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やっぱり、領地の我が家がいいわ。落ち着くわ。まぁ、至る所にあったエル様人形は仕舞われてるけど。当然ね、エルキュール様が来るんだもの。いらぬ、ご面倒をおかけしましたとお菓子作って配っておこうかしら。
「そういえば、エルキュール様、どうなさいます?」
「何が?」
「一応、この後、私は出かける予定なので」
「ついていってもいいのか?」
「えぇ、困るようなものなどありませんから」
「なら、行く。イニャスは……おいて行ってもいいか」
「行く! 行きますって!! 俺、エルの侍従よ!? 侍従おいていく主人がおりますか!!」
「いや、ほら、ラウル君がいるだろう?」
あそこの角から覗いてると言えば、バッと振り返るイニャス様。確かに角からこちらを覗いているわね。多分、あれはお勉強から抜け出したところね。
「ラウル様、まだお勉強が終わっておりませんぞ」
「ねー様たちとお出かけしたい!」
「お出かけしたのでしたら、しっかりとお勉強をおしまいしてしまいましょう」
「今がいい!」
「なるほど、今がいいのですか」
後ろからギーに声をかけられて必死に訴えるラウル。大人しく勉強に戻った方がいいのだけど、ラウルのことだから気づいてなさそうね。ラウルの訴えになるほどと意味深に頷いたギーを見て希望があると思ったか、パッと顔を明るくするラウル。
「ギー」
「まぁ、そこまでおっしゃるのでしたら、出かけられても構いませんよ」
「ほんと!?」
「ただし、明日からお勉強の時間を増やしますね。あぁ、残念でございますね。せっかく、お姉様であられますローズ様が戻られているというのに」
天上まで上げて地底まで叩き落とすギー。彼の言葉の意味がわかったのだろうラウルは青い顔をして目を右往左往させている。ギュッと服の裾を掴んでプルプルと震え始める。あれはものすごく悩んでるわね。癇癪を起こさなければいいのだけど。
「今日しっかりとお勉強をして下されば、明日などにはローズ様とゆっくり過ごす時間を作って差し上げようと思っていたのですが」
大変、残念ですと大袈裟にいうギーだけど、希望をぶら下げるのを忘れていない。もちろん、それにラウルは飛びついた。
「やる! ギー、お勉強しよう!」
「おや、おでかけなされるのではなかったので?」
「……おべんきょう、だいじだもの」
やる気をみせるラウルにギーは笑みを噛み殺せずに尋ねる。ギーの様子に気づいていないらしいラウルは裾を握ったままモニョモニョとそれらしい言い訳を口にする。
「そうですかそうですか、それではお勉強に戻りましょうね」
「うん」
ギーと手を繋いで去っていくラウル。後ろ手でギーにはお気をつけてと言われたけど、器用なものね。いや、長寿がそうしたのかしら。
「あれはコロコロと手の内で転がされてなかったか?」
「えぇ、転がされてましたわね。まぁ、ラウルが素直なのでなおのことうまい具合にコロコロされたのでしょうけど」
「あれは俺には無理だわ、期待すんなよ!」
「大丈夫、最初から期待していない」
「それはそれで泣きそうになるから、言うなよ」
我儘だなと言いながらもエルキュール様は笑ってるから、イニャス様をコロコロしてるわ。ちなみにこの旅行のおかげでイニャス様から私に対しても敬語が取れたのよね。おかげで、私やエルキュール様だけだとご覧の通り。黙ってたら物語の王子様のようにかっこいいのにね。まぁ、でも、こんなイニャス様も嫌いじゃないわ。むしろ、堅苦しい方が苦手というべきかしら。
「それでは、ちょっと支度に時間をいただきますね」
「そのままでも構わないんじゃないか?」
「おい、馬鹿エル、お前はちょっと考えろよ」
ぽこんと頭をイニャス様に叩かれ、エルキュール様は意味がわからないと睨み上げていた。その間に私は着替えに向かった。お出かけ用といっても運動もするから動きやすいいつもの格好になるのだけど。
フリルスタンドカラーのシャツにスカンツ、ジョッパーブーツを履けば着替えは完了。銀朱の髪を高く結い上げてもらい、化粧も軽く施してもらう。いつもは化粧とかあまりして貰わないのだけど、少しぐらいいい顔してもいいわよね。
「お待たせしましたわ」
「随分早かったな。もう少しかかるかと」
「……エル」
「ふふ、舞踏会などにいく格好ではないのですぐですわ」
舞踏会や謁見になれば、だいぶ前から自分磨きが始まる。当日の朝とて磨くことに余念はなく、着飾ることにも時間がかかる。かなりの重装備よ。会場に行くまでに疲れてしまうなんて当事者になれば当然のように思えてしまう。今思ったら、そこまでやった夜会や舞踏会で婚約破棄とかとんでもないことね。
「それで、出かけるってどこに?」
「孤児院ですわ。エルキュール様やイニャス様も私が人を買い集めてると噂に耳にしたことがあるのでは?」
「いや、それは、ないとは言えないが」
「ほら、モール先生もおっしゃってたでしょう、火のないところに煙はたたないと」
まぁ、その火の元を誰も口を割らなかったのはすごいことよね。おかげで尾鰭がつきまくって事実に近い噂になってしまったのだけど。
「別に隠してるわけではないので、私が自らエルキュール様を案内しようかと思いまして」
事実は貴方の目で確認してくださいと言えば、少しエルキュール様は緊張したようだった。ちなみにイニャス様も今日行くところに関しては教えていない。彼自身が自身の進退についてどうしようかと悩んでいた最中だし、余計なことで煩わしたくなかったのよね。そうしながら、特に事前情報を与えることなく私たちは孤児院へと向かった。
「ようこそ、我が『メゾンドゥルポ』へ」
孤児院の側にあったスロープを降りた先には扉があった。そして、その扉が開かれ、広がった光景にエルキュール様やイニャス様は息を呑んだ。
ここまで、読んでいただきありがとうございます。







