第七章 秘密②
「なんと戻ったか!心配をかけさせおって。どこをほっつき歩いておった」
「和尚、それについて少しお話したいことが…」
「何か悪さでもしおったか?まあよい中に入れ」
棘のある言葉とは裏腹に、案外機嫌は悪くなさそうである。
鬼助は静かに襖を開け、久安の前へと進んで座した。
「改まってどうした?ゆうべ帰ってこなんだが何かあったのか?いつも心配をかけさせおって」
「お、和尚実は…」
鬼助は緊張で喉が渇き、思わず声がかすれた。
それを見て、久安もいつもの様子でないことに気づいて、
「なにか言いたいことがあるなら遠慮せずに言わんか。怒らないから言ってみろ」
なだめるように言った。
やがて鬼助は、ようやく何かを覚悟したかの様に口を開いた。
「実は…おら昨日山である人に会ったんです」
「ある人?」
「フウって女の子です」
「───!」
「木曽殿あぶきの辺りで崖から岩が墜ちてきて、おらが頭をぶつけて倒れてたところを助けてくれて、それから奥裾花にある小屋で手当てもしてくれたんです…」
「そ、それでお前、会ったのはフウだけか?」
「いえ…、フウのおっかさんと五郎兵衛さんにも小屋で会いました」
「なんと……」
久安はここで絶句した。
視線は畳の目に落ちて、左右に落ち着きなく揺れている。
そのまま黙っているので、鬼助は仕方なく言葉を続けることにした。
「五郎兵衛さんが、フウのことなら和尚から話を聞けって。五郎兵衛さんからはどこまで話していいか分からないって、そう言ってました。おらにはなんのことかさっぱり分からないからこうやって和尚に聞いてみたけど、言いにくいことならば何も言わなくてもいいです。おら、フウのことを誰にも喋るつもりはないですから」
鬼助はこの場の張りつめた空気がいたたまれず、言い訳のようにすらすらと言葉を並べ立てた。
しかし久安は、その言葉を聞いているのかいないのか、
「そうか…。いつかはお前にも話さなくてはならないことだが、今フウに出会ったというならそれも運命だろう。よかろう、夜にまたここへ来なさい」
そう言い残すと、虚ろな眼のまま立ち上がって座敷を後にした。
その場に残された鬼助にとっては、結局何も判明しないままである。
だが久安のあの様子では、余程重大なことに違いない。
夜までもどかしい時間が続くと思うと、鬼助の心は晴れなかった。




