第十章 それぞれの戦い③
「先般我らの元に、松代に於ける原小隼人及び田村半右衛門の暴政を訴える密書が届いた。更に何やら百姓どもが不穏な動きをしているともいう。万が一騒擾が起きることになれば、次第によっては公儀より真田家への咎めを要する。それゆえこれらにまつわる委細調べを進めるために、拙者は当地へ参った。拙者は鬼無里に於いて、百姓ども及び田村半右衛門の行状を探り、或る程度の成果を得た。即ち、田村の仕打ちこそ卑劣であり、百姓どもの訴えには相応の筋が通っているということ。果たして今松代でどのようなことになっているかは分かりかねるが、おそらく百姓どもへの咎めはないと見て、間違いないでござろう」
そこまで聞いて、喜左衛門は満足そうに頷いた。
その様子を見た新右衛門は、不思議そうにして言葉を続けた。
「拙者からも、上には村々は責めざるよう報告するつもりでござるが、貴公なぜ腹を召さるるおつもりで?」
喜左衛門は背筋を伸ばし、堂々とした態度で答えた。
「公儀からの咎めはなくとも、それがしの指揮致したことは御殿様への裏切りであることには相違ござらん。御殿様の顔に泥を塗ったとあれば、やはり潔く責めを負うのが武士でござろう。それに、それがし一人がすべての責めを負えば、鬼無里の民も他の村々も、迷惑を被ることはなくなるであろう。更に公儀から何の咎めも無きというお墨付きが手に入れば、領民どももこれまで通り心安く暮らせるというものでござる」
確かに喜左衛門の言うことには一理あった。
傘連判状で訴状を提出したとして、後々署名したすべての村々に何かしらの意趣返しがないとは限らない。
それならば、一人が代表して責めを負うというのは、理に適っている。
それもただの名主でなく、城下にて抜群の人気を誇る喜左衛門が腹を斬ったとあれば、民衆はおろか藩候真田伊豆守すら慈悲の涙を流すに違いない。
「話は分かり申した。それで、拙者に対する願いとは一体何でござろうか?」
新右衛門は薄暗い座敷に這入って、喜左衛門の前に座した。
二人は対峙して、暫し黙して顔を見合わせた。
そして、喜左衛門が口を開いた。




