表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/84

第八章 祭と政(まつりごと)①

 鬼助が初めて奥裾花の山小屋へ行ったのは、水芭蕉の花が咲き乱れる四月のことであったから、それから四ヶ月ばかりの月日が流れようとしていた(この年はうるう六月があった)。

 その間鬼助は、人目を忍んで、何度かフウの元へと遊びに行った。


 山小屋でフウと家族同然に過ごしていると、この少女は見た目こそ違えど、自分と何ら変わりのない人間だということを実感できる。

 不思議な霊力などは少しもなく、人と同じように、泣いたり笑ったり悩んだりする。

 だからこそ、鬼助はこの無力な少女を守らなくてはならないと、強く思うのであった。


 普段の鬼助は、相変わらず新右衛門を相手に剣術の稽古で、時には一日たっぷり木刀を振るうこともある。

 この日も午前の稽古が終わって汗をぬぐっていると、

「この頃随分と熱がこもっておるの。どういうつもりか知らぬがあまり無理をするでないぞ」

 と、新右衛門はいつもの明るい態度で言った。

 鬼助は、フウを守るために頑張っているとも言えず、この場は曖昧な返事をして誤魔化した。


 それにしても、新右衛門がこの寺に来てからもう随分になる。

 いつまでもここに滞在して、やる事と言えば散歩に鬼助との稽古くらい。

 武士にもかかわらず、目的もなく日々を無為むいに費やしているように見えて、却って鬼助のほうが心配になってくる。


 だが本人は至って屈託ない様子で、

「そういえばそなた、明日の村祭りはどうするつもりだ?」

 などと呑気に鬼助に問うた。


 この鬼無里には、祇園社ぎおんしゃと呼ばれる小さな雑社が、かつてあった。

 今となっては火災で社殿は失われてしまったものの、毎年七月十五日には、祇園祭と称して村総出の祭日となる。

 鬼無里千石の祭典で、十五日から二十日までの間、村に市が立ち、村人は夜通し踊り狂い、大層な賑わいを見せるのである。


「どうした?左様に浮かない顔をして」

 問いかけに鬼助がいつまでも黙っているので、新右衛門は怪訝けげんな顔をしている。


 実は、鬼助が祇園祭に行ったのは、たった一度しかなかった。

 その時は、村の子供たちに執拗しつようにいじめを受けたから、以来祭には寄り付こうともしていない。

 普段は厳しい久安も、この日ばかりは鬼助に村へ行くよう勧めるのだが、鬼助はがえんじず、克林ばかりが楽し気に山を降りるというのが毎年の事だった。


 もしフウと共に行くことになれば、自分がいじめられることなどは我慢しようと思っていたが、それも駄目になった今となっては、祭に行くつもりなどは毛頭なかった。


「おらは今年も祭には行くつもりはありません」

 鬼助が不貞腐ふてくされたように言うと、

「それは困ったな。この村の祭は大層にぎわうと聞くから、そなたに案内を頼もうと考えていたのだが…」

「克林に頼めば案内してくれると思いますよ」

「克林ではチト頼りなさそうなのでな。わしはそなたを見込んで言うのだぞ。剣術稽古の月謝だと思って考えてくれんかの…」

 新右衛門はいたずらっぽく笑って、鬼助の肩に手を置いた。


 こう言われれば、初手から断れないことは明らかである。

「分かりましたよ。連れてけばいいんでしょう」

 鬼助は渋々ながら、承服せざるを得なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ