96 side:Heracle
それからどれだけ時間が経ったのか一心不乱に描き続けた少女がふぅと息を吐きながらあげた顔にはやり切ったとばかりの表情が浮かんでいる。
「あら、さすが、新進気鋭の画家様ね」
「あ、ローズ様」
いつの間に来ていたのか少女の絵を覗き込んでいるロジェ。その隣にはロジェに容姿がよく似た少女もいた。
「相変わらず、いい腕ね。エルキュール様に見せた後は私が買い取らせてもらうわ」
うん、さらっと買い取る宣言してるけど、そんなに出来のいいものなのだろうか。いや、そもそも、現物がここにいるのに絵を欲するってどうだ? 問い詰める必要があるか?
「……ローズ様がおっしゃるならいくらでも描きますのに」
「あら、安売りはダメよ。貴女の絵はそれだけ価値があるもの。だけど、気持ちはありがたく受け取っておくわ」
ムッと口を尖らせた少女にロジェは優しく微笑む。それから二言三言少女と会話を交わしたロジェは俺に向き直った。
「この子はマルゴ・ルセルって言いますの。どうせ、自己紹介していないでしょう。絵とおしゃべりに夢中になるとそういうの忘れてしまうから」
「忘れてませんよ。しましたよね、自己紹介」
ね、ねと尋ねてくる少女ーールセルになんとも言えない。口元に笑みを浮かべるだけにとどめた。ちらりとイニャスを見れば、イニャスは俺は何も知りませんとばかりに顔を背けていた。ロジェはほら見なさいと呆れた表情。ルセルははわわと震えたかと思うと座り直し、すみませんでしたと蹲ってしまった。
「マルゴ、土下座はエルキュール様たちには通じないわ。謝るのなら普通に頭を下げるだけになさい」
なるほど、蹲ったわけでなく謝罪の一種だったか。それから、ロジェは俺にもう一人紹介した。
「彼女はフリジア。この孤児院を管理してくれている子です。一応、私たちと同い年ですわ」
ロジェやその父である公爵、兄の銀朱までいかずとも赤い髪に鮮やかな緑の目を持つ少女ーーフリジアは礼儀として教えられたのか美しいカーテシーを見せてくれた。聞けば、ジラルディエール家の分家の分家の分家出身らしい。まぁ、一族の一人といえば似ているのも納得できる。それから、こそっとロジェが教えてくれたのだが、彼女は今ジラルディエール伯爵家の養女となっているらしい。確か、伯爵は公爵の弟君だったな。変わり者伯爵と呼ばれているだとかなんだとか。もう少し、父上に習ってしっかり周りを確認しておくべきだったな。帰ってから、確認しておこう。
「ここは実質上は私のもので彼女が管理してますが、名義は叔父のものですの」
「なるほど」
そんな会話をロジェとしているとルセルが、んと描き上げられた絵を差し出してきた。見れば、ベンチに腰をかけている俺とイニャス。ピシリとしたものでなく、ゆったりと落ち着いている雰囲気を醸し出している。淡い色で彩られているのがそんな雰囲気を作り出しているのかもしれない。もう少し見ようと思っているとスッと俺の手元から絵が抜き取られた。
「見ましたわね、見ましたわね、ではマルゴ、これは貰うわね」
「……そう言うところ、大旦那様とそっくり」
俺の手から絵をサッと抜き取ったロジェは絵を掲げてくるくると嬉しそうに回る。可愛いのだけど、なんかムカッとしてしまう。その様子にルセルは公爵と同じだというが、あの公爵がロジェと同じことをしているだと!? 全く想像できない。
「大旦那様はご家族の絵をマルゴに描いてもらってそんな姿を見せたらしいです。その、養父が引くほど見なれないものだったらしいです」
「あー」
うん、そうだろうな。それはわかる。わかった。あの公爵がそこまでするのは本当に想像できないからな。伯爵令嬢の言葉に深く納得する。
それからひとしきり回って満足したのか、気づくことがあったのかロジェはこちらに一瞥することなく誰かの名前を叫んで走り出した。
「クレマンー! クレマン・プレヴェール!!!」
「はい、はい、聞こえました。聞こえましたよ!!!」
ロジェが向かった先の廊下からクレマン・プレヴェールらしい男が体中に木屑をつけて現れた。
「特急料金も払うからこの絵に相応しい額を彫って頂戴」
「あー、お嬢の推しの。まぁ、いいですけど、予算は」
「つけないわ。貴方なら相応しいもの作れるでしょ」
「……お嬢の期待が重い。いや、やりますけどね、なんたってお嬢の頼みですし」
ボサボサの頭をわしゃわしゃと掻くとプレヴェールはロジェから絵を受け取る。そして、納期なんかはと細かく確認すると了解ですと絵を持って廊下の先へと消えた。気怠げなプレヴェールには遠目でよく見えなかった片腕がないように思えた。
「クレマンは片腕が生まれつきないんです。でも、ローズ様に彫刻を教えてもらってから絵に夢中な私がいうのもアレなんですけど彫刻に夢中なんです」
最初から上手にできるはずもなく、私も彼も毎日只管向き合ってローズ様に求められるまでになったんですと胸を張るルセル。
「それよりも推しって?」
「なんて言ってたっけ。確か、応援したい相手だったかと思いますけど。ちなみにこの町では周知されてます」
「うん、そっか」
そんな気はしてた。キリッとしていうルセルにイニャスは腹を抑えて蹲っていた。おい、笑いすぎじゃないか。
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