第六章 楓と水芭蕉⑫
昨晩と同様、鬼助は一家と仲睦まじく朝餉を摂り終わって、いよいよ寺へ戻らねばならない時刻となった。
鬼助が土間で草鞋を結んでいると、その脇で五郎兵衛は、やけに重装備をしている。
「五郎兵衛さん、随分荷物が多いね。ここから寺まで道が険しいんかい?」
「なにこいつは山歩きのためじゃねえ。おれは一旦村のほうへ戻って、ボウヤの仕事をしなくちゃならねえ。銭を稼がなきゃ仕入れもできないからな。だからここに帰って来れるのはよくて三日にいっぺんだ。こいつらには苦労をかけているが、よく我慢してくれているよ」
五郎兵衛は背に負う荷物の紐を締めながら、しみじみと語った。
「さあ鬼助、そろそろ出かけるぞ」
五郎兵衛が支度をし終わって立ち上がっても、鬼助はしばらく板の間に腰かけたままでいた。
ここで過ごした一晩は、鬼助にとってかけがえのないもので、その名残り惜しさが募るのである。
そんな鬼助を、五郎兵衛は黙って見つめていた。それから、
「おいフウはどうした?鬼助がもう帰るんだ。見送ってやれよ」
小屋の奥へと声をかけた。
フウはベニに連れられて、奥の部屋から力ない足取りで歩いてきた。
鬼助が気配に気づいて振り向くと、フウは真っ赤な眼をして、大粒の涙をこぼしている。
「フウよ、なにもそんなに泣くことはねえ。また鬼助には遊びに来てもらえばいいんだ。おれはいつも言っているだろう。何かあったら、おれたちが頼れるのはこいつだけなんだ。鬼助を信用して待っていればいいんだ」
五郎兵衛がなぜ鬼助を頼りにするのか、今はまだ分からない。
だがこの一家が信頼を寄せる以上、鬼助は何としてもそれに応えねばならないという気持ちになった。
鬼助は、フウの眼を真っ直ぐに見つめて、
「また必ず来る。何かあったらすぐに駆け付けるから心配しねえでくれよ」
胸を張ってにっこりと微笑んだ。




