第十章 それぞれの戦い④
「お手前に、それがしの介錯をして頂きたい───」
新右衛門には、予期された願いだった。
新右衛門の当初の予定では、当日百姓ら出立の様子を見届けた後、ひっそりと鬼無里を発ち、できるだけ早く江戸へと戻る手筈であった。
予定通り旅装をまとめたのだから、さっさと帰路につけばよかったのである。
しかし、そうはできなかった。
新右衛門は、鬼無里割元宮藤喜左衛門が松代へ同行していないと知って、自ら責めを負うて腹を斬るのではないかという予感があった。
喜左衛門を誰にも知られず切腹させていいものか。
同じ武士として、新右衛門は捨て置けなかった。
この稀代の勇士は、自分の手で介錯してやろう。
そういう腹積もりで、この屋敷を秘かに訪れたのである。
「それならばお安い御用でございます。拙者でよろしければ、是非、介錯を承りましょう」
「忝い…」
喜左衛門は満足そうな笑みを浮かべた後、
「最後にあとひとつ、それがしのもうひとつの願いを聞いていただけはしまいか」
一転、真剣な眼をして言った。
新右衛門は訝しんだ。
この宮藤喜左衛門は鬼無里の英主であり、すべてを用意周到に仕組んできた。
おそらくはこの里も安泰であり、この期に及んで新右衛門に託すことなどなさそうに思える。
本音を言えば、御庭番としての役目を貫徹しなければならない新右衛門にとって、新たな願い事をされるのは、あまり歓迎されるものではない。
一方で、これから散りゆく喜左衛門が、もしなにかを望んでいるのだとしたら、それに応えたいという気持ちもあった。
「拙者にできることであるならば…」
逡巡の後、新右衛門は応えた。
「忝い…」
喜左衛門は再び礼を言って、深々と頭を下げた。それから、
「では新右衛門どのを見込んで、すべてをお話いたしましょう。それがしの倅、鬼助についてのことでござる」
眼を閉じて静かに語り始めた。
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