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クレマンの後ろ姿を見送って振り向けば、蹲っているイニャス様にそんなイニャス様を呆れた目で見るエルキュール様。首を傾げるマルゴに苦笑いを浮かべているフリジア。一体、何があったのかしら。私が首を傾げていると気づいたエルキュール様がなんでもないと答えられる。
「なんでもないのでしたら、よろしいですが」
「本当になんでもない。イニャスの持病だと思ってくれ」
「ちょ、持病って、それひどくね?」
「ひどくない。持病だと言われたくなかったら、さっさと立ち上がることだな」
「あー、もー、笑いすぎて腹いてー」
エルキュール様とイニャス様のやりとりを聞いてなんとなく理解したわ。なんらかしらの会話があった上で、イニャス様は笑いすぎて蹲ったということね。私が触れたらダメそうだから、触れないでおいた方がいいわね。
「まぁ、ともかく、これから私の叔父のところに行こうと思うのですが、エルキュール様たちはどうされます? このままマルゴやフリジアに施設を案内してもらうこともできますが」
「ロジェと一緒に行くに決まってるだろ」
「だそうで」
「承知いたしましたわ。では叔父のところに参りましょうか」
私はマルゴとフリジアと少し会話をして、エルキュール様とイニャス様を伴って施設の中を進む。
「この施設は先程のホールを中心にして放射線状に広がっています。半分は彼らの生活スペースに半分は研究施設になっており、クレマンがやってきた廊下と私たちが今歩いている廊下も研究施設側になります」
一直線の廊下がホールを中心に何本も伸びている。その廊下に幾つかの部屋が付属されるという形。廊下自体は繋がっておらず、同廊下の部屋ではない別のところに行こうと思えば、一度ホールに戻らなければならない。面倒だけれど、誰かしらがその姿を確認できるというのは重要なことだと思う。そのうち、本人のみが利用できるゲートを作ってもいいかもしれないけど。
「……研究施設」
「研究、という言い方がどことなく怪しい印象を作り出してしまうのかもしれませんが、それが一番わかりやすい名称なんですよね。正確にいえば、探究施設もしくは工房と言った方が良いのでしょうが」
ここで皆がやっていることは最善最高のものを追い求めているだけ。クレマンは彫刻、マルゴは絵画といったように。どのようなものがあるのか説明している中、廊下に叫び声が響いた。ホールにいた子達も驚いて廊下を覗いていたけれど、聞こえてきた方を確認して、いつものかという顔をするとすぐに捌けた。
「ロジェ」
「あの叫び声の方角からして義肢の研究施設ですわね。恐らく、義手ないしは義足との魔力接合がうまくいかなかったのでしょう」
「魔力、接合」
「えぇ、相性のいい魔力接合でないとかなりの痛みを伴うそうで」
平民などの魔力が少ない子たちは固定された義肢を利用してもらっているが魔力が多い子たちは指を自在に動かせる義手や踏み込みなどもできる義足を試してもらっている。
勿論それに対してズルい差別だなどという言葉もあった。だから、それを言った彼らにも試してもらったことがある。ただ、結果は彼らには痛みと疲弊だけが残った。当然の結果といえばそうだった。
そもそも、魔力を必要とする義肢は魔石を利用している。まぁ、魔石の利用自体は少量の魔力でいいので魔導具が活用されているわけなのだけど。ただ、この義肢に使われる魔石は魔力変換の魔石であり、その人の相性に合うものが見つからなければ意味をなさない。様々な魔石を集めているけれど、相性が合う魔石に出会えるかどうかは対象者の運次第。
「変換された魔力は義肢に通された管を通り、装着者の魔力を行き渡らせます。そして、装着者の魔力操作によって普通の四肢のように動かせるという感じですわね」
管といっても髪の毛のように細いもの。これには魔力の通りが良い魔獣の毛を利用している。ただ、どの魔物でもいいわけではなく、隣国と我が国の間にある年がら年中雪に包まれた島凍山に生息するロンムーでなければならない。ただ、陽がさすことなく常に暗雲がかかる凍山は踏破者がいない幻の島とも言われている。そのことを考えるとロンムーも伝説も伝説。うちではロンムーの毛を間違いなく使ってるけど。
「矛盾してない?」
「矛盾してませんわ。私どものところではすでに伝説ではなく、利用できる資材というだけです」
あくまで幻の島も伝説も一般的に、であればの話。ここではすでに多少の無理は必要ではあるけれど辿り着けないところでもないし、手に入れられないものでもない。ロンムーの毛皮を初めてもらった時はあの魔力の通りのよさに驚いたわね。そこから義肢製作の方に流用できないかと研究を進めて今。ロンムーの毛に通った魔力は装着者の操作次第で様々な形に変化した。これがロンムーが凍山でもケロッと生きていた理由でもあった。まぁ、魔力操作に関してはどんな人物であっても要特訓の文字がつくのだけど。
「ロンムーの毛は普通に私たちの魔力を通しても反応しないのです。しかし、魔石を通し魔力を変換するとあら不思議という感じですわ」
「……ロジェは凄いな」
「すごい? 私が? それはあり得ませんわね」
なんで二人ともは? と顔をされるかしら。凄いのは研究をしてくれている方々なのは当然でしょう。私がしているのはあくまで場所の提供と資金提供ぐらい。私自身は研究してないもの。
「私は研究に携わってない分、彼らの報告書をしっかりと読むだけですわ」
全てが全て理解できてる訳でもないけれどね。
途中で立ち止まってしまったけれど、私たちはすぐに叔父ユルリッシュ・ジラルディエール伯爵の研究室へと到着した。こんこんとノックをすれば、開いてるとの一言。
「開いてるではなく、できるだけ施錠を心がけてといってるじゃない!」
バンとやや乱暴にドアを開ければ、私に向けられた垂れ目なアメジストの目が施錠何それめんどくさいと語っていた。
「……とりあえず、入って座りな」
本当にこの人は、もう!! 何を考えたのか首の後ろを掻くとそこに椅子と指差し、ゴソゴソとし始めた。私は溜息を噛み殺すとエルキュール様とイニャス様を席へと案内した。まぁ、彼らもユルリッシュの様子には驚いている様子だった。当然といえば当然ね。
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