第一章 鬼無里村⑩
強引なヨネに背中を押されて、鬼助は名主寄合の場へと行かざるを得なくなった。
草鞋を脱いで廊下へと上がり、屋敷の最奥にある書院の前まで進むと、座敷の襖はピッタリと閉められていて、中の様子を窺い知ることはできない。
ただ耳を凝らさずとも、何やら侃々諤々と議論している声が、漏れ聞こえてきた。
鬼助は襖の前に正座をし、
「喜左衛門様、雲海院より久安和尚の使いで、鬼助が参りました。和尚から書状を預かっております」
久安に言われた通りきちんと挨拶をした。
間違えずに言えてほっと一息ついていると、中から、
「おお鬼助か、待ちわびておったぞ。さあ早う中へと参れ」
割元である宮藤喜左衛門と思しき声がした。
指示通り、鬼助は自ら襖を開け、手をついて深く一礼をした。
それからゆっくり顔を上げた。
そこには、見たこともない男たちが車座になって座っていた。
誰もが皆上等な羽織を身に着けていて、やはりただの百姓ではない。
村を取り仕切る役人たちであることが一見して分かる。
知らない顔が多いのは、この村の名主だけではなく、隣村の名主も集まっているからだろう。
居並ぶ男たちの数から、集まっている村の数は一つや二つではなく、複数あるように見受けられた。
その場の誰もが言葉を発せず、無遠慮な視線で鬼助を射抜いてくる。
その視線に耐えられなくなって、鬼助は思わず、もう一度頭を下げて平伏した。
自分が鬼の子だという噂は、隣の村々にまで及んでいるのかという疑念が、鬼助の頭に浮かんでくる。
そういう劣等感でいっぱいになって、頭を上げることができないでいると、
「鬼助、わざわざすまないな。さあ中へ入ってこちらへ来い。和尚からの書状を見せてもらおうか」
喜左衛門が手招きした。
鬼無里村の長たる宮藤喜左衛門は、床の間を背にして座している。
上等な羽二重の羽織に、袷の着物を召して、脇差を帯び、背筋は真っ直ぐに伸びて、正しく武士の如き趣がある。
鬼助は顔を伏せながら喜左衛門の前に膝行して、再び頭を垂れると、
「鬼助、無沙汰であるな。変わりはないか?」
喜左衛門は、鬼助を見つめながら穏やかに尋ねた。
その顔にはいささかの曇りもなく、真っすぐに鬼助を見据えてくる。
その直情に、鬼助のほうが眼を逸らしてしまいそうになる。
喜左衛門は、村の長としての自覚からだろうか、鬼助に対しても、どの村人とも分け隔てなく接してくれる。
鬼助がいじめを受けていることを目撃すれば、直ちに村人へと是正を促す。
たまに言葉を交わせば、その話ぶりからも、常に気にかけてくれているのが伝わってくる。
喜左衛門にとっては、村人誰もにしている当たり前のことなのかも知れない。
だが鬼助にとっては、一人の人間として扱ってくれることが何より嬉しかった。
そんな喜左衛門の由緒について、以前ヨネが、問わず語りに話してくれたことがあった。
次回より第二章へと続きます




