第八章 祭と政(まつりごと)⑧
*
原小隼人が鬼無里へと移送されてから数日後、松代十万石領内の村々に、村の代表を城下へ寄越すよう達しがあった。
各村からは、何事やあらんと大名主、名主がそれぞれ松代へと集った。
その中には当然、鬼無里の割元である宮藤喜左衛門の姿もあった。
そして居並ぶ名主たちを前にして、新家老田村半右衛門が口火を切った。
「今年は検地及び宗門改め諸々、その方らの迷惑致す年中行事は特別に免除して遣わそう。さすれば百石に付き一割五分、余分に上納を差し出せ。もし不承知の村があらば、そこには役人を遣わし、これまで免除となっている田畑を差し押さえる所存ゆえ、左様心得よ!」
この言葉を聞いて、名主一同は色めき立った。
村々には、日頃より藩財政の困窮を言い訳に、苛烈な年貢の取り立てがある。
百姓はどの村でも疲弊しきっている。
半右衛門は事もなげに言うが、名主たちは、村に戻って村民に説明をせねばならない。
一割五分の割り増しなど、誰も納得するはずはないのである。
名主たちが困惑の面持ちで互いに顔を見合わせていると、半右衛門は薄ら笑いを浮かべてさらに言葉を続けた。
「藩のため御用金を差し出すものに限り、博奕は元より例え盗みを致したとしても大目に見てやろう。もし盗みのやり方を知らぬなら、身共が指南して遣わすぞ」
言葉が終わるとともに、座敷には水を打ったかの如く静けさが広まった。
まさか藩家老ともあろう武士が、盗みを奨励するなどあっていいはずはない。
誰もが己の耳を疑ったのである。
しかし、半右衛門はニヤニヤと笑いを浮かべたままで、静まり返る座敷を眺めていた。
その時、その静寂を破って────
「博奕盗みは天下の御法度にござる。いかにお上の御命令であろうとも、左様な行いは御免被りましょう。我らは未だ、人の道を外れてはおりませぬ故!」
座敷の後ろのほうから、毅然とした声が飛んだ。
誰もがハッとそちらの方向を振り返った。
声の主は、鬼無里割元宮藤喜左衛門である。
座敷はわっと沸いた。
半右衛門の脇に付いていた藩士の顔にさえ、満面の笑みが広がっていた。
「黙れ黙れ黙れ!身共を誰だと思うておる!たかが名主如きがこのわしに生意気な口を利きおって。汝らに意見をする筋合いなどは微塵もない。黙って言う通りにせい!」
新参者の半右衛門が、喜左衛門の顔を知らなかったのは無理もない。
だがこの場に臨席した武士で、かつて城下一と謳われた剣士を知らぬ者はいない。
若い士などは、羨望の眼差しを以て、喜左衛門を見つめている。
それは名主たちも同じである。
武士よりも武士らしい喜左衛門が味方にいれば、田村半右衛門なぞは怖るるに足らぬ。
居並ぶ名主たちは、半右衛門の怒号を聞き流しながら、皆で顔を見合わせて頷いていた───
そしてその日の夜、村々の長は、喜左衛門の逗留する宿に秘かに集まった。
「いよいよあの目論見を行う時がやって参りましたな」
感慨深げに高山村の肝煎が言った。
「長かったですな。半年は待ちましたか。しかしあの田村の言葉にはいよいよ堪忍袋の緒が切れましたぞ。今度こそ、必ずや成就させてやりましょう」
軽井澤村の組頭も続いた。
実は今から半年ほど前、この日と同じように、名主たちが松代へと集められたことがあった。
この時には、名主個人に過当な御用金を課した挙句、「先納」「先々納」と称して、一年に三年分の年貢を納めるよう達しがあった。
これだけでも集められた名主の憤りは甚だしかったが、事はそれだけにとどまらなかった。
この日の召集に、事情があって遅参した者が二人あった。
急な呼び出しであっただけに、それもやむを得ないことだった。
しかし、半右衛門は大いに怒って、
「汝らは上を侮る不埒ものである」
と叱責し、見せしめのためだと称して、重罪でも犯した者の如く、手鎖腰縄で市中を引き回し、晒し者としたのである。
この行為に、名主たちは黙っていなかった。
彼らは後日鬼無里村へと集まり、半右衛門を引きずり下ろすために蜂起の計画を立てたのである。
まず嘆願書は、誰が首謀者か分からぬよう雲海院の久安和尚に書かせ、傘連判状で連名の署名とした。
鬼助が喜左衛門へと届けた、あの書状がそれである。
即ちあの満月の夜から、蜂起の計画は秘かに進行していた。
あとはいつ実行するかが問題であった。
そしてその機会が、この度やっと到来したと見え、村々の名主は喜びに沸いているのである。
「わしの聞いた話では、田村はここしばらくは松代へと滞在するとのことでござった。さすれば決行の日は、来月七日はいかがであろうか。毎月七日、田村の奴は群奉行宅にて囲碁を打つのが習いになっておるゆえ」
名主たちが膝を突き合わせて議論する様子を、喜左衛門は腕を組んで見つめていた。
それからおもむろに立ち上がって、
「よしお手前らの申す通り、翌月七日夜決行するとしよう。後先のことは考えず、存分に暴れてくれよ!」
一同を鼓舞するように、大音で言った。




