第八章 祭と政(まつりごと)⑤
あの祇園祭の日から幾日か過ぎた後、鬼無里の里には何やら騒がしい空気が漂っていた。
村人の一人が喜左衛門に何事かと問うたところ、本日某所より罪人が一夜山の山牢へと移送されてくるのだという。
「咎人?こんな時に何者だ?」
と村人は不思議がるが、喜左衛門は口に緘して語ろうとはしない。ただ一言、
「松代で決めたことで、我らには関わり合いのあることではない」
として、村人にはあまり騒ぎ立てをせぬよう達しを出した。
噂によるとその罪人は、これまで清野村に蟄居していたのを、藩命により鬼無里の山牢へと移送されるのだという。
単なる移送にしては朝から随分物々しい雰囲気で、一体どのような凶悪な罪人が来るのか、村人は戦々恐々としていた。
そしてその日の午後、検使を伴い、罪人一行が鬼無里に現れた。
槍を掲げた若党が先導し、その後に検使と山駕籠が続いてやって来た。
普通罪人を乗せるには、竹で編んだ粗末な唐丸籠を用いるところ、この山駕籠には麻布の垂が掛けてあって、通常の物より立派な造りをしている。
見ようによっては、誰が乗っているかを秘匿しているようでもある。
駕籠の後ろには家士数名に、供となる中間も複数附き従っている。
列は村を進んで、喜左衛門屋敷の前で一旦止まった。
そこで喜左衛門が役人の持参した書類を改めていると、
「おい誰かこの垂を上げろ」
駕籠の中から声がした。
役人は明らかに狼狽え、喜左衛門の顔をチラチラと伺っている。
「何をしている。さっさと垂を上げんか。喜左衛門がそこにいるのであろう」
声の主はさっきから偉そうな態度を崩さない。
その圧力に負けて、役人は中間に命じて麻布の垂を上げさせた。
山駕籠の中には、罪人が、手枷もなく、腕を組んで胡坐をかいている。
上等な紬の袷を身に着け、顔に無精ひげも見当たらない。
ただ痩せて頬はこけていて、落ち窪んだ眼は、狂人の如くギラギラと輝いていた。
「おい喜左衛門、無沙汰であったな。しばらくここで世話になるぞ」
喜左衛門は敢えて無視するように、書面に眼を落したままでいた。
「フフフ、落ちぶれた俺と話す口は持たぬというか」
罪人は、獣の様な眼で下から睨めつけた後、
「うぬとはいつか必ず決着をつけてやるから見ておれよ!このままでは決して終わらせんぞ!俺とうぬには、やり合うだけの因縁があるのだからな!」
大音で喚くのに耐えかねて、役人が垂を下ろした。
喜左衛門は黙って書類を見つめていた。
罪状及び罪人を示す書面には、原小隼人の名が書かれていた───




