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第一章 鬼無里村⑨

 仙吉たち三人の背中が見えなくなってから、鬼助は涙を袖でぬぐって、

「早く喜左衛門様のとこへ行かねえと」

 尻に付いた土を落としながら立ち上がった。


 鬼無里には、里を二分するかのように中心地に裾花川が流れている。

 そのせいで平地は少なく、人の住む集落は村の中でも散在している。

 鬼助の目指す喜左衛門の屋敷は、松厳寺から川を渡った対岸にあった。


 目的地たる屋敷の正面には、瓦葺かわらぶきの長屋門ながやもんが鎮座している。

 その前まで来て、鬼助は足を止め、長大な門を見上げた。

 その威風堂々たる姿に、圧倒される思いがする。


 この屋敷のあるじ宮藤(くどう)喜左衛門は、鬼無里村の割元わりもとである。


 通常の名主は肝煎きもいりと呼ばれ、比較的持高の多い百姓が、一年交代の持ち回りで務める。

 鬼無里村は、松代藩にいて「大村」という行政単位に当たったから、肝煎の上にさらに割元と称する村役人が設けられた。

 これは一般的な大名主に当たる。


 割元には名字帯刀が許されていて、鬼無里では、代々宮藤家が務めることとなっている。

 宮藤家の当代当主が、即ち鬼助の目指す宮藤喜左衛門である。


 割元を含め、それぞれの村役人は、代官や郡奉行の支配のもとに、直接村政に当たる。

 割元の自宅がそのまま村政をり行う役所となるから、宮藤家の屋敷は、村一番の格式を誇った。


 ただ農村部だけあって、さすがに門番などはおらず、門も閉じていない。

 鬼助はその門の前から、邸内を覗き見た。

 広々とした前庭の奥には、瓦葺きの屋根を頂いた主屋が見える。

 その脇には、主の私室とされる離れが建っている。


 シロを門前に待たせて、鬼助はひとり敷居を跨いだ。

 表庭には人の姿は見えない。

 正面には玄関が見えるが、そこは正式な客を迎え入れる場所のはずなので、鬼助は裏のほうへと廻った。

 裏手には勝手口があって、そこは土間へと繋がっている。

 開いていた戸口から覗き込むと、パチパチと火が燃えているような音がした。


 鬼助はそっと土間へと進み入って、

「誰かいねえかい?」

 と小さく尋ねると、その声に反応して、へっついの脇から、

「おや、おめ鬼助でねえかえ」

 ひょっこりと、老婆が顔を出した。


「あれ珍しい、鬼助が来てくれるとはな。なっちょここへ来た?だあ様には会うたんかえ?」

「ちょっとお使いを頼まれてね。喜左衛門様にはまだ会うてねえよ」

「そうかえそうかえ。もっと近くで顔を見せとくれ。ああ立派にひとなったな」

 老婆は無理やり鬼助の顔を引っ張って、愛おしそうに抱きしめた。


 この老婆はヨネという古くから宮藤家に仕えるはしためで、家事を一手に取り仕切っている。

 当主喜左衛門からの信頼も篤く、どういうわけか鬼助には親しく接してくれた。

 鬼助が自分の生い立ちについて問いただしたのは、このヨネに対してで、ヨネは涙ながらに、当時の風聞ふうぶんを語ってくれたのである。


「おヨネばあさん、おら喜左衛門様に用があって来たんだが、喜左衛門様いるかい?」

「なんだおめだあ様に用があったならそれを早うせわねかえ。だあ様はな、大事な寄合をしてるけんども…」

「寄合って?忙しいならあとにしたほうがええかい?」

「今な、隣村の名主どもが勢ぞろいして朝からなんだかくっちゃべっておる。とてもおらには近づけねえが、おめならなんとかなるだろうから早う行ってこい」

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