終章 鬼の無き里①
鬼無里村割元宮藤喜左衛門を介錯した新右衛門は、当初すぐに村を去る予定であったのを変更し、喜左衛門の首を紫の袱紗に包んで、一路一夜山へと登った。
雲海院まで辿り着いたものの、寺はひっそりと静まり返り、庭は血で染まっている。
異変を感じ取って辺りを見廻すと、地面には何かを引きずった跡がある。
その跡をついて行くと、克林が、久安の遺体を本堂に安置しているところに出くわした。
新右衛門は克林から事情を聞いて、やむなくその場で一晩鬼助を待つことにした。
克林から伝え聞いた話によれば、寺に現れた曲者は、山牢にいた原小隼人だと、新右衛門にはすぐに察しがついた。
勝負は抜き合わせてみなければ分からぬものとはいえ、小隼人の剣は喜左衛門に次ぐほどというから、おそらく鬼助の命はないだろうと思われた。
あと一歩早ければ鬼助の命は助かったかも知れないのに、小隼人の怨念は斯くも強固であったかと悔やんだ。
するとそこへ、鬼助がフウとベニを連れ立って、ひょっこり寺へと帰ってきた。
新右衛門は我が目を疑った。
それから鬼助を、両手で力いっぱい抱きしめた。
大粒の涙を零しながら、喜左衛門からの遺言を、鬼助に告げた。
「鬼助、よく聞けよ。そなたは、この村の割元、宮藤喜左衛門どのの、唯一の子息だったのだ」
「おらが…喜左衛門様のせがれ…?」
「左様。喜左衛門どのは、この鬼無里を守るため、すべての責めを負うて腹を斬った。首は拙者が運び、この寺に納めた。即ち喜左衛門どのはもうこの世にはない。鬼助、拙者が申したきこと、どういうことか分かるか?」
鬼助は無言でかぶりを振った。
「鬼助よ、そなたはこれから宮藤喜助として生きていくのだ。この鬼無里を守っていくのだ。これが喜左衛門どのの遺した、そなたへの最期の言葉だ───」




