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第三章 紅葉伝説④

「おめえ、こんなところで何やってる?」

 五郎兵衛は松明を掲げながら、抑揚よくようのない声で鬼助に問いかけた。

「道に迷っちまったんだ。里に用事があって、その帰り道だったけんど…」

「……」

 五郎兵衛がいつまでも返事もせずに黙っているので、

「喜左衛門様のところへ届け物があって」

 沈黙に耐えかねて話を続けた。


 すると、五郎兵衛は片眉を僅かに上げ、鬼助の顔を凝視ぎょうしした。

 思いのほか端正たんせいな顔立ちが、髭の奥に見える。


 鬼助は何かまずいことを言ったかと思って、

「そうだ五郎兵衛さん、いま幽霊みてえな人影を見なかったかい?白髪のお婆さんみてえのだ」

 慌てて話を変えようと試みた。


 しかし、その言葉を聞いて、五郎兵衛の眼つきはますます厳しくなったように見えた。

「おめえそれをどこで見た?」

「ついさっきだ。シロが吠えたら逃げていった」

「そいつの顔を見たのか?」

「いや見てねえよ。ずっと後ろ向いたままどこか行っちまったから。五郎兵衛さん、あれは本物の幽霊だろかい?この山に幽霊は出るんかい?」

 鬼助は今思い出しても肌が粟立あわたつ思いがする。


 そんな恐怖に引きる鬼助を意にかいさないように、

「そいつは恐ろしいもんを見たな」

 眉間に皺を寄せたまま無感動に言ったあと、

「おめえ、これからどうする?おれは居小屋いごやへ泊まるつもりだが、付いてきたいなら来てもいいぞ」

 愛想のない五郎兵衛には珍しく水を向けてきた。


 鬼助としては、幽霊を見たことにまるで関心を示さないのが不本意ではあるものの、道に迷った今の状況では、五郎兵衛の存在は百人力といっても過言ではない。

「おらも居小屋に行っていいのかい?じゃあ世話になるよ」

 鬼助が言い終わる前に、五郎兵衛は松明をかかげて歩き始めていた。


 真っ暗な闇の中を、松明の光を頼りに五郎兵衛は進んだ。

 鬼助が迷ってしまったような道も、勝手知ったる庭の如く歩いていく。

 ずっと黙って歩き続けるものだから、鬼助はやや気詰まりになって、

「五郎兵衛さんはこんな夜になにしてたんかい?」

 と問うたが、五郎兵衛からの返事はない。


 仕方なく再び黙って歩み進める中で鬼助は、昔久安から聞いたある話を、ふと思い出した。

「ねえ五郎兵衛さん、おらがさっき見たのは、きっと鬼女きじょだと思うんだけんど…」

「鬼女だと…?」

 さっきから一言も話さなかった五郎兵衛が、ようやく返事をした。


「うん。おら前に和尚から聞いたことあるんだ。この辺りに棲む鬼女の話を」

 そう言って鬼助が語ったのは、次のよう話である。


 平安の昔、奥州会津の地に、第六天魔王の霊験れいげんにより生まれた紅葉と称する娘がいた。

 容貌ようぼう(ひい)でるも、魔王の呪いにより生来せいらい心根こころね()しく、娘は不思議な霊力を用いて人心を惑わし、遂には京に出でて、とある公卿くぎょう愛妾あいしょうとなった。


 紅葉はそれに飽き足らず、秘術を用いてきさきき者にせんと欲し、自らがその地位に収まらんとした。


 これを怪しんだのが、公卿の賢明なる近習きんじゅうたちであった。

 近習は紅葉のはかりごと看破かんぱし、評定の上信濃国戸隠(とがくし)の地へと流刑にした。


 しかし、零落れいらくしたとは言えども、紅葉の人知を超えたる霊力は保たれた。

 やがて紅葉は、都人みやこびとへの嫉妬と憎悪を増大させ、かつて美しさを誇った容姿は、白髪巨躯はくはつきょくの鬼女と変貌し、戸隠山の岩屋いわやに住み着いて、この辺りの里を荒らすようになったという。


 鬼助が興奮して話すのを、五郎兵衛は黙って聞いていた。そして、

「おめえが知ってるのは、隣村の戸隠に伝わる話だろう。この鬼無里にはな、もっと別の話が伝わってるんだ」

 と、不機嫌そうに言い放った。


「別の話って…?」

 鬼助の問いかけに答えず、五郎兵衛はしばらく無言で歩き続けた。

 そしてそのまま黙っているのかと思いきや、不意に鬼助のほうを振り向いて、

「知らんのなら話してやるとしよう。この鬼無里に伝わる紅葉の伝説を」

 と、淡々とした調子で話し始めた。

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