第六章 楓と水芭蕉④
声を発することすらできなかった。
眼の前に現れた人物は、髪も肌も、雪か絹糸の如く真白い。
そして薄汚れた縞の小袖から延びる手足はか細く、これらも透き通るほどに白い。
まつ毛さえも白く、その奥に光る瞳は、両の眼ともうっすらと紅かった。
「あなた、怪我をしているの…?」
鬼助は応えることができなかった。
その理由は、恐怖からではない。
老婆だと思っていたその人物は、鬼助と同い年くらいの少女であった。
ひとつに結んで背中へ垂らした髪は、まるで媼の如く真っ白ではあるが、唇はうす桃色に染まっていて、鼻筋は高く、おとがいは細く、まるで博多人形の如き美しさをしている。
鬼助が何も物を言えずに黙っていると、
「頭を打ったの?近くにあたしの家があるからそこへ行きましょう」
少女は軽い足取りで歩みを進め、鬼助に近づいてきた。
向こうはこちらに対して、些かの警戒心もないように見える。
「さあ手を貸して」
言って少女は、鬼助の腕を、自らの肩にかけた。
「歩けるかしら?」
少女の優しい声が耳元で響く。
確かに頭はふらふらするが、肩を借りればなんとか歩けそうである。
「ねえもっとこっちに寄り添ってくれないと歩けないよ」
遠慮して身体を突っ張らしている鬼助を、少女はか細い体で懸命に支えようとする。
「おめえ、何でおらに親切にしてくれるんだ?」
「あたしあなたのことを知ってるの。ずっと前から」
「ずっと前?でもおらが初めておめえを見たのは……」
「あの日は月夜だったから少し遠出をして散歩をしていたの。確かに会ったのはあのときが初めてかも。でもずっと前から知っていたのよ」
その言葉通り、少女は鬼助に対して人懐っこい笑顔を向ける。
「おらのことを知ってるなら、話しかけてくれればよかったのに」
「でもあのときのあなたはとても怯えていたし。それに……」
少女は笑顔を一転して曇らせて、
「あたしはこんな見た目だから、人目を避けて生きなくちゃいけないの。だからあなたを見たとき、咄嗟に逃げ出そうと思ったの」
力のない声で言った。
鬼助は、冷や水を浴びせかけられたかのような思いがした。
確かに鬼助は、少女と初めて会ったあの夜も、そしてさっきまでも、この娘を山に巣食う化物だと思い込んでいた。
鬼助がそう思ったのは、少女の髪色が、幽霊や鬼女を連想させたからである。
しかし、今こうやって言葉を交わしてみれば、この少女は、自分とは少しも変わらない、普通の人間であることが分かる。
このページのイラストは、AI生成によるものです。




