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第十章 それぞれの戦い⑤

       *


 大日方五郎兵衛とベニが原小隼人から逃れ、一夜山へと駈落ちしてからしばらくして、鬼無里割元宮藤喜左衛門の妻女さいじょあやめに、懐妊かいにん兆候ちょうこうが見られた。


 村を治める大名主の家とあって、喜左衛門とあやめのみならず、義父の武兵衛も実家の喜内も、諸手もろてを挙げて喜んだ。


 そんな中、松代から一通の報せが喜左衛門の元へと届いた。

 差出人は不明で、かつて共に剣の修業をした仲だということが、文面から匂わせてある。


 その書状にいわく、今般こんぱん家老原小隼人が、貴殿の命を狙い刺客せっかくを差し向ける用意をしている。

 恥ずかしながら手前は小隼人に対し直接の諫言かんげんは叶わぬが、かつての朋輩ほうばいを見過ごすに忍びず、こうやって筆をった次第である。

 よもや剣の達人たる貴殿が討たれるとも思われないが、十分用心されたし云々、と。


 喜左衛門はこれを読んで、決して悪戯いたずらだとは思わなかった。

 五郎兵衛とベニ駈落ちの際、喜左衛門は小隼人に呼び出しを受けた。


 そこでは賢明なる家士の取り成しもあって、一旦はとがめを受けずに済んだ。

 しかしその場で小隼人は、「この世の地獄を見せる」と呪いの言葉を吐いていた。

 今になって、その呪いを実行に移さんとしているのだと分かる。


 だが書状にある通り、刺客にむざむざ討たれる喜左衛門ではない。

 いざとなれば刃を交え、返り討ちにしてくれようという気持ちでいた。


 そんな或る日、宮藤家に勤める女中が、つかいに出たきり戻らず、村はずれで斬り殺された死体となって見つかるという事件があった。

 その事件の三日後、今度は下男が、同様に斬られて死んだ。


 これら事件に鬼無里村は騒然となった。

 下手人の手掛かりは一向に見つからず、奉行へ届け出ても、割元は村に於いて捜査権も持ち合わせているのだから、喜左衛門自ら調べよ、と取り付く島もない。


 ここで喜左衛門は、ようやく事態が容易ならぬことを悟った。

 すなわち小隼人は、喜左衛門自身に危害を加えるのではなく、周囲の人物を標的にして刺客を差し向けて来たのである。

 身の回りの大切な人物の命を奪う。

 これが小隼人の言う「この世の地獄」であった。


 平素冷静な喜左衛門も、この時ばかりは青ざめた。

 妻のあやめは子をはらんでいる。

 もし刺客に狙われるようなことがあれば、愛する妻とおなかの子の命が危ない。

 この時機に小隼人が動き出したのだとすると、あやめが身籠みごもったのを既に知っての行動かもしれない。


 そこで喜左衛門は一計を講じた。

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