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第十章 それぞれの戦い①

 一方その頃、大日方五郎兵衛をはじめとした鬼無里村一行は、ちょうど松代へと辿り着いたところだった。

 結局喜左衛門は約束の刻限こくげんには間に合わず、五郎兵衛が一団を率ることとなった。


 集合した者は七十三ヶ村より二千人余りに達し、いずれも凶器を携え、団結して松代城下へとなだれ込んだ。

 この時狡猾(こうかつ)なる田村半右衛門は、自らの危機を察知し、旧知の商家に潜伏せんぷくしていたという。

 群衆はそれを知るや屋敷を取り囲み、口々に半右衛門の身柄を引き渡すよう要求した。


 折から、この騒動鎮撫(ちんぶ)のため町奉行が出馬したのを好機とし、総代を務める大日方五郎兵衛が一歩進み出でて、町奉行に対峙たいじした。

 喜左衛門より託された嘆願書を読み上げる算段である。


「おおそれながらをもって、口上書こうじょうがき願いたてまつ候御事そうろうおんこと!」

 枯れるほどの声で訴状を読み進め、いよいよ文末へと辿り着いたその刹那せつな、五郎兵衛は我が目を疑った。


 本来であれば、誰が首謀者しゅぼうしゃか分からぬよう、村名主の名を円環状に書いた傘連判状の署名が入っているはずだった。

 それが、いま手元にある書状では「鬼無里村割元 宮藤喜左衛門」と、喜左衛門一人の署名となっているのである。

 よく見れば、文面も久安に代筆させたものではなく、喜左衛門自身の筆跡となっている。


「五郎兵衛どの、どうかなされましたか?」

 脇から、他の村役人がいぶかしんで声をかけた。

「……」

「五郎兵衛どの、いかがなされた?ここまで来たらもう後戻りはできませんぞ!」

「わ、分かっておる」

 五郎兵衛は観念して瞑目めいもくした。

「───以上如くにして、極悪非道なる田村半右衛門の身柄を、我らの元へ譲り受けたし!」

 総代の絶叫に呼応して、雲集うんしゅうした二千余の民が、一斉いっせい勝鬨かちどきを上げた。


    *


 それと同じ頃、人気のない鬼無里の里に、一人の旅姿をした武士が、闇夜に紛れて歩いていた。

 その武士は編笠を深くかぶり、人目に付かぬよう足音を忍んで歩み、割元宮藤家の前に立ち、門を見上げた。


 門にはしっかりと閉まりがしてあり、屋敷の庭すら伺い見ることはできない。

 武士は白塗りの壁に沿って歩き、一瞬立ち止まったかと思うと、パッと身を躍らせて壁を飛び越えた。

 音もなく庭に降りると、何事もなかったかの如く、さらに歩みを進め、離れ座敷の縁側えんがわ前で佇立ちょりつした。


「そこにおるのは何者だ?」

 離れ座敷の中から声がした。


「これは喜左衛門どの、さすがに見破られましたか」

「その声は新右衛門どのか?何をしにここへ参られた?」

 薄い障子しょうじを隔てて、二人は声をわす。

 喜左衛門の声は、僅かに怒気どきを含んでいる。


「新右衛門どの、そなたが何者かは知らぬが、もし松代からの回し者ならば、わしはそなたを斬らねばならん」

「拙者は決して松代からの回し者などではございませんぞ。そのあたり、少し話がしたいゆえ上がらせてもらってもよろしいですかな?」

 新右衛門の口調は落ち着いていた。


 ややあってから、

「ではそこからお上がり召され」

 と返事があった。


 新右衛門は草鞋わらじを脱ぎ、笠を取って縁側に上がった。

 障子の前に立つと、中では蝋燭ろうそくの光が揺れているのが見える。

「開けてよろしいかな?」

 今度はすぐに、

「どうぞ」

 と声がした。

 こちらの声も至極しごく落ち着いていた。


 新右衛門は障子に手をかけた。

 そこで一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。

 深く息を吸ってから、意を決して障子を引いた。

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