第五章 浪人と剣術⑥
鬼助が呆気にとられたまま地面に落ちた木刀を眺めていると、
「おい鬼助、新右衛門様の腕前、たまげたもんだなあ」
どこで見ていたのか克林が現れて、興奮を抑えるようにして耳打ちした。
「喜左衛門様とどっちが上だと思う?」
「さあ…おらはそんな剣の腕をどうこう言えるほどじゃねえから分からねえよ」
「どっちにしろあの新右衛門様てのはおそろしい手練れだど。そんなお方が、こんな村に何日も留まったりして怪しいと思わんかい?」
鬼助が黙っていると、克林は更に声を潜めた。
「あのお侍、きっと誰かの仇討で全国を旅しているにちげえねえど。きっと松代に仇が居るのを見つけて、それでこの村でしばらく機を伺ってるに決まっとるで」
確かにこの時代、仇討は幕府より公認されており、忠孝の美挙として武士に実行する者甚だ多く、町人もまた賛美を惜しまなかった。
謂わば一大流行となっていたのである。
ただ鬼助にしてみれば、仇討を意図するには新右衛門の振る舞いは明るすぎるし、敵を討つような執念や至情はとても見受けられない。
「おらは仇討なわけねえと思うけんどなあ」
「でも武士を捨てるだなんて言ってるわりに、剣の腕がやたらええのもおかしな話だで。あれだけの達人だったら、そう簡単に武士を捨てるわけねえやなあ。おらたちの目をくらますための嘘に決まってるど。おらたちを騙してこの寺で暮らして、いつか松代にいる仇をやっつけるんだで」
克林はどうしても仇討にしたいらしく、語り口も熱を帯びている。
「おめに剣を仕込んでいるのも、ひょっとしたらおめを助太刀に付けようって腹積もりかも知れねえど。半端な気持ちで稽古してたら、真剣勝負のとき死んじまうかもしれねえから気を付けろよ」
真面目な顔をして話す克林に向かって、
「馬鹿々々しい……」
鬼助は一笑に付した。
例え新右衛門が仇討のためにここに滞在しているのだとしても、まだ元服もしていない鬼助を助太刀にさせるなどあり得ない。
鬼助にしたって、武士でない自分が、一生に一度でも真剣勝負をするなどあるはずもない。
確かに、新右衛門の素性には些か謎はあれども、鬼助は深く穿鑿しようとは思わなかった。
第六章に続きます。第六章ではいよいよ物語が動き出します。




