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ユルリッシュ・ジラルディエール。我が父ヴィルジール・ジラルディエール公爵とは兄弟であり、現在はジラルディエール伯爵を名乗っている。兄弟仲はよく現在も食事会に招き招かれをしている。ただ性格の方はお父様に比べるとだいぶ、いやかなり緩い。
「……あ、コーヒーでよかった?」
「出す前に聞きなさい!」
あと非常にのんびりとしており、聞くべきことを後に聞いたりと事後なことが多い。そんな姿は凄く兄さんを彷彿させる。いや、兄さんであることは間違ってないのだけど。
「それから、コーヒー単体で出さないのよ。シロップとミルクは?」
「僕いらないし」
「貴方がいらないのは知ったこっちゃないわ。客人を迎える時には用意しておいた方がいいと言ったでしょ」
丸めた紙を複数枚取り出し、エルキュール様たちの前で展開。紙に書かれた魔法陣から出来立てのコーヒーが生まれる。能力の無駄遣いとはこのことかしら。エルキュール様とイニャス様はギョッと紙を見つめてる。魔法式を解読しようとしているのかしら。
「で、シロップとミルクは?」
「……ない」
「もう! 子供達のジュースを蓄えておくんだったら、ミルクぐらいは蓄えておきないさいよ」
ユルリッシュが飲み物を纏めている紙束を確認して、私がそういえば口を尖らせてそっぽを向く。
「ちょっとシロップとミルクをもらってくるわ」
「ん」
適当に会話しててと手を振って私はシロップとミルクを求めて部屋をでた。
シロップとミルクを乗せたお盆を持って部屋に戻るとそこはお通夜モードだった。
いや、会話なかったの!? ユルリッシュにしろエルキュール様にしろ助けてと縋るような目でこっちを見ないでちょうだい。イニャス様に関してはソファでぐったりされてるけど、これは空気に耐えきれなかったというやつね。
「エルキュール様、ブラックが無理でしたらこちらのシロップやミルクをご利用ください」
「あ、あぁ」
「ユルリッシュは私たちよりも年上なのだからもう少し私をダシに使うなりして会話してちょうだい。人見知りを発動させないで」
「……むり」
エルキュール様とイニャス様のコーヒーのそばにシロップとミルクをおき、私はユルリッシュに苦言を呈す。まぁ、本人は口を尖らせて無理の一点張りだけど。
「えっと、ロジェ」
「ユルリッシュ、防音」
「わかった」
聞きたいけど怖くて聞きにくいというように私の名前を呼ぶエルキュール様。まぁ、そうなるでしょうと予想はついていたからユルリッシュに防音を頼む。キンと部屋一体に魔法が張られる。イニャス様が飛び起きて、警戒を露わにする。
「イニャス様、これはユルリッシュのスキルよ。引篭の一つなの。外への音漏れを防ぐスキルね」
「諜報泣かせじゃないっすか」
「まぁ、そうね。ギーもユベールも嘆いていたわ」
ユベールというのは我が家に勤めてくれていた家令。今は引退してここの養生施設で子供達に教育を施してくれている。ここに引き取るまでに色々あったのだけど、それは割愛ね。
「それでユルリッシュとの関係だけど、叔父姪じゃ納得しないのでしょう」
「探せばそういう叔父姪もいるのだろうとはわかっているが」
「まぁ、正直に申しまして叔父姪というよりは私たちは兄妹としての意識が強いですわね」
ん? 首を傾げるエルキュール様とイニャス様。本当に兄弟みたいだわ。マルゴに今度こういうの描いてもらおうかしら。
いや、ともかく、彼らが首を傾げるのは当然ちゃ当然。
「前世で兄と妹だったのです。あ、叔父が兄ですわよ?」
「え、あ、うん」
兄さんが女々しいのは昔からだし。よく性別間違えてるなんて冗談まじりに言われたもの。
「前世から兄はこんな感じでいつも私がガーガー言ってることが多かったんです。まぁ、今も大して変わりありませんが」
「ローズに加えて兄上からもガーガー言われるんだけど」
「そりゃあ、ここに引きこもってるんですもの、言われない方がおかしいでしょう」
ずっとあれは大丈夫なのかと心配してたのに結婚するよりも先にフリジアを得たのにはお父様も予想つかなかったでしょうけど。でも、あまり結婚しろだのと強く言わないのはユルリッシュのスキルとその才能を理解しているからに他ならないのよね。
「一応、これでも昔から色々と調べているし、役に立ってるだろ?」
「ええ、それはもちろん。あとは開発者として顔を出してくれたら大満足だわ」
「無理。絶対に無理。死んでも無理。なんで、僕貴族なんだろ。兄上も父上も爵位なんてくれなくて良かったんだ」
「あら、貴族じゃなければ商人と簡単に顔つなぎもできないし、研究の資金も用意できないわよ」
「うー」
頭を抱えて唸り出したユルリッシュにこの世界で平民が研究や商売を始めようと思ってすぐにはできないことを告げれば、わかってるんだわかってるんだとばかりに唸りだけが返ってきた。まぁ、私よりも生きてるものね、理解はしてたわね。それでも、愚痴は言いたいと言ったところかしら。
「それはともかく今回ここ来た最大の目的はユルリッシュですわ」
「それはどういうーー」
体を乗り出したエルキュール様。けれど、その手元が光る。手元にあるのはコーヒーを出した魔法陣の紙。使用回数は一回きりのものだったはずだけど?
ポン。
軽い音が部屋に響いた。
「あ、まさか!?」
何かに気づいたユルリッシュがエルキュール様のところから紙を抜き取る。そして、天を仰いだ。
「ユルリッシュ?」
「……これ、猫化の魔法陣を書いて消した紙を使った」
「猫、化」
「今見たら綺麗に修復されてる」
「え、つまり」
三対の目がエルキュール様がいたところに向く。
「……にゃー」
「これは、どうしたらいいのかしら。驚愕したほうがいいのか、そっちかと落胆した方がいいのか」
私の言葉にユルリッシュとイニャス様の口元には苦笑いが浮かんでいた。
それもそのはずでしょ、そこにいたのは猫になったエルキュール様ではなく、猫耳と尻尾を装備したエルキュール様だったのだから。
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