第十章 それぞれの戦い⑥
まずは身重のあやめを、奥裾花にある五郎兵衛とベニの元にやり、そこで身の安全を確保しようとしたのである。
ベニのところには、つい先日女の赤子が生まれたばかりであり、山小屋とはいえども、妊婦であるあやめを休ませるには都合が良かった。
この案自体は功を奏した。
あやめは重病で臥せっていると村人には喧伝し、実際にその姿は人前から消えた。
村人はひどく同情したが、それが却って信憑性を増した。
その後喜左衛門は、村に現れた刺客らしき男を一人生け捕りにした。
男には尋問する振りをして、あやめが重病であることをそれとなく聞かせてから、奉行へと届け出た。
後日奉行からは、下手人は身元不明の浪人で、取り調べには黙秘を貫き、夜分舌を噛んで自死したと報告があった。
だが家中から漏れ聞こえてきた話では、その日の内に毒殺されたらしかった。
宮藤家にまつわる情報を収集した上で、口封じのために消されたわけである。
結果として、以降村には怪しい人影は見えなくなった。
小隼人の目的が、あやめの命とお腹の子であったことは明らかであり、重病とあれば、今はこれ以上の危険を冒してまで、宮藤家を狙う理由がなくなったに違いなかった。
やがて、山小屋ではあやめが元気な男児を産んだ。
お産のとき、喜左衛門は産婆も兼ねる老婢のヨネを背負って、必死に山を登った。
全身ボロボロに疲れ切ったが、生まれてきた子の顔を見るだけで、そんな苦労は一瞬にして吹き飛んだ。
待望の後継ぎが生まれたことで、あやめとは手を取り合って喜んだ。
父の勇敢さと、母の優しさを受け継いだであろうこの子を見つめながら、夫婦は寄り添って一晩を明かした。
しかし、喜左衛門には割元としての役目がある。
後ろ髪を引かれる思いで、喜左衛門は山を降りた。
山小屋には五郎兵衛やベニがいるから、当座の心配はないはずであった。




