなサクヤでも、種族の命題を投げ出すことはできない。

 いずれは伴侶を、婿を迎えないといけないと、頭では理解している。……それでも。


「今はまだ誰のものにもなりたくないわ……」

 

 ぐっと拳を握り締める、苦い表情のサクヤの決意表明を聞いたのは、静かにそびえ立つ御神木だけであった。


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