第十章 それぞれの戦い⑧
この浮世では、人は常に死と隣り合わせとは言え、喜左衛門が心に負った傷は深かった。
しかし村の長として、いつまでも悲しんでばかりはいられない。
喜左衛門は、村に戻ってあやめの弔いを出すと、子は山小屋で、ベニに貰い乳をして秘かに育てる事にした。
跡継ぎが生まれたと小隼人に知れれば、再度刺客を差し向けてこないとも限らない。
これまで通り山小屋で育てれば、当面はその危険からは逃れることができるとの判断からである。
そして子が二歳になった折、喜左衛門はその子を、雲海院久安和尚の元へと預けることに決めた。
喜左衛門には、あやめの今際の際で交わした約束がある。
息子を宮藤家の後継ぎとして、立派に育て上げねばならない。
だが少なくとも元服までは、松代に存在を知られるわけにはいかない。
そこでまずは久安の許で、秘かに文字や教養を学ばせたようとした。
喜左衛門は、久安には事情をすべて打ち明け、鬼無里割元に恥じぬよう厳しく仕込んでくれと伝えた。
また、剣を学ぶ機会があれば学ばせてやってほしいとも依頼し、先祖伝来の刀を預けていた。
久安は喜左衛門の言葉通り、その子供に常に厳しく接した。
剣を学ぶよう勧めたこともあった。
宮藤家へ遣いにやることも度々あった。
自分が父だとは名乗れなくとも、二人の間には、親子の情が必ずあったはずだからである。
但し村人は、突然寺に現れた聡明で心優しい少年を、異端児として怪しんだ。
そして鬼の子鬼助とあだ名して蔑んだ。
ただ喜左衛門も久安も、村人の勘ぐりには敢えて強く否定はしなかった。
そのほうが、小隼人の眼を惑わすには却って都合がよかったからである。
鬼助に苦労をかけることになろうとも、いつか立派な鬼無里の割元になってくれるだろうと信じたからである。




