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第五章 浪人と剣術③

 暮六くれむツを報せる鐘の音が、ふもとの松厳寺で鳴った。

 ここ雲海院では、その鐘の音を以て夕餉ゆうげが始まる。

 夕食の匂いに釣られてか、食堂じきどうには新右衛門が呑気に顔を出した。

 今では旅装はすっかり解いていて、着流し姿で脇差のみを帯びている。


 夕食の支度は、すべて鬼助と克林の二人ですることになっていて、客人が来たからとて、粗末な精進料理であることには変わらない。

 だが新右衛門は、特に嫌な顔をするでもなく、珍しそうに山の幸を眺めている。


 そうこうしている間に、いつも通りに久安が姿を現した。

 新右衛門は久安を見るなり、静かに合掌して挨拶をする。

 この辺りの禅宗の礼儀も、この侍はわきまえているようだった。


 四人はそれぞれの座について、克林が五観のを唱えた後、一礼して皆黙々と食べ始めた。

 克林は、新右衛門の姿を見たのがこの時初めてだったから、興味津々にその一挙手一投足を眺めている。


 どことなく違和感のある沈黙が続く中、鬼助は手に持った椀を置いて、やがて神妙な面持ちで言った。

「和尚、実は相談したいことがあるのですが」

 常になく緊張した様子の鬼助に、久安は少し怪訝けげんな表情を見せてから、

「なんじゃ、言うてみい」

 あくまでも無関心そうに返事をした。


 鬼助は生唾をゴクリと飲み込んで、かすれた声で言葉を発した。

「───おら、この新右衛門様に剣術を習いたいのです」

「……」

 久安は眉根を寄せて鬼助を見据えた。

 それから新右衛門のほうをチラと横目で見遣みやった。

「……」

 当の新右衛門は、素知らぬふりをして椀の汁を飲んで、久安の視線をかわしている。


 久安はよく動くその眼の奥で、じっと何かを考えているようだった。

 返事をせずにそのまま黙り続け、奇妙な静寂が食堂に流れる中───


「鬼助が習うならおらも習いたい!和尚、お願いします」

 唐突に声を上げたのは、克林である。


 以前から希望していたことでもあるから、この機に乗じて自分も習いたいと割って入るのは、自然な行動であろう。

 克林にも深い考えはないと見えるが、久安は、

「たわけ!おまえは剣を習う必要などない」

 即座にその懇願を一蹴した。


 項垂うなだれる克林を横目に、鬼助も「やはり駄目か…」と、半ば諦めの気持ちになった。

 すると久安は、

「だが鬼助が剣を習うのは構わん。やるからには音を上げずにしっかりやれよ」

 無表情のまま言って、あとは再び無関心そうに箸を進め始めた。


 しかし克林には納得できるはずもなかった。

「なんでえ鬼助ばっかりずるいど。なんでおらは駄目で鬼助はええんかい」

 口を尖らして不平を言えば、

「おまえはこの寺の小僧だから剣術を学ぶ必要はない。だが鬼助は頭も丸めていない。喝食かっしきにもあらず。いつかはこの寺を出て行かねばならぬ身ゆえ、剣を学ぼうともそれは鬼助の勝手となる」

 と、久安は煮物に箸を伸ばしながら、そっけなく言い放ったのだった。

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