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第四章 大日方五郎兵衛③

 五郎兵衛は一通り己の経歴を語り終わった後、

「村の奴らは勝手な噂をするが言わせておけばいい。なんにしたっておれは、喜左衛門様に何かあればすぐに合力するつもりだ」

 力強い口ぶりで鬼助に向かって宣言した。


 五郎兵衛がなぜ山にこもるようになったのか、細かいところは分からない。

 ただ鬼助には、五郎兵衛が、僅かであれ自らの過去を明かしてくれたのが嬉しかった。


「五郎兵衛さん、いろいろ話してくれてありがと」

「もう眠くなったからそろそろ寝るぞ」

 礼を言っても素っ気ないままで、五郎兵衛は鬼助に背を向けて腕枕をしてしまった。


 鬼助も仕方なくむしろに横になったが、何となく寝付かれない。

 むき出しになったはりと屋根板を見つめて、外の風音に耳を澄ましていた。


 五郎兵衛もまだ寝ないのか、時折寝返りを打っている。

 鬼助は身を起こして、

「五郎兵衛さんまだ起きてるかい?」

 と聞くと、曖昧な返事が返ってきた。


「五郎兵衛さん、おらもう一つ聞きてえことがあるんだ」

「……なんだ?」

 鬼助には背を向けたままでいるので、その表情を窺い知ることはできない。

 ただここまで来たら、鬼助にはもう言葉を続けるほかなかった。


「───五郎兵衛さん、おらは本当に鬼の子なんだろか?」

「なんだと?」

 五郎兵衛は半身を起こし、鬼助のことを背中越しに睨みつけた。

 その瞳には、炉の炎が映って赤く燃えている。


 鬼助はなんだか怖くなって、

「いやなんでもねえ。ただ五郎兵衛さんだったら何か知ってるのかと思っただけだから」

 といい終わる前に、

「おめえは鬼の子なんかじゃねえ。誰であろうと、そんなことを言う奴は相手にしなければいいんだ。分かったな!」

 と声を荒らげて否定した。


 何が五郎兵衛の機嫌を損ねたのか、鬼助には分からない。

 鬼助に対する同情心からなのか、或いは他に何か理由があるのか───


 五郎兵衛はそのまま背を向けて、あとは一言も喋らなかった。

 鬼助はその夜、しばらく屋根裏を見つめたままでいた。


 翌朝鬼助は、山に響く鳥のさえずりで目を覚ました。

 目をこすりながら身体を起こして、小屋の中をぐるりと見渡してみたが、五郎兵衛の姿はない。

 ゆうべ寝付けないでいたから、鬼助は朝寝坊をしてしまったらしい。


 ひょっとして五郎兵衛は、もうどこかへ立ち去ってしまったかと不安になって、鬼助は急いで小屋を出た。

 この日は快晴で、昨日とは打って変わって風も穏やかだった。


 小屋の周りは樹木が取り払われているから、朝日を身体いっぱいに浴びることができる。

 陽の光というのはありがたいもので、昨日暗闇ではなにかにつけて不安だったのが、今は太陽が出ているというだけで、お寺までなんとか戻れそうな気がする。


 前向きな気分で、小屋の前に寝ているシロに声をかけていると、五郎兵衛が木桶を携えて山道を戻って来るのが見えた。

「五郎兵衛さんおはよう」

「おう」

 常の如くぶっきらぼうだが、怒っている様子ではない。

「こいつで顔洗え」

 と、沢の水に満たされた木桶を差し出した。


 ゆうべ見せた怒りの態度はどうやら一時的なもので、本来五郎兵衛は、鬼助にとって優しく頼りになる存在なことには間違いない。

 顔を洗った後二人は、僅かばかりの干し芋を朝飯に食べて、雲海院へと出立した。

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